GSPが失効すれば影響は広範囲に−タイ・EU、FTA交渉開始に合意(2)−
バンコク事務所
2013年03月18日
タイはここ数年、政情不安や大洪水の影響から、内政に注力せざるを得なかったことでEUとの自由貿易協定(FTA)に出遅れた。EUはFTAに対する動きが鈍いASEAN各国に対し、一般特恵関税(GSP)制度改革を通じ早期にFTA交渉に踏み出すよう迫っている。2012年1〜9月にタイのGSP利用率(実質)は61.5%に達し、タイが2014年末にEUのGSP対象国から外れた場合、その影響は広範囲に及ぶ。連載の後編。
<内政に追われ、ASEAN他国に出遅れ>
タイはEUとのFTA交渉について、シンガポールとマレーシア、そしてベトナムに先を越された。マレーシアは2014年1月にGSP適用対象外となることが確実になっており、こちらはタイ以上に時間との勝負になっている。マレーシアは2010年10月にFTA交渉開始で合意し、同年12月に交渉を開始したものの、サービス、外資規制に加えて、マレーシア特有の国内自動車産業保護政策、政府調達におけるブミプトラといわれるマレー人優遇政策、イスラム教が忌避しているアルコールの輸入問題など、EUが改善を迫る事項が山積みになっている。さらに、2013年には下院選挙が予定されていることから、2012年春以降、交渉は事実上停止している。また、ベトナムは2012年10月にFTA交渉が開始されたものの、引き続きGSPは継続適用されることから、タイ、マレーシアに比べ焦りは薄い。
一方、タイは、2010年には首都中心部での反政府デモなどで国内融和の内政に集中せざるを得なかったこと、翌2011年は7月の総選挙で政権を握ったインラック政権が特に地方を中心とした内需振興による経済格差是正に注力する一方、明確な対外通商政策を示していなかったことに加え、2011年10月以降はタイ中部大洪水の対応に追われるなど、ここ数年間は国内に目を向けざるを得ず、他のASEAN有力国に比べ出遅れた格好だ。
<EUはGSP制度改革でFTA交渉へ仕向ける>
タイ産業界には以前から、EUのGSP制度変更の影響を懸念する声はあった。2011年5月に欧州委員会が2014年以降のGSP新規則案を発表するなどの改正の動きに出ていた。これは当時、ASEANとのFTA交渉が停滞していたこととも無関係ではない。ASEANとのFTA交渉は、2007年5月に交渉入りで合意し、同月交渉を開始した。しかし、「ミャンマー人権問題とASEAN域内の経済格差から柔軟な交渉が困難」(デフフト欧州委員、注)として、2009年3月にASEANとEU交渉団とが交渉の一時停止で合意した。交渉開始からわずか1年10ヵ月で、交渉は頓挫した。
EUはASEANとのFTAについて、個別国に切り分けて交渉する方針に切り替えた。2009年12月に開催されたEU環境相理事会は、ASEAN各国との個別FTA開始の承認を決定した。これに合わせるかたちでシンガポールとEUとは同年12月にFTA交渉開始で合意、2010年3月に交渉を開始した。しかし、概してASEAN各国の動きは鈍く、そのためEUはGSPの制度変更を通じてASEAN各国にFTA交渉に踏み出させるよう仕向けている。
<タイのGSP実質利用率は61.5%>
タイ商務省から入手した欧州向けGSP利用輸出額によると、2012年1〜9月のGSP利用輸出額は63億2,346万ドル。同期間の対EU輸出は163億5,837万ドルで、GSP利用率(名目)は38.7%だ。しかし、WTOの「World Tariff Profiles2012」によると、EUは2010年の輸入で農業産品の42.9%、非農業産品の58.8%でおのおの最恵国待遇(MFN)税率が0%であり、あえてGSPを利用する必要のない品目も多い。それらMFN関税撤廃品目やGSP適用対象外の品目を除いたタイのEU向け輸出は102億8,010万ドルだった。この数値を基に算出した「GSP利用率(実質)」は61.5%に達する。そのため、2015年にEUのGSP対象国からタイが外れた場合、その影響は広範囲に及ぶことが分かる。
タイ商務省によると、EU向け輸出でGSPを適用している上位品目は、1トンピックアップトラック車に代表される貨物自動車(HS870421)で、これに調理済みシュリンプおよびプローン(HS160520)、ゴム手袋(HS401519)、窓型・壁型エアコン(HS841510)、眼鏡用レンズ(HS900150)、タイヤ(HS401110)、冷凍シュリンプ(HS030613)、パイナップル缶詰(HS200820)が続く。
さらにEUは、タイを早期にFTA交渉に踏み出させるよう暗に迫っている。2012年12月18日付官報で2014〜16年末の間、先行的にGSP適用対象外とする品目として「品目別卒業規定実施規則」を発表、タイ地場企業が生産・輸出のある程度を占めるとみられる「調理済みの肉・魚」「調理済み食料品、飲料、蒸留酒、酢」「真珠・貴金属」が指定された。上の例では調理済みシュリンプおよびプローンなどがこれに含まれる。これらは2015年を待たず、2014年1月からGSP適用対象から外れることになる。
GSP適用対象外になった場合、これまでGSPを利用して輸出をしてきたタイ産品は、関税が高くなる分だけ価格競争力が不利になる。GSPを利用して輸出している最大品目の貨物自動車の場合、税率が現行の6.5%から10%へと3.5ポイント上昇する。表のとおり、製造品は2〜5%程度だが、農産品や加工食品の場合、関税上昇幅はさらに大きい。
ようやく交渉が開始されるタイ・EU FTAだが、2014年末までの締結・発効はもはや時間的に困難になっており、少なくとも数年間はMFN税率での輸出は避けられない。その間、欧州市場でベトナム、インドネシア、フィリピンなど依然としてGSP対象国との競争を余儀なくされる。タイ政府はこれら影響が大きい分野に焦点を当て、コスト削減や、高付加価値化、新市場開拓への支援などに取り組む必要があろう。
(注)2010年3月3日シンガポール国立大公共政策大学院講演会でデフフト欧州委員が発言。
(助川成也)
(タイ・EU)
GSP失効までの発効は時間的に困難−タイ・EU、FTA交渉開始に合意(1)−
ビジネス短信 5141502338e28