反政府運動、市民も加わり長期化の様相

(タイ)

バンコク事務所

2013年12月03日

汚職罪で実刑判決を受けたタクシン元首相も対象にした恩赦法案の強行採決に端を発した反政府運動は、多くの市民が加わるかたちで、長期化の様相を呈している。11月25日以降は、デモ隊の一部が政府庁舎を占拠する事態に発展し、一部の行政手続きの遅延や、市内主要道路の封鎖などが発生している。12月2日時点において、当地日系企業のビジネスへの影響は限定的だが、事態の長期化による物流や通関などへ悪影響を懸念する声も出ている。

<恩赦法案の強行採決が引き金>
一連の反政府運動のきっかけとなったのは、インラック首相率いる政府与党(タイ貢献党)による恩赦法案の強行採決だ(表参照)。同法案は当初、2006年9月のクーデター以降、2010年5月までの期間にデモや政治的事件で訴追された市民に恩赦を与えることを目的に提出されていた。

当初案においては、「政治運動の意思決定者、指示者は含まない」と規定されていたが、審議の最中に与党側が、同法案の恩赦期間の拡大と恩赦対象を無差別化する内容を盛り込み、事実上、タクシン元首相を恩赦対象に含めるかたちの修正案を提出し、強行採決に持ち込んだ。与党側の一方的な修正案の採決に対して野党側が反対デモを展開し、これに同調する一般市民が加わることとなった。

恩赦法案の強行採決から大規模デモ行進発生までの経緯

<市民団体の呼び掛けによるデモが連鎖的に発生>
恩赦法案はその後、国内の強い反発を受け、上院審議で廃案となったものの、反政府デモ隊は、前民主党政権で副首相を務めたステープ氏をリーダーに反政府デモを継続。11月25〜27日には、デモ隊が財務省、外務省、工業省、商業省、保健省などを次々に占拠し、閉鎖に追い込むこととなった。また、バンコク都内でもビジネス団体や一般市民が主導するかたちで連鎖的にデモ行進が発生するなど、反政府運動の動きは市民の間に急速に拡大した。

一方、下院では11月28日、野党が提出したインラック首相の不信任案について採決を行い、否決された(賛成134、反対297)。民主党は、インラック首相の不信任案が否決された後、緊急の党会議を招集。タクシン氏の影響とインラック首相を排除するため反政府活動に参加を決め、反政府キャンペーンに乗り出すこととなった。

インラック首相は11月28日、地上波テレビで演説し、デモの中止、政府庁舎の占拠の中止、および話し合いによる解決を訴えた。また現在の憲法の下で認められる範囲において、政府庁舎を占領しているデモ隊の要求や提案を検討することを伝えた。さらに、翌29日には与党・タイ貢献党としての声明が発表され、(1)デモ隊に対する政府庁舎からの撤収要請、(2)インラック首相が提案した話し合いによる解決への協力要請、(3)民主党のアピシット党首およびチュアン最高顧問に対するステープ元副首相との(デモ活動を収束させるための)話し合いの要請、などが伝えられた。憲法改正をめぐる裁判所の違憲判決に対しては、「われわれは判決に対する抗議は行っているが、判決を拒否しているわけではない」という釈明を行った。

市民のサポートを受け、現政権への攻勢を強めるステープ元副首相は、11月29日夜、声明を発表。その中で、(1)反政府グループを母体とする「立憲君主制に基づく真の民主主義のための国民委員会(People’s Committee for Thailand Absolute Democracy under the Constitutional Monarchy)」を設立し、自身が事務局長を務めること、(2)12月1日を「国民勝利の日」とすること、(3)首相府や警察本部を含む政府庁舎、通信社のTOT(旧タイ電話公社)、CAT(旧タイ通信公社)を制圧下に置くこと、などを明らかにした。

一方、インラック首相は11月30日、日本人記者団と会見を行い、話し合いによる平和的な解決を追求する方針を表明。また今後の解散の可能性について首相は「デモ隊は解散や辞任では問題は解決しないと言っている」と回答。またデモ隊への対処について「武力を行使せず、平和的なアプローチを続ける」と述べた。

<デモ隊同士の衝突による死傷者も>
反政府デモ隊による抗議行動が日々活発化する中、11月30日夜、現政権支持派〔反独裁民主戦線(UDD)〕が大規模集会を行っていたラチャマンガラ・スタジアムの近くのラムカムヘン大学付近で政権支持派と反政府の学生グループとの衝突が発生。警察の発表により、12月1日午後までに合計4人が死亡、57人が負傷したことが明らかとなった。さらに、バスの中からも1人の焼死体が発見された。また、12月1日には、首相府など省庁の一斉占拠へ向け行進を開始した反政府デモ隊に対して、警察隊が催涙弾や放水による鎮圧作戦を決行。複数の人が負傷する事態となった。

このような事態を受け在バンコク日本大使館は、タイ在留邦人に対し緊急一斉メールを発出し、昼夜を問わず、デモ集会活動やデモ隊の進行ルートなどには決して近づかないよう注意喚起を行った。また、在バンコク日本人学校も不測の事態に備え、12月2日は臨時休校にすることを発表した。

こうした状況の中、反政府派リーダーのステープ元副首相は12月1日午後10時ごろ、プレス向けに声明を発表。軍の立ち会いの下、インラック首相と会談し、2日以内に政権を人民に明け渡すよう最後通告を出したことを明らかにした。同声明の要旨は以下のとおり。

(1)12月1日午後8時30分から、プラユット陸軍司令官を含む軍部リーダーの立ち会いの下(ステープ元副首相自身が)インラック首相と面会した。目的は協議ではなく、最後通告である。首相に対し、2日以内に政権を明け渡すよう要求した。
(2)要求の内容は、首相の辞任、解散のみにとどまらない。行政への国民参加の実現である。なおわれわれが勝利を収めるまで、2度と首相と面談することはない。非暴力のデモは今後も続ける。
(3)国民は、直ちにタクシン体制が根絶されることを求めている。政権は人々の要求を聞き入れなければならない。
(4)軍部は国民のサイドに立つ。軍はこれ以上、国民が死傷する事態を望まない。われわれの行動は憲法にのっとったものであり、今後、いかなる法的措置にも従う用意がある。

<当面の日系企業への影響は限定的>
タイ商工会議所(TCC)をはじめとする経済団体は、現在の政治情勢が経済に与える影響を懸念し、事態の沈静化を訴えている。TCCは11月30日、対立する双方の団体に対し、デモの継続がタイ経済へ与える影響を再度、考慮するよう要請する声明を発出。併せて、TCCが主体となり、業界団体、学校、メディアなどに対し、事態の沈静化を目指した協議の仲介を呼び掛けた。

他方、12月2日現在、デモの活動区域がバンコク都内の省庁周辺地域に限られていることから、当地日系企業のビジネスへの影響はそれほど大きくない。一部、日本や周辺国からの出張スケジュールの延期や、道路渋滞による出勤などへの影響は出ているものの、事務所の営業や工場の操業をストップするような事例はみられない。

しかし、行政手続き面では、デモ隊が占拠する政府総合庁舎に入居する省庁を中心に、手続きの中断や、窓口移転などによる支障が出始めている。今後も関係省庁が閉鎖され職員の登庁が制限されるような事態が続けば、輸出入通関をはじめとする各種申請業務や、原産地証明の発給手続きなどの日常業務に支障が出てくる事態も懸念される。

(若松寛、伊藤博敏)

(タイ)

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