原産地規則は国と制度によって異なる−新・新興国への進出とGSPの活用(3)−

(ASEAN、スリランカ、バングラデシュ)

シンガポール事務所

2013年07月18日

一般特恵関税制度(GSP)を利用するためには、自由貿易協定(FTA)と同様に、輸出製品が各GSPで定める原産地規則を満たす必要がある。日本、EU、米国のGSPの原産地規則が異なる上、日本ではFTAとGSPで原産地規則が異なり、新・新興国から日本への輸出では品目によって使い分けが必要で、日本のGSP特有の自国関与基準という制度もある。こういったことなどから、原産地規則の違いを理解しておくことが重要。シリーズ最終回。

<複数ある原産地認定基準>
原産地規則は、物品の生産国(国籍)を特定するための基準・手続きだ。製品の原産性を定めるルール(原産地認定基準)には、関税番号変更基準、付加価値基準、加工工程基準などがある。関税番号変更基準は「締結国で生産された最終財の関税番号が、同財の生産に投入された非原産材料の関税番号と異なる場合に原産資格を付与する基準」、付加価値基準は「物品に対する付加価値を締結国内で一定水準〔閾値(いきち)〕以上付加した物品に対して、原産資格を付与する基準」だ。加工工程基準は「特定の生産・加工工程が行われた製品に対して、原産資格を付与する基準」で、主に縫製品に対して適用され、2工程基準(糸から生地への加工、生地から縫製品への加工の双方を満たすこと)が代表的な事例だ。加えて、複数の基準からGSP/FTA利用企業が適用する基準を選択できる選択型、複数の基準を満たすことを求める併用型を適用する品目もある。また、原産地認定基準には大半の品目に適用される一般ルールと、特定品目ごとに定められる品目別規則がある。

日本、EU、米国のGSPに加えて、日本のASEAN・日本FTAの原産地認定基準の概要を比較したのが表1だ。日本のGSPでは一般ルールとして関税番号変更基準が適用される一方、ASEAN・日本FTAでは選択型が採用されている。ただし、新・新興国から日本への輸出が多い縫製品については広く加工工程基準が採用されている。

米国については付加価値基準が採用されている一方、EUでは選択型が幅広い品目に採用されている。加えて、EUでは、後発開発途上国(LDC)に対しては一部の品目で、LDC以外の開発途上国に適用される原産地認定基準よりも緩やかな基準が適用されており、LDCの輸出に有利な制度となっている。

表1日本、EU、米国のGSPの原産地認定基準の概要

<縫製品はGSPとASEAN・日本FTAで違い>
日本のGSP、ASEAN・日本FTAの原産地認定基準では、新・新興国から日本への主力の輸出品である縫製品で、異なる基準が適用されている点にも留意が必要だ。

縫製品はHS61(ニット製の縫製品)、HS62(織物製の縫製品)、HS63(その他の繊維製品)で、HS61については日本のGSP、ASEAN・日本FTAともに2工程基準(糸→生地→ニット製の縫製品)が採用されている。他方、HS62についてはASEAN・日本FTAでは2工程基準が採用されているが、GSPでは1工程基準(生地→織物製の縫製品、一部品目を除く)が採用されており、生地から織物製の縫製製品に加工を行うことのみで原産地認定基準を満たすことができる。また、HS63ではASEAN・日本FTAでは2工程基準だが、GSPは3工程基準(繊維→糸→生地→衣類)が採用されており、FTAを利用した方が有利となる。

現在、適用されている縫製品への原産地規則は、2011年にGSP制度が10年ぶりに見直された際に改定されたものだ。変更点は、(1)前述のHS61の原産地規則が3工程基準から2工程基準に緩和、(2)繊維製品(HS50〜63)に対して自国関与基準(後述)が導入、(3)同繊維製品に対してデミニマス基準が導入されたこと、の3点。

デミニマス基準とは、一定割合までは非原産材料が入っていることを認めるルールだ。日本のGSPの場合、非原産材料の総重量が産品の総重量の10%以下であれば、非原産材料が使用されていても原産地認定基準を満たすことが可能となっている(注1)。このように、2011年のGSP改定により、現在のGSPは以前よりも一層使いやすくなっている。

<「累積」基準もASEAN・日本FTAとGSPで異なる>
FTAの原産地規則の中で重要なルールの1つに累積がある。「累積(Accumulation)」とは、一方のFTA締約国の原産品である原材料を、他方のFTA締約国で利用する場合、同原材料を原産材料と見なす規定だ。

具体例で考えてみよう(図1参照)。(1)タイ、中国から生地をミャンマーが輸入、(2)ミャンマーでニット製の縫製品(HS61)に加工、(3)ASEAN・日本FTAを利用して日本に輸出し、かつ同製品の原産地規則には2工程基準が適用されている場合、を想定する。

ASEAN・日本FTAは累積規定を有し、かつタイ、ミャンマー、日本ともにASEAN・日本FTAの加盟国であるため、原産地認定基準を満たすタイ産の生地は、ミャンマーで原産材料と見なされる。一方、中国はASEAN・日本FTAに加盟していないため、中国産の生地には累積規定が適用されず、日本へASEAN・日本FTAを利用して輸出する場合、原産地認定基準(2工程基準)が満たせないことになる。

図1ニット製の縫製品を日本に輸出する2例

日本、EU、米国のGSP、ASEAN・日本FTAの累積基準が表2だ。EUのGSP、米国のGSPともに、一部のGSP適用国間での累積を認めている(注2)。一方、日本では、ASEAN・日本FTAでは累積が認められているが、GSPについては一般GSPの適用国であるASEAN5(タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナム)で累積が認められているのみで、カンボジアやミャンマー、ラオスなどGSP−LDCの適用国やその他の開発途上国においては累積が認められていない。

そのため、前述のケースで、タイの生地を輸入してミャンマーでニット製の縫製品に加工する場合、ASEAN・日本FTAでは累積が認められ原産地認定基準を満たせるものの、日本のGSP−LDCを利用する場合には累積が適用されず、基準を満たせないことなる。ただし前述のとおり、HS62に該当する織物類については、GSPで1工程基準が適用されているため、ASEAN・日本FTA(2工程基準)よりGSPを利用した方が有利となる。このように、ASEAN・日本FTAとGSPの利用に際しては、このやや複雑なルールの違いを理解した上で、利用企業にとって有利なルールを活用していくことが求められる。

表2日本、EU、米国のGSP、ASEAN・日本FTAの累積基準の概要

<ユニークな日本の自国関与基準>
日本のGSPでは、累積制度は導入されていないものの、累積に準じる制度が導入されている。これは「自国関与基準」と呼ばれ、「日本から輸出された物品を原材料の全部または一部として生産された物品のうち、日本から輸出された物品を特恵受益国の原産品と見なす規定」だ(図2参照)。

自国関与基準と累積の異なる点は、累積の場合は原材料として利用される繊維製品が日本の原産品であることが求められる一方、自国関与基準では日本の原産品のみならず、日本から輸出された繊維製品も適用対象としている点だ(注3)。つまり、日本産の生地だけでなく外国産、例えば中国産の生地をいったん日本に輸入し、カンボジアなどに再輸出した場合も、同生地は原産材料として扱われる。この点で、自国関与基準は、累積よりも緩やかなルールといえる。ただし、海外から輸入された生地などの原材料を日本において通関せずに保税状態で在庫し、再輸出した場合には「積み戻し品」と見なされ、自国関与基準が適用されない点には注意が必要だ。日本においても繊維製品は有税品目が多いため、有税品目についてはいったん日本において関税を納税した上で再輸出することが必要となる。

加えて、自国関与基準を利用するためには、日本税関に対して、輸出国が製品の原産性を証明する原産地証明書(フォームA)に加えて、使用した原材料が日本から輸入されたことを示す「原産地証明書に記載された物品の生産に使用された日本からの輸入原料に関する証明書」を提出することが手続き上、求められる。後者は、輸出国における原産地証明書と同一の所管官庁もしくは指定された第三者機関によって発行することが求められている。

図2自国関与基準を用いた事例

しかし、カンボジアやミャンマーでは、政府担当者の同制度への認知度が低いため、日本からの輸入原料に関する証明書が発給されないことも一時あった。その後、利用企業や現地のジェトロなどからの説明や働き掛けを行い、現在ではカンボジアやミャンマーでは同証明書が発行されている。一方、今後も証明書を発給する担当者によっては、理解が十分でない場合も想定されるため、そうした場合には同制度を英文で解説している日本の外務省サイトなどを示して説明することが効果的だと考えられる(注4)。

<RCEP締結で既存FTAの自由化率に変化も>
2013年5月に交渉が始まった東アジア地域包括的経済連携(RCEP)とGSPの関係について、触れておきたい。RCEPは、ASEAN10ヵ国と日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16ヵ国が交渉するFTAで、物品貿易、サービス貿易、投資分野を対象に2015年末までの交渉完了を目指している。

アジア地域では、ASEAN自由貿易協定(AFTA)に加え、ASEANと周辺国(日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)との個別FTA、いわゆるASEAN+1のFTAが既に形成されている。この中で、RCEPは、(1)既存のFTAの自由化率をさらに高めること、(2)日中韓など、交渉に参加する16ヵ国の中で現在、FTAが形成されていない国間で新たなFTAが形成されること、(3)既存のFTAで適用されている原産地規則などの異なるルールが統一されること、(4)16ヵ国全体で累積規定が導入され、日本企業のサプライチェーンに即したFTAが形成されること、などが意義として指摘できる。

RCEPが形成された場合、日本のGSPでは特恵関税を利用できない一部の縫製品などで、RCEPの利用が進むことが想定される。RCEPで累積規定が導入された場合、中国産の生地をベトナムやカンボジア、ミャンマーなどASEAN諸国が輸入し、縫製品に加工した場合、現在ではASEAN・日本FTA、日本のGSPともに累積規定が適用されない中、RCEPでは中国産の生地も原産材料と見なされる(注5)。仮にRCEPで縫製品に2工程基準が適用された場合、HS62については日本のGSPで1工程基準が採用されているため、引き続きGSPが選択されると想定されるが、HS61とHS63ではRCEPを利用すると、新たに特恵関税を利用できると想定される。

GSPを利用するに当たって、関連する情報源は以下のとおり。

日本のGSP情報については、以下の外務省と日本税関のウェブサイトが詳しい。また、日本税関が公表している「一般特恵関税マニュアル」は同制度の詳細を解説しているため、制度を理解する上で必須の資料となっている。
外務省(GSP)
税関(GSP)
一般特恵関税マニュアル(PDF)

米国のGSP情報については、米国通商代表部(USTR)のウェブサイトが詳しい。

また、EUのGSP情報については、欧州委員会のウェブサイトが詳しい。

(注1)ASEAN・日本FTAにおいては、繊維・縫製品を含め他の製品にも適用されるデミニマス条項が含まれている。
(注2)EUの累積ルールについては、2013年7月11日記事参照
(注3)自国関与基準には適用除外品目があり、同リストはウェブサイトのとおり。
(注4)外務省のGSPを説明するウェブサイトと日本からの輸入原料に関する証明書のフォームは以下のとおり。
解説
フォーム
(注5)ベトナム、カンボジア、ラオスなどでは、縫製品の原材料である繊維製品(HS50〜60)の多くは中国から輸入されている。例えばベトナムでは、繊維製品の輸入の33%(33億ドル)が中国からだ。

(椎野幸平)

(ASEAN・バングラデシュ・スリランカ)

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