ねじれ議会で円滑な政策実行は困難な見通し−ジェトロセミナー「2013年の米国政治経済をうらなう」(1)−
北米課
2013年02月18日
ジェトロは1月29日、東京で「2013年の米国政治経済をうらなう」と題するセミナーを開催した。セミナーにはさまざまな業種から合計144人が出席した。黒川淳二・海外調査部北米課長が政治の展望を、ニューヨーク事務所の松下美帆・調査担当ディレクターがマクロ経済の展望に焦点を当てて解説した。概要を2回に分けて報告する。黒川課長は、オバマ大統領は基本的に1期目の政策路線を踏襲するが、共和党と政治思想が異なる分野では、ねじれ議会で法制化などが難航するとの見方を示した。
<オバマ氏再選の背景に人口動態要因も>
黒川課長の講演概要は次のとおり。
2012年11月に行われた大統領選挙では、選挙人獲得数でオバマ大統領が332人(61.7%)、ロムニー共和党候補が206人(38.3%)と大きな差がついた。理由の1つに、激戦州での勝敗が挙げられる。特に、中西部のオハイオ州を落とした共和党候補は当選できないとして注目されていたが、今回もそのとおりとなった。同州の主要産業である自動車を中心に良いニュースが相次いだことや、投資の計画が持ち上がっていることなどが影響したとみられている。そのほか、非白人層からの支持拡大も影響しているとみられる。特に、ヒスパニック層とアジア層の支持率が、前回2008年選挙時の67%と62%から、71%と73%に上昇している。2期目の目玉政策である移民法改革への期待の高まりともいえるだろう。
<1期目は前半で勝負をかける>
戦後の歴代大統領の1期目の平均支持率をみると、オバマ大統領は49.0%と下から数えた方が早いが、同時期の平均失業率9.0%を考慮に入れれば、悪い数字とはいえないだろう。米国では、親戚に失業者が出ると政権に批判的になる傾向があるといわれているが、失業率が高止まりする中で再選した点は大きい。上下両院で民主党が多数を占めている中、1期目前半に景気刺激策や自動車メーカーの救済、金融規制改革など、やるべき政策を矢継ぎ早に実施したことが影響しているだろう。しかし、2010年の中間選挙を境に、1期目後半は上院で民主党が、下院で共和党が多数を占めるねじれ議会となり、めぼしい政策が打てなかった。2011年8月に、連邦政府の債務上限引き上げの議論が難航し、米国債が史上初めてAAAからAA+に格下げされたことなどは記憶に新しい。
対外政策では、アジア重視の外交姿勢(アジア・ピボット)を打ち出したことが注目点だ。中国とどう向き合うかという課題はあるが、アジアの成長力を取り込むことで、1期目で掲げた輸出倍増も実現したい考えだ。オバマ大統領は再選直後に、東アジアサミットへの出席に合わせて、タイ、ミャンマー、カンボジアを歴訪している。大手企業もミッションなどを通じてアジアへの進出を進めており、ビジネス面でもコミットしている。日本もそうした動きに油断していられないだろう。
<議会は超党派の協力体制に移行できるか>
議会選挙では、上下両院で民主党が議席を若干伸ばしたものの、2010年の中間選挙以降のねじれ状態が続くこととなった。その影響の一端として、前回の第112議会(会期:2011年1月3日〜2013年1月3日)で成立した法案数は、ここ10年で最低の310本だった。共和党が批判の的になることが多いが、両党とも構造的な問題を抱えている。共和党では、中道派と保守派のティーパーティーとの意見調整が大きな課題だ。また、非白人層が多数を占める地区での支持率が低いことから、今後はそれらの層からの支持獲得に向けた方向修正が必要になってくるだろう。他方、民主党でも、ブルードッグ連盟と呼ばれる財政規律重視の下院穏健中道派議員が減少しており、党派対立に拍車をかける1つの要因とみられる。
両党の事情に加えて、上院で中道派の大物議員が相次いで引退したことも影響している。代表的な人物として、共和党のリチャード・ルーガー氏、オリンピア・スノウ氏、民主党のジョー・リーバーマン氏、ケント・コンラッド氏らが挙げられる。いまや世論調査で議会の不支持率は80%近くになっているが、終わりの見えない党派対立に危機感を覚えて、超党派での協力を促す市民運動も起きている。
<製造業などでの雇用増進に力点>
2013年1月21日の大統領就任演説では、社会政策を多く含むオバマ氏の政治信念が提示されたが、重要課題は引き続き雇用とみられる。オバマ氏は選挙公約で、2期目が終了する2016年までに製造業で100万人の雇用を創出すると掲げている。そのために、法人税制の改革や職業訓練機会の提供を主張している。職業訓練に関しては、州レベルでも活発に行われており、日本企業も活用できるものだ。米国でビジネス展開する上で、州政府との関係は重視すべき点だろう。また米国製造業では、生産拠点の国内回帰がブームとなりつつある。ゼネラル・エレクトリック(GE)やキャタピラーが一部生産機能を米国内に戻したほか、小売り最大手のウォルマートは今後10年で500億ドル分の米国製品を調達する計画を発表しており、政権の目標実現に追い風となっている。他方で、3Dプリンターなどの普及で誰もが自分の望むモノを作れる「製造者(メーカーズ)」となる動きが起きている。メディアでも「第3の産業革命」と称されており、今後の発展は注目に値するだろう。
そのほかの産業では、オバマ政権が1期目で改革に注力したヘルスケア分野も成長が見込まれる。ただし、保険非加入者への罰金や低所得層向け医療保険の適用拡大といった改革の目玉の部分は2014年からで、市場の本格的な拡大はそれ以降となるだろう。
<気候変動・エネルギーには引き続き高い関心>
オバマ氏が就任演説で気候変動を取り上げた点は、やや驚きを持って迎えられた。1期目では、包括的な気候変動法案は廃案となり、政権が支援したクリーンテック(環境技術)企業が相次いで破産するなど、力を入れた割に成果が出せなかったためだ。しかし、度重なるハリケーンの到来や大規模な干ばつの発生など気候変動に対する脅威は高まっており、かつ米国のエネルギー需要は今後も右肩上がりであることから、オバマ氏は引き続きこの分野の発展を推進していく考えだ。その一方で、国内の石油・ガス資源の開発も拡大していく包括的な(all−of−the−above)アプローチが今後も基軸となるだろう。実際に、原油の輸入依存度は低下傾向にあり、シェール革命で増産されている天然ガスは発電源としての活用が進み、電力コストの低減につながるなど、この分野は既に動き出している。
通商政策は1期目から引き続き、雇用創出とからめた輸出倍増計画が中核となる。また、自国産業に損害を与え得る貿易相手国の不公正貿易慣行への法執行の強化も堅持する姿勢で、政策が大きく変わることはないだろう。
<社会政策では保守とリベラルの対立も>
オバマ氏は就任演説で、移民法改革、銃規制強化、同性婚の合法化といった社会政策を取り上げた。格調高い就任演説にしてはリベラル色の強いテーマが並び、両極化する議会での実現性が気になるところだ。中でも移民法改革は、上院の超党派グループが早速、法案を提出し、動きが加速している。1,100万人といわれる不法移民に合法化の道を開けば、政治家にとっては大きな支持基盤になるし、経済面では貴重な労働力にもなり得る。他方、不法入国者にも教育機会や社会保障を提供することに反発する層もあり、簡単には進まないだろう。
銃規制についても、既に上院で法案が提出されているが、民主党議員の中にも規制強化に前向きでない議員が存在するなど、取りまとめは難航するとみられている。2012年末にコネティカット州で起きた銃乱射事件を受けて改革の機運が高まったものの、議会は総論賛成、各論反対といったムードだ。
同性婚については、2012年に正副大統領がともに支持の姿勢を表明して注目されたが、連邦レベルでどのタイミングでどう法制化するのか、まだ道筋は示されていない。他方、住民投票などを通じて同性婚を合法化している州は増えており、州レベルでの法制化に委ねる可能性もある。
(黒川淳二、磯部真一)
(米国)
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