GSPのアジア各国への適用で日米EUに差異−新・新興国への進出とGSPの活用(1)−
シンガポール事務所
2013年07月16日
近年、カンボジア、ラオス、ミャンマーなどのメコン地域やバングラデシュ、スリランカなどアジアの「新・新興国」と呼ばれる国への投資が活発化している。新・新興国への進出には、自由貿易協定(FTA)に加えて、日本、EU、米国などの一般特恵関税制度(GSP)の適用状況を正しく理解することが不可欠だ。GSPについて3回にわたり解説する。
<GSPの節税効果は大>
アジア地域では中国やタイにおける人件費上昇を背景に、労働集約的な生産拠点を新・新興国へ設置する投資事例が増加している。縫製業では、中国の工場を閉鎖して「CLM」と呼ばれるカンボジア、ラオス、ミャンマーなどへ移転する事例がみられ、カンボジアではワイヤーハーネスやモーターなど労働集約的な工業製品の生産拠点の設置も進んでいる。これら新・新興国への進出では、国内需要が小さいだけに、一般的には日本、EU、米国やアジア域内向けの輸出を目的としている。
輸出に当たって、輸入国において関税の減免を受けるためには、a.進出国と輸入国の間にFTAが発効している場合には、FTAを利用する、b.先進国が開発途上国の輸出・開発支援を目的に、開発途上国産の物品に対して関税を減免するGSPを利用する、といった2つの選択肢がある。
CLMやバングラデシュなど、アジアの新・新興国と呼ばれる国々は、開発途上国の中でも後発開発途上国(LDC、後述)に位置付けられる。LDCに対しては、先進国において、一般にLDC以外の開発途上国よりも幅広い品目で関税が無税化され、FTAと同等もしくはFTA以上に関税減免の範囲が広いため、GSP利用による節税効果は大きい。
一方、GSPは供与する先進国側の裁量が大きいため、(1)先進国によって適用対象国が限定されている場合がある、(2)原産地規則も異なる、(3)FTAにはない「卒業」という制度、など複雑な面がある。そのため、新・新興国で輸出向けの製造拠点設置を目的とする投資では、先進国のGSP制度を理解した上で、投資戦略を立てることが肝要だ。
<GSPは一般と特別の2種類>
GSPとは、「最恵国待遇の例外(注1)として、先進国が片務的に開発途上国の産品に対して、一般税率よりも低い特恵税率(優遇された関税)を適用する制度」だ。FTAは、締約国が相互にかつ恒久的に関税を減免する協定だが、GSPは先進国が途上国に一方的に特恵関税を供与する点が異なる。
GSPには、一般特恵(一般GSP)と特別特恵(GSP−LDC)の2種類がある。一般GSPとは、LDCを除くその他の開発途上国のうち、特恵受益国に指定された国・地域を対象に特恵関税を適用する制度だ。GSP−LDCは、特恵受益国の中でも所得水準などが低いLDCを対象とし、一般特恵と比較して、適用される特恵関税の対象品目が広く、かつGSPと同等もしくはより有利な特恵関税が適用される。
LDCは、国連が1人当たり国民総所得(GNI)、人的資源関係(HAI:Human Assets Index)、経済の脆弱(ぜいじゃく)性(EVI:Economic Vulnerability Index)の3つの指標に基づいて、対象国を定めている。日本、EU、米国ともに原則として、国連の定めるLDCに対してGSP−LDCを供与している(注2)。
また1人当たりGNIは、世界銀行が毎年発表している。世界銀行では1人当たりGNIを基に、各国の所得水準を、低所得国、低中所得国、中高所得国、高所得国の4つに分類している。それぞれの所得分類に定義される1人当たりGNIの金額は、毎年、変更されている。2011年時点では、低所得国は1人当たりGNIが1,025ドル以下の国、低中所得国は1,026〜4,035ドル、中高所得国は4,036〜1万2,475ドル、高所得国は1万2,476ドル以上と定義されている(注3)。
日本、EU、米国のGSPの概要をまとめたものが表1だ。
日本のGSPでは、一般GSPは145ヵ国を対象として、品目総数(9,300品目)のうち、72%の品目で関税の減免を行っている。GSP−LDCについては、LDC48ヵ国を対象とし、品目総数の98%で関税を免税している。
EUについては、2014年1月から現行制度に代えてGSPの新制度が導入される予定だ。EUの新GSPの下では、一般GSPの特恵受益国は89ヵ国(注4)、品目総数の約66%を対象とし、このうち、非センシティブ品目は関税を免税、センシティブ品目は最低3.5%に関税が削減される。EUのGSP−LDCは、武器以外の全ての品目を無税化するという意味でEBA(Everything But Arms)と呼ばれており、特恵受益国は49ヵ国、対象品目も品目総数の99.8%とほぼ全ての品目で関税が免除される。
なお、EUには「GSPプラス」という制度もある。これは、人権・環境条約の順守などの一定要件を満たしている国に対しては、一般GSP以上の条件を供与する枠組みで、具体的には一般GSPでセンシティブ品目に位置付けられる品目に対しても関税を免税する。開発途上国の輸出支援を目的とした制度に、人権や環境などの価値基準をGSPに組み込んだものだ。
米国については、一般GSPの供与国は128ヵ国、対象品目は3,511品目(HS8桁ベース)、GSP−LDCについては43ヵ国を対象に4,975品目で関税を免税している。ただし、米国のGSPはLDCの主力の輸出品である縫製品について、その多くの品目を適用対象外としており、この点で日本やEUの制度よりも輸出者には使いにくくなっている。
<日本:ブルネイを除くアジア主要国にGSP供与>
日本、EU、米国のGSPのアジア各国への適用状況は表2のとおり。日本は高所得国に分類されるブルネイを除くアジア主要国に対してGSPを供与しており、GSP−LDCはカンボジア、ラオス、ミャンマーとバングラデシュに対して適用している。
日本はASEAN諸国にGSPを供与するとともに、CLMを除くASEAN7ヵ国とは2国間でFTAを発効させており、加えてASEAN・日本FTA(ASEAN10ヵ国と日本が締約、インドネシアは未発効)も発効しているため、GSPとFTAの関係性を理解する必要がある。一般GSPとFTAの関係では、一般GSPの適用対象国でかつFTAが発効している国に対しては、原則として一般GSPが適用除外となるため、FTAが利用されることが多い。ただし、一般GSP対象品目のうち、FTAよりも有利な税率が適用される一部の品目については、一般GSPが例外的に適用される(注5)。
一方、GSP−LDCとFTAの関係では、一般GSPと異なり、GSP−LDCの適用対象国に対してはFTA発効以降も全ての品目でGSPが適用される。そのため、CLMに進出した企業は、ASEAN・日本FTAとGSP−LDCの2つの制度のうち、使いやすい制度を選択できる。FTAとGSPでは特恵税率が異なる場合があるほか、異なる原産地規則(後述)が適用されるため、品目によって使い分けることが肝要となる。GSP−LDCの適用対象品目は品目総数の98%とほぼ全ての品目が対象とされている上、一部の繊維製品でGSPの原産地規則でFTAよりも緩やかなルールが適用されているため、一般にGSP−LDCが利用されることが多いようだ。
日本とアジア諸国間では数多くのFTAが発効している一方、米国、EUとアジア諸国間ではFTAの発効は限定的だ。EUは韓国とは発効済み、シンガポールとは合意済み、米国はシンガポール、韓国とは発効済み、という事例だけだ。そのため、ASEANや南アジアから欧米向けに輸出する場合には、FTAを利用する選択肢はほとんどなく、GSPが幅広く利用されている。
<EU:ミャンマーへの適用再開へ>
EUについては、ミャンマーを除くアジア主要国に対してGSPを供与しており、そのうち、EBAの適用対象国はカンボジア、ラオスとバングラデシュだ。ミャンマーに対しては、労働者権利保護の状況などを問題視し、1997年以降、適用停止措置がとられてきたが、近年の状況の変化を踏まえ、2013年6月にEU理事会においてGSP(EBA)適用再開が決定、6月29日に官報に掲載された(注6)。7月19日に施行される見通しで、ミャンマーからEUへの縫製品などの輸出を促進する効果が見込まれる。なお、EUのミャンマーへのGSP適用は、2012年6月13日に遡及(そきゅう)して適用される。
米国は、GSP−LDCはカンボジアとバングラデシュ(後述)にのみ適用しており、ミャンマー、ラオスは適用除外となっている。ベトナムも、一般GSPの適用除外とされている。米国では、GSPを共産主義国や労働者の権利保護が不十分な国などには供与しない方針だからだ。主力輸出製品が縫製品であるベトナムにとっては、競合国であるカンボジアなど周辺国がGSPの供与を受けている一方、ベトナム製品が米国で特恵関税を享受できないことは価格競争力の面で不利になっており、米国が参加する環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に積極的に参加するインセンティブともなっている。
米国においても、ミャンマーとラオスに対してはGSPの適用を認める方向で検討が開始されている。2013年4月には米国通商代表部(USTR)でミャンマー、ラオスへのGSP適用に関する公聴会(注7)が開催されており、今後、ミャンマーとラオスもGSP−LDCの適用対象になる可能性がある。
<米国:バングラデシュを近く適用除外に>
一方、バングラデシュについては、米国は6月27日、今後、GSPの適用対象除外にすることを発表した(注8)。これは、2013年4月にバングラデシュの縫製工場が入居するビルが崩落事故を起こし、多数の死者を出したことを受け、同国における労働者の権利保護が不十分だと判断したからだ。同停止措置は、官報掲載60日後に施行される。バングラデシュの対米国輸出額(2012年、IMF・DOT統計)は37億ドルで輸出総額の17%を占める。しかし、輸出品のほとんどは米国ではGSP適用対象外となっている品目が多い縫製品で、今回のGSP適用停止措置の実質的な影響は、食料品類や一部の靴類などにとどまると考えられる。
同様に、EUにおいても、バングラデシュへのGSP適用停止も視野に労働者の権利保護の状況が精査されている。仮に、EUがバングラデシュへの適用停止措置に踏み切った場合には、主力の輸出品である縫製品に現在、GSP−LDCが適用されている上、バングラデシュの対EU輸出額は輸出総額の45%(101億ドル)を占めるだけに、大きな影響を与えることになりそうだ。
(注1)最恵国待遇(MFN:Most Favored Nation Treatment)とは、「いずれかの国の産品に与える最も有利な待遇を、全ての加盟国の同種の産品に対して、即時かつ無条件に与える義務」であり、GATT第1条で規定されている。GSPはこの最恵国待遇に反することになるが、1979年のGATT理事会決定「異なるかつ一層有利な待遇並びに相互主義および開発途上国のより十分な参加」により、GSPはMFNの例外として供与することが認められている。
(注2)国連のLDCの定義についてはウェブサイトを参照。
(注3)現在の各国の所得分類は以下の世界銀行のウェブサイトを参照。
(注4)EUの新GSPでは、一般GSPの対象国が現行の176ヵ国から89ヵ国に減少するが、EUは新GSPで供与対象国をより限定することで、LDCなどが一層、受益しやすくすることを目的としていると説明している。
(注5)日本で、FTA発効国に対して引き続き一般GSPを適用している品目は日本税関ウェブサイトを参照。
(注6)EUのミャンマーへのGSP適用再開については、ウェブサイト参照。官報はウェブサイト(PDF)に掲載されている。
(注7)USTRにおける公聴会については、ウェブサイト参照。
(注8)米国の対バングラデシュGSP適用停止の発表はウェブサイトを参照。
(椎野幸平)
(ASEAN・バングラデシュ・スリランカ)
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