日米のリーダーシップによる地域経済統合実現への期待を共有−ジェトロCSISセミナー「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」−

(米国)

ニューヨーク事務所

2013年05月30日

ジェトロと米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は5月14日、ワシントンで「アジア太平洋の経済統合と日米の役割」と題するセミナーを共催した。環太平洋パートナーシップ(TPP)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などについて、識者による発表が行われた。日本のTPP交渉参加表明などの動きがある中、本セミナーは大きな関心を集めた。

<リバランス政策で日本がカギ握る>
同セミナーでは、米議会上院外交委員会東アジア太平洋小委員会の委員長を務めるベン・カーディン上院議員(民主党、メリーランド州)が基調講演を行った後、石毛博行ジェトロ理事長が「アジア大洋州の経済統合に向けた進歩と日米の役割」と題する講演を行った。

その後、CSISのマイケル・グリーン上級副所長(アジア)兼ジャパン・チェアをモデレーターに、中国国家発展改革委員会(NDRC)マクロ経済研究院対外経済研究所国際経済合作研究室主任の張建平(ジャン・ジェンピン)氏、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の浦田秀次郎教授、シンガポール国際問題研究所(SIIA)のハンク・リム上級研究員が「アジア太平洋における経済統合の新展開」について、各国の視点を紹介するかたちでパネルセッションを行った。パネルセッション後は、CSISの国際ビジネス部シニアアドバイザーのスコット・ミラー氏が各パネリストの議論を踏まえてコメントをした。最後に、ランチョン・スピーチでウェンディ・カトラー米国通商代表補が登壇し、日本のTPP交渉参加に対する米国の見解を紹介するとともに、パネリストからの質問に応じた。

カーディン上院議員は、アジアへ政策の重点を移す「リバランス(再均衡)政策」をオバマ政権が採っている中で本セミナーがタイムリーに開催され、非常に重要なトピックであることを冒頭で述べた。アジア大洋州地域の経済統合は、米国にとっても、また地域の安全保障を構築する上でも重要だとあらためて強調。その上で、アジアへのリバランス政策の中で日本がカギを握るとも説き、日本がアジア大洋州地域における礎となると主張したクリントン元国務長官に賛同すると加えた。

経済統合に関しては、正しい統治と人権の尊重を含めた安全保障の面からも見ていくべきだと主張。特に北朝鮮、ベトナム政府の非人道的行為を批判し、経済統合は正しい統治および人権尊重なくして成し得ない点をあらためて強調した。

TPPに関しては、発展度合いの異なる国々が一堂に会して、それぞれの国で事情が異なる分野の交渉を進めていかなければならないことを課題として挙げ、締結に向けて日米両国が協力し、必要とされるリーダーシップを発揮していくことの重要性を主張した。加えて、交渉は実利があり、公正な方法によって進められるべきだとした。

<交渉中の4メガFTAの貿易担当相会合を提案>
ジェトロの石毛理事長は基調講演で、日本のTPP参加がTPPを強化するだけでなく、日EU経済連携協定(EPA)、米・EU自由貿易協定(FTA、TTIP)、RCEPなど他のメガFTAを活性化するであろう点を強調するとともに、貿易・投資のさらなる自由化の実現に向けてこれら4つのメガFTAを進めていくことが不可欠だと述べ、その上で、日米がリーダーシップを発揮すべきであるとした。

アジア太平洋地域における経済統合の実現に向けては、TPPおよびRCEPがその両輪となることを主張した。TPPは21世紀にふさわしい高水準の協定を目指し革新的な機能を果たすとともに、RCEPはミャンマー、カンボジア、ラオスなどの開発途上国を含め地域経済を向上させる機能としての役割を果たすべきであるとし、この2つの協定が相互補完的となるべきだと付け加えた。

米国においてRCEPが地域経済統合にとって必ずしも重要ではないとの見解が一部あることに対しては異を唱え、RCEP交渉の進度は遅いかもしれないが確実に前進していくことを強調した。RCEPは経済統合を加速させて競争力のある包括的なイニシアチブとなり、TPPと相互補完的な役割を果たすだろうとの考えも述べた。

21世紀における世界の貿易投資ルール形成では、前述した4つのメガFTAがその役割を果たし、米国、EU、日本、中国がこれらの軸として主要な役割を果たすことになるだろうとの見解を述べた。4つの経済統合が調和の取れた競争となるよう、定期的な情報・意見交換、透明性維持の場として、米国、EU、日本、中国を含む各経済統合の主要経済大国から貿易相や政府高官による会合の開催を提案した。

一方、中国に対しては、中国が新しい貿易投資ルールの下で健全な経済成長を果たすためにも、将来的なTPP参加を含め、日米の役割が大変重要になるとの考えも述べた。韓国についても同様、日本と中国、韓国が政治的に難しい状況下で開催された2012年11月の東アジアサミットで、日中韓3ヵ国のFTA交渉の開始に合意し、RCEPについても日中韓3ヵ国のリーダーを含めた16ヵ国のリーダーが交渉開始に合意したことを強調。新興国が台頭する国際社会の中、日本と米国は先進的な国際ルールづくりを推進しながら、共に先頭に立っていかなければならないとあらためて強調した。

<TPP交渉における透明性の改善を要求>
NDRCの張主任は冒頭、アジア大洋州地域が世界経済の回復にとってますます重要となってきている点を挙げた。TPP交渉にカナダ、メキシコが参加したことにより地域協定として存在感が増しているとした上で、高水準の協定とすべく米国がリーダーシップを発揮しているとの見方を示した。

一方でTPP交渉に参加しているベトナムに対しては、いまだベトナム経済を支配している国有企業への懸念を述べたほか、カナダの供給管理制度に大幅な改革が必要な点、メキシコが知的財産保護や麻薬問題を抱えている点などを挙げた。日本に対しては農業、水産業、知的財産権、医薬品、保険、郵政などの分野において規制改革が必要だと主張した。

中国では、TPP交渉の透明性の欠如によりTPPをよく理解していない専門家が多いことを説明し、改善の余地があるとの意見を述べた。中国は地域におけるいかなる枠組みも尊重するとし、日中韓FTA、RCEP、TPPが相互補完的な役割を果たすだろうとも説いた。中国については、国内改革を進め、市場を開放した上で、協定の傾向と方向性を理解すべくオブザーバー参加する可能性も示唆した。

<日本の政治家に強いリーダーシップを求める>
早稲田大学の浦田教授はまず、日本が他国と比較してFTAパートナー国との貿易比率が低い点を挙げた。その理由を米国、中国、EUなど経済大国とのFTAを締結していないためとし、もしそれら国・地域とFTA交渉に成功すればFTA締結国との貿易比率は70〜80%まで上昇する、と説明した。

RCEPとTPPについては、両方が将来的なアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への経路となり得ると説明。RCEPとTPPは異なるタイプのFTAであり、相互補完すべきだと強調した。TPPとRCEPの違いとしては、TPPはさまざまな条件やルールがあり水準を高く設定しているのに比べ、RCEPは地域の経済統合を支援するものだとしたほか、TPPは地域協定の模範・モデルとなることを目標としている一方で、RCEPは参加国が成長できる環境を提供することを目標にしている点を挙げた。

日本については、TPPに参加することでGDP成長率が0.66ポイント押し上げられるとの試算を説明。一方で農業界からの強い反対がある理由として、既得権益者の保護を挙げた。こうした状況下、日本がFTAから最大限の利益を享受するため、広範な分野がカバーされ関税撤廃が含まれたハイレベルなFTAを締結していくべきだとの考えを述べ、政治家による強いリーダーシップを求めた。

<米国はTPPの経済的利益に焦点を当てることが大切>
ハンク・リムSIIA上級研究員は、TPP、RCEP、日中韓FTAに対する、米国、日本、中国、ASEAN諸国の視点について紹介した。

米国にとってTPPはアジア政策の軸となっており、貿易、経済の拡大だけでなく、安全保障という観点からも重要だが、この安全保障という側面を含むが故に、中国がTPP参加に対して警戒心を抱いていることも確かだと指摘した。米国はTPPのアジア圏での影響力を拡大し中国を牽制するという戦略的な側面よりも、TPPが米国にもたらす経済的な利益という側面により焦点を置くべきであると強調した。

中国国内では現在も米国主導によるTPPが中国の「封じ込め」になるのではないかという懸念があり、中国、韓国、インド、インドネシアが交渉に参加していないことから、東アジア地域の経済統合を分断するものと考えられていると指摘した。このため、中国はASEAN諸国主導のRCEPと日中韓FTAを強く支持しており、これらを締結することにより、中国は米国と対峙(たいじ)せずに、東アジアの経済統合という目的を果たすことができると考えていると指摘した。

日本については、TPPは交渉参加が決定しているにもかかわらず、交渉のテーブルに着く時期ははっきりしていない上、安倍政権は農業関連問題に対する与党内の意見をまとめ切れていないと指摘。今後、日本がTPP、RCEP、日中韓FTAのうち、どれを優先的に進めていくかが注目されるが、安倍政権の下では日中韓FTAよりもTPPの交渉が優先される傾向があるとした。日本のTPP参加は、国内の経済の構造改革・景気低迷からの脱却に取り組む上で、経済的・政治的に極めて重要であり、刺激となるだろうと指摘した。なお、ASEAN諸国の中でも、とりわけシンガポールは日本のTPP参加を歓迎していると述べた。

<TPPの将来の方向性について議論することが重要>
CSISのミラー氏は、米国の観点からTPPについて論じた。同氏は北米自由貿易協定(NAFTA)を例に挙げ、同協定が当初は物品貿易に議論に焦点が置かれていたが、徐々に3ヵ国で物を生産するためのサプライチェーンの構築へとシフトしていったことから、TPPにおいても20年後の方向性について議論することが重要だと述べた。

また同氏は、TPPによって重要産業の市場を開放することの重要性を指摘した。米国の場合、今の時点で連邦政府による刺激対策は経済成長の最善の方法ではなく、また量的緩和の効果が徐々に薄れており、金融政策でできることも限界にきているとした。そこで海外に向けて市場を開放することは、米国のグローバル企業の競争力やパフォーマンスを上げ、国内の経済の改革を進めるという点で有益だとした。国内の重要産業の構造改革は難しく、時には政治的に思い切った策が必要となるが、経済成長には不可欠であるとし、米国の主要貿易相手国であるカナダ、メキシコ、日本は、他の小さい貿易相手国とは異なり、重要産業の構造改革を米国に要求することができると指摘した。また、米国の自動車産業の韓国進出のように、政府は重要産業を保護するよりも、その産業全体をより競争力を持つ、持続可能な方向へ導くことが重要だと強調した。

<日本は米国の建設的なパートナーに>
カトラー米国通商代表補は、米国は日本の決定を歓迎しており、カナダとメキシコの時と同じように、日本をTPPのプロセスに仲間入りさせるよう努力をしていると述べた。同氏は、日本が常にAPECフォーラムを先導する共同提案者であり、WTOでの情報技術協定(ITA)の拡大に関する交渉の際は米国の強力な味方だったことから、TPP交渉の中でも米国にとって日本は建設的なパートナーとなるだろうと述べた。現在、東京では農業に関する詳細な議論が行われるなど、同部門の構造改革に真剣な姿勢がみられることに米国側は励まされているとし、また日本が安倍首相の主導でTPP交渉に当たる特別チームを編成していることは、省庁間の対抗意識や意見の食い違いによる問題を最小限にとどめるだけでなく、政治的決断を下すことも可能にするだろうと述べた。日本は他の貿易相手国からの圧力からではなく、国益を追求するためという自らの意思によってTPPに参加することが重要だと強調した。

(吉田薫、星野香織、イアン・ワット)

(米国)

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