外資小売流通業の多店舗展開に新しいガイドライン−条件付きで500平方メートル未満はENT不要に−

(ベトナム)

ハノイ事務所・ホーチミン事務所

2013年05月20日

商工省は4月22日付で、外資企業の商品売買活動のガイドラインである通達08/2013/TT−BCT号を公布した。同通達は、外資小売流通業が多店舗展開する際に必要とされる「エコノミック・ニーズ・テスト(ENT)」のガイドラインを新たに定めており、6月7日から施行される。

<日越共同イニシアチブ・フェーズ4などで議論に>
これまで外資企業(注1)が多店舗展開する場合、1店舗は問題なく設立できるものの、2店舗目以降は設立したい場所の小売店舗数、市場の安定度、地域の規模をチェックした上で、地方(省レベル)機関、商工省の許可を得なければ設立できないようになっている〔WTOサービス分野公約P23注24、日ベトナム経済連携協定(EPA)サービス分野公約注23、商業省(現商工省)決定10号付録1.2、商業省通達9号4.3(a)〕。これがENTと呼ばれているものだ。

しかし、出店許可を得る場合の判断基準が不明確で、審査プロセスの透明性が低いことから、外資の国内市場参入の障壁となってきた。この問題は、外資が同業種での進出をためらう要因ともなる。ベトナムの投資環境を改善し、外国投資を拡大することを通じて、ベトナムの産業競争力を高めることを目的として、2011年7月にスタートした「日越共同イニシアチブ・フェーズ4」においても議題に上がり、日本側とベトナム政府側とで問題解決に向けた協議を行った。その結果、ベトナム政府は具体的なガイドラインの明確化を約束した。

一方、日本政府も前記の問題を憂慮して、2011年10月に松下忠洋経済産業副大臣(当時)が訪越した際、ベトナム商工省トア副大臣との間で、「流通・物流政策対話設置にかかる経済産業省・ベトナム商工省間の覚書」に署名。同覚書に基づき、「日越流通・物流政策対話」を設置し、双方持ち回りで原則毎年、対話を実施することにしている。

<通達でENTの基準や手続きを規定>
今回の通達は、商業省通達9号に代わって、ENTの基準や手続きを規定したもので、具体的なENT審査の基準の変更は、同通達第7条に規定されている。ポイントは以下の3点となっている。

(1)ENTの審査基準は、出店予定地域の小売店舗数、市場の安定性、人口密度などからなる。今回の通達で、その地域対象が省・中央直轄都市から区・郡レベル規模に縮小された。
(2)省・中央直轄都市による商業マスタープランがあり、インフラ建設が完了している地域において、500平方メートル未満の面積で2店舗目以降を出店する場合には、ENTの実施は不要となる。ただし、同商業マスタープランが変更になった場合は、適用されない。
(3)省級人民委員会は、ENT評議会を設立し、2店舗目以降の小売店出店の是非を審査する。同評議会のメンバーは人民委員会委員、計画投資局、商工局、その他関連機関(省級人民委員会委員長より決定)となる。ENT評議会によって承認された後、商工省の承認を得ることになる。

ENT審査の際の対象地域が縮小されることにより、審査の時間が短縮されることがある。しかし地域対象によっては参入しにくいという状況も考えられる。また、500平方メートル未満の店舗の場合、ENTの実施が不要になることで、外資コンビニエンスストアのような小規模の小売店舗の出店がしやすくなる可能性が出てくる。一方で、500平方メートル以上の店舗に関しては引き続きENTの審査対象になり、基準も明確とはいえない。

<コンビニなど当地日系企業は歓迎の声>
当地(特に南部)の日系企業の声はさまざまだ。特に、500平方メートル未満店舗のENT適用除外という点が注目されている。

コンビニエンスストアは、多店舗展開してこそ収益が上がる業種なので、500平方メートル未満での小売店出店がENT対象外とされたことは、運用されてみないと分からないものの、日系ブランドのコンビニ企業からは基本的に歓迎されている。ベトナムでのコンビニは通常200平方メートル前後といわれている。そもそもENTは、外資企業が国内フランチャイズ方式で小売店を増やす場合(既存の個人商店などをフランチャイジーとして、ブランドとノウハウを与えて指導しロイヤルティーを得る方式)には問題にならず、外資企業が直営方式で出店する時に問題となる。収益という点では外資直営の方が望ましいと思われるため、ENTが対象外になるのは歓迎だろう。もちろん、ローカル資本企業でなく外資企業が売るとなると、外資規制品目(たばこ、砂糖、医薬品、出版物、コンテンツ媒体など)は取り扱えないものの、外資直営がやりやすくなるのは歓迎のようだ。

縫製企業も歓迎の様子だ。当地では、製造業(自社生産)が輸出だけでなくベトナム国内に小売りをする場合(製造販売)には、法令上はENT規制の対象になり得るとしても、実態として出店規制は問題になっていない。その一方で、委託生産をしている企業が輸出に加えベトナム国内で店舗を建てて小売りを行う場合は、自社の製造販売免許を持っていないため、免許が必要になる。ある縫製関係企業は、ベトナム国内に店舗を建てて小売りをしようとする際に、不透明なENT規制がブレーキになり、卸売り免許だけを取得し、小売り部分はパートナー(ローカル企業)に任せていたという。そのような縫製関係企業でも、小規模小売店舗であれば、今回の改正により、小売り免許を取得する方向になるかもしれない。

<テナント外資企業の申請要件が問題>
大型ショッピングセンターを展開しようとする企業については、スーパーマーケットなどを小売りとして自社経営する場合、500平方メートル以上の小売店直営で引き続きENTの対象になり、出店時に厳しい審査を受けるので、現状と変わらないという評価のようだ。一方で、大型ショッピングセンター企業は自ら不動産免許を持ち、テナント企業が小売り免許を持つことになるので、ENT適用除外によってテナント企業(500平方メートル未満)が進出しやすくなれば、外資小売企業をテナントとして集めやすい、という大きなメリットがあるという(注2)。

ただ、むしろ大型ショッピングセンターにとっては、外資系ショッピングセンターの中で、テナント外資企業が小売り免許を取得する時の申請要件が問題だ。賃借者が土地を保有し内装建設を完成させた後で、初めて小売り免許の申請が可能になるが、完成の解釈にブレがある。このためにテナント企業が開店できず、グランドオープンが遅れることがあるという。また、外資企業のサブリース禁止のため、建物を保有してテナントにリースするしかなく、建物を保有せず一部を借りてリースする場合は、内装投資を行った後にリースする(サブリースに当たらないようにする)必要があるが、内装投資の解釈にぶれがあることも、大きな問題だといわれている(注3)。

なお、500平方メートル未満という点に加えて、ENT評議会設置についても、プラス要素だという評価がある。企業からすると、これまで審査の主体は「省の人民委員会」としか規定されていなかったところが、「人民委員会・投資計画局・商工局など」と明確化され、カウンターパートが明確になるという効果は見込める。投資を誘致する立場の投資計画局が明示的に入ったこともプラス要素だという。

日系企業としては、大型ショッピングセンター(外資企業テナントを集める立場)にとっても、小売企業にとっても、ENTは本来は撤廃されるべきだと考えるだろう。それが究極的な姿だとしても、今回の通達改正による適用除外や明確化を、「運用次第では大きな前進」と肯定的に評価する声が多い。

<マスタープラン更新までのパイロット的性格も>
ただし、条文をみても、依然として内容不明な文言がある。「インフラ整備が完了している地域」などだ。また、無視できない大きな事項として、今回の改正では「マスタープランに変更があった場合」には、500平方メートル未満であっても、ENT適用除外にはならない(ENT対象になる)と理解される。例えば、ホーチミン市のマスタープラン(注4)が変更された場合、500平方メートル未満店舗であってもENTの対象になる。この点を当局に聞いたところ、運用が決まっていないため回答は得られていない。この点をみると、今回の措置は小規模店舗出店のENT適用除外と完全に言い切れないと同時に、まずはマスタープラン更新までの間、様子を見るというパイロット的な性格を持つとも捉え得る。今後、実態を注視していく必要があるだろう。

(注1)外資の定義はなく、商工省によると、1%でも外資が入ると外資企業になるといわれてきた。
(注2)現状のベトナムでは、価格帯が低いという問題が厳然とあり、何でも売れるわけではないということに留意は必要。
(注3)ベトナムでは、不動産関係は慎重に取り扱うべき分野であり、サブリース規制なども不動産事業法という法律レベルで規定されている。
(注4)現行の2009年版マスタープランでは、2015年までの間、市全体で市場235ヵ所、スーパーマーケット177ヵ所、商業センター163ヵ所と規定。区ごとにも、より細かく規定〔ホーチミン市人民委員会2009年2月決定17号(17/2009/QD−UBND)〕。

(佐藤進、近江健司)

(ベトナム)

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