付加価値貿易理論は政策提言に有用−グローバルバリューチェーンに関する国際シンポ開催−

(チリ)

サンティアゴ事務所

2013年12月06日

世界の主要企業による国際生産ネットワーク(グローバルバリューチェーン:GVC)構築が著しく進展し、世界経済に与えるインパクトが大きくなる中で、GVCの理論的・実証的な分析研究成果を普及・啓発するため、ジェトロは11月21日、サンティアゴで国際シンポジウム「グローバル&リージョナルバリューチェーン:アジアとラテンアメリカの経験」を国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)およびチリ大学国際問題研究所(IEI)との共催で実施した。その内容を報告する。

<ジェトロ・アジア経済研究所の40年にわたるデータ蓄積に期待>
サンティアゴ市内のECLAC本部で開催されたシンポジウムには、チリ内外から政府機関、大学・研究所、企業関係者ら約70人が出席した。開会あいさつで、オスバルド・ロサレスECLAC国際貿易統合部長は「中南米でのバリューチェーン形成に関してはECLACが調査・研究プロセスを開始したばかりだ。ジェトロ・アジア経済研究所(IDE−JETRO)はアジアでの産業連関表の整備に関して40年にわたるデータ蓄積があり、本日は2011年にWTOと共同出版した分析結果の紹介もある。今後、IDE−JETROとECLACが連携してGVCの研究を進めることができれば幸いだ」と述べた。

村上秀●(徳の心のうえに一)駐チリ大使は、過去10年間で日本から中南米への輸出は69%、中南米からの輸入は2倍以上それぞれ増加しており、アジア太平洋地域と中南米間の通商関係は今後も重要性が増すと指摘し、本シンポジウムが将来の産業構造や政策の検討、両地域間の貿易・投資促進につながることを期待した。

<「スマイルカーブ」が示す付加価値貿易>
シンポジウム第1部で、ジェトロの長島忠之理事は「日本・中南米経済関係とグローバルバリューチェーン(GVC)」と題して、基調講演を行った。中南米でのGVCの実例として、a.チリで生産された銅鉱を日本企業が輸入し、ワイヤーハーネスに加工後、自動車に組み込み、チリに完成品の自動車を輸出している、b.チリ産サケをタイで加工して日本で販売する、という2点を挙げた。特にb.の例では、日本、チリ、タイの3ヵ国間でそれぞれ2国間自由貿易協定(FTA)が締結されているものの、タイで加工されたチリ産サケは原産地規則の規定により日本で関税が賦課されるため、GVCを円滑に進める上で広域FTAの必要性を説いた。

また、IDE−JETRO開発研究センターの猪俣哲史上席主任調査研究員は「付加価値貿易:東アジアの事例」と題し、GVCに関するWTOとの共同研究の成果を発表した。「iPhone」を例に挙げ、組み立て段階での付加価値は低く、デザイン・研究開発(R&D)などの上流やマーケティング・顧客サービスなどの下流が大きな付加価値を生む「スマイルカーブ」を描き、このカーブによって各国の付加価値貢献度が分かるとした。製品生産過程における国際分業が進む中、従来の貿易統計では反映されない、国際貿易を測定する際の新たなコンセプトとして、付加価値貿易の概念などを紹介した。

こうした付加価値貿易理論によって一層現実に即した実態把握が可能となり、政策決定権者への政策提言に有用、かつ各国の雇用創出・貧困削減などに大いに役立つと結んだ。

ECLAC国際貿易統合部のホセ・ドゥラン・リマ経済担当官は「リージョナルバリューチェーン(RVC)におけるラテンアメリカ・カリブ地域の位置づけ」と題し、ECLACの調査結果を発表した。産業連関表や中間財の貿易データを用いた分析から、中南米・カリブ地域ではメキシコ−中米間のRVC形成が最も進んでいると指摘した。メキシコと中米は米国との地理的な近さを生かし、米国向け生産拠点として位置付けられているためとも説明した。他方、FTAがRVCを補完する機能を持ち得るとして、中南米では北米自由貿易協定(NAFTA)だけでなく、中米共同市場や米国・中米・ドミニカ共和国FTA(DR−CAFTA)などのFTAにも注目すべきだと指摘した。

これらの講演について、参加者からは、ルールが異なる多数のFTAによって輸出コスト高になる中小企業向け支援はどうするのかとの質問が出された。これに対して、ECLACのロサレス部長は「まずは地域統合を推進すること。また、米国とFTAを有する国々との間で累積原産地規則の研究を進めることにより、RVC構築の条件をつくることができる。同様のことがEUとの間でも考えられる」と回答した。

<ほぼ全ての製品はGVCによる生産>
第2部のパネルディスカッション「グローバル&リージョナルバリューチェーン:ラテンアメリカはアジアから何を学べるか」では、3人のパネリストが議論を行った。まず、IDE−JETRO開発研究センターの孟渤国際産業連関分析研究グループ長代理が「グローバルバリューチェーン(GVC)および付加価値貿易−最近の調査結果とその発展」と題し、「生産工程のグローバル化が進んでいる現在、ほぼ全ての製品はGVCによって生産されているといえる。GVC促進のためには、関税撤廃だけでなく、投資の自由化を進めていくことが重要だ」と述べた。

ECLAC国際貿易統合部のナンノ・ムルデル経済担当官は、中南米はGVC構築のための通商政策面で日本や他のアジア太平洋諸国から多くを学ぶことができると指摘しつつ、学んだ内容を生かすための人材育成や教育の質の改善が必要と述べた。

IEIのエルナン・グティエレス教授は、ASEAN諸国や日本がさまざまな経済通商戦略を実行に移す中、GVC構築のために政策の擦り合わせを行うなど連携や歩み寄りを進めていることを指摘、評価した。中南米でのGVC発達パターンはアジアのそれとは異なるだろうが、中南米に活力をもたらし得ることは間違いないとも述べた。

閉会のあいさつでIEIのホセ・モランデ・ラビン所長は、過去数十年間で世界の生産や貿易の形態は大きく変化しており、グローバル経済への統合に向けた各国の発展過程はさまざまだとして、アジアなどの事例を挙げつつ、チリは地域・グローバル経済への関与に向けて戦略的な取り組みが必要と述べた。また、現在のチリは銅輸出への依存度が高く、GVCへの関与は少ないが、輸出品目などの多様化や品質向上のための議論を今後も続けることが重要だと指摘し、今回のシンポジウムはこれらのテーマに関して検討し、解決法を提案するための良い機会だったとして、参加者に感謝の意を表した。

(堀之内貴治、小竹めぐみ)

(チリ)

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