中国への機械輸出は大きく後退−中国経済の減速が世界経済に与える影響−
ジュネーブ事務所
2013年03月18日
中国経済の減速はスイス経済に対して、まだら模様の影響を及ぼしている。最も大きな打撃を受けているのは産業機械だ。一方、対中国輸出の稼ぎ頭である時計に関しては、伸び率が鈍化したものの、業界は強気の姿勢を崩していない。スイス経済に及ぼす影響について、2回に分けて報告する。前編は貿易面。
<減少に転じた対中国輸出>
2012年のスイスの輸出は、2,005億5,462万スイス・フラン(以下CHF、1CHF=約100円)で前年比1.5%増だった。アジア向けは2.4%増となったが、中国向け(香港を除く)はここ数年の上昇基調から転じて12.2%減と大きく減少した(2013年2月25日記事参照)。ただし、香港向けは10.4%伸びており、香港と中国の合計でみると、2.6%減にとどまっている。香港向けの輸出品の多くが中国本土に流れているとすれば、減少額はそれほど大きいものではない(表1、表2参照)。
中国と香港合計の輸出額は輸出全体の7.2%を占め、ドイツ、米国、イタリアに次いで4位の輸出相手先となる。中国が貿易に与える影響は大きいが、その度合いは産業によって大きく異なっているのが現状だ。
<製造設備や工作機械などの輸出が大きく減少>
中国経済の減速で最も大きな影響を受けたのは機械産業だ。特に製造設備や工作機械の輸出減が大きい。中国向け輸出の3割を占める機械類(産業用機器や電気・電子機器など)は2012年に前年比40.8%減となり、これが対中国輸出全体の減少の最大要因となった(図1参照)。中でも産業機械の不振は深刻で、48.7%の大幅減少となり、2007年のレベルにまで落ち込んだ。
この状況について、スイス機械・電機工業会(SWISSMEM)に2月中旬に聞いたところ、「これまで、スイスから中国への機械輸出額は増加を続けてきた。2009年はリーマン・ショックの影響でマイナス(前年比10.7%減)となったが、不況の年だったからだ。2012年も、アジア新興国を含む世界的な景気停滞で需要が減少したことが大きな理由と思われる。しかし、2010年に爆発的な伸び(49.2%増)をみせたように、今回も悲観的ではない」との説明があった。
しかし、設備投資の減少は景気の先行指標であり、中国経済が今後も減速を続けるとしたら、急激な回復は望めないだろう。加えて、スイス製産業機械の中国での需要は、時計などにみられるように、スイス製の機械を使って、スイスと同じ最終製品を中国で安く生産して世界に販売する、という中国企業の動機に基づく。機械製品製造における中国の技術力向上は劇的だ。もし、この技術力の接近が輸出量の減少原因だとすると、今後、産業機械の輸出はさらに減少する可能性もあることを示している。
実際に中国からの輸入を品目別にみると、電気・電子機器(99.8%増)、事務機器(71.7%)が大幅に伸びている。生産設備などの産業機械の輸入も70.3%増となっている。しかし、これらの伸びは、2012年からスイスの統計基準が変更され、原産地を実際の生産国とすることとしたため、これまで経由地国からの輸入に計上されていたものを中国に計上したことが急増の大きな理由であると、連邦関税局の担当者は語っている。
<時計については輸出額の増加を維持>
スイスの主要輸出品目を全世界でみると、化学・医薬品39.4%、精密機械・時計・装身具21.9%、機械および電気・電子製品が16.6%の順だが、対中国(香港を除く)でみると、精密機械・時計・装身具が33.9%と最も大きく、機械類の29.8%、化学品の24.1%を抑え、最大輸出品目となっている。特に時計・装身具に関しては、香港を経由して中国に輸出される品も多い。香港への輸出の品目別内訳をみると、62.7%が時計、17.5%が宝石・貴金属類となっているが、この多くが中国に再輸出されているとみられる。ここ数年は各時計ブランドが中国国内での直販店開店を活発化させるなど、中国への直接輸出が増加してきたが、2012年はこの動きが反転し、直接輸出は0.6%しか増加しなかった。香港向けは前年の28.4%増からは伸び率が急低下したとはいえ、6.8%の伸びをみせた(図2参照)。
実は中国向け時計輸出は、2011年後半からブレーキがかかり始めていた。新聞などのメディアではアナリストの多くが2012年の時計輸出は全体的に減少すると予測していたが、その懸念が現実となったのは9月のことだ。好調だった時計の輸出額が前月比2.7%減に転じ、30ヵ月ぶりの減少となった。その原因となったのがアジア向け輸出の減少で、9月は香港向けが前年同月比19.9%減、シンガポール21.3%減、台湾13.4%減、中国27.5%減となった。
ただし、この9月の時点では、時計輸出の減少についてスイス時計協会FHは心配しておらず、「8月が前年同月比12.7%と急増していたのが原因」と語っていた(「ル・タン」紙2012年10月19日)。ところが、その後も中国向けの時計輸出は回復せず、10月は香港向けが2.7%伸びたものの、中国向けは12.3%減、11月は逆に中国向けは1.7%伸びたものの香港向けが13.5%減、そして12月は香港向け15.0%減、中国向け32.3%減とともに大きく減少した(図3参照)。
<マイナス要因はあるものの、時計産業は強気>
この減少の原因の1つとして、中国の新体制の下でぜいたく品の普及を抑える施策が開始されたことが挙げられる。特に時計・希少な切手・金貨についてはぜいたく品の代表として、これらの品が広まることは社会倫理を不安定にするというキャンペーンが行われたとされている。スイス時計協会FHは、このキャンペーンには特にコメントせず、「偽物やまがい物の普及・違法な取引などは撲滅するべき」とだけコメントしている(「ル・タン」紙2013年2月7日)。なお、時計の輸出減少は、もう1つの要因である関税および消費税の増税の影響もあり、このキャンペーンがどの程度影響しているかは不明だ。
このようなマイナスの動きは出ているものの、時計業界は強気の姿勢を崩していない。実際、スウォッチグループとリシュモングループの株価は、2012年1年間でそれぞれ26.7%、43.8%上昇している。SMI(スイス市場インデックス)も16.8%の上昇だったので、スイスの株式市場全体が好調ともいえるが、その中でも両社は相当高い値上がり幅といえるだろう。ちなみに、この15年間でスウォッチグループは約6倍(495%)、リシュモンは約9倍(796%)も株価が上昇している。この上昇は中国へのぜいたく品輸出が年々拡大しているためで、アナリストらは、中国のぜいたく品需要は2013年も継続するとみている。LVMHグループのウブロのジャンクロード・ビベール会長は「中国への輸出が減少したのは周期的なもの。中国(の消費者)とスイス時計の良好な関係は始まったばかりで、新興市場が段階的に進展していくのは当然のことだ。このような小康状態はむしろ歓迎で、このような状況を株式市場では『地固め』と呼ぶだろう。ただ、パニックに陥る状況ではないが、50%以上の売り上げを中国に依存するブランドにとっては苦しいかもしれない。市場を絞り過ぎないということも重要といえるだろう」と述べた(「ル・タン」紙2012年10月30日)。
(江藤学、ブリショー雅子、マーク・ガンバラザ)
(スイス・中国)
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