政治的対立による負の影響を懸念−国際シンポジウム「アジアの成長戦略としてのFTA」(2)−

(世界)

海外調査部

2013年02月22日

ジェトロと国際経済交流財団(JEF)共催シンポジウム「アジアの成長戦略としてのFTA」の第2セッション「アジアのFTAを取り巻く政治経済環境の変化」では、自由貿易協定(FTA)の動向に影響を与える諸要因について議論が行われた。欧州債務危機や世界経済停滞はアジア域内のFTAをむしろ促進するとの見方が示される一方で、日中、日韓などの政治的対立はマイナスの影響をもたらすとして多くの識者から懸念が表明された。中国の環太平洋パートナーシップ(TPP)参加可能性についても議論された。3回シリーズの2回目。

<欧州債務危機、世界経済停滞はアジア域内のFTAを促進>
4人のパネリストのうち、最初に報告した北京大学国家発展研究院(NSD)のヤオ・ヤン(姚洋)院長は、まず中国経済の見通しについて、これまで世界の生産拠点だったが、今後8〜10年で大きく変わり、2020年までに米国のGDPを上回る可能性が高いと述べた。TPPについては、米国主導の枠組みで、中国は労働・環境分野などにおける条件を満たすことは難しく、TPPに参加することは困難との見通しを示した。一方、日中韓における貿易量は大きく、2020年には日中韓の経済が米国やEUを上回り、世界経済の中心になる見込みで、日中韓FTAを他のFTAより優先すべきとの見方を示した。

続いて、ジェトロの石毛博行理事長は、欧州債務危機、世界的な景気後退の懸念、WTOドーハ・ラウンドの停滞は東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)やTPPの推進にはむしろプラスに作用しているとの見解を示した。一方、日中、日韓の政治的緊張の中で、日中韓FTA、RCEPがそれぞれ交渉開始に合意したことは注目すべきことで、その背景には、米国が主導するTPPの動向が作用したと分析した。

実態面では、ジェトロの進出日系企業活動実態調査によると、今後、中国で事業を拡大する企業の割合が大きく低下していると指摘した。賃金水準は大きな要素だが、中国における反日運動は、チャイナプラスワンの動きを後押ししており、その不安が取り除かれない限り、日本企業は対中投資には慎重にならざるを得ないとの見方を示した。また、RCEPの域内貿易比率が北米自由貿易協定(NAFTA)を上回って上昇しており、事実上の経済統合が進展していると指摘した。すなわち、a.欧州債務危機の影響、b.世界経済全体の景気後退、c.WTOドーハ・ラウンド交渉の停滞、d.地域経済統合イニシアチブ間の競争、e.現実の貿易の相互依存度が高くなっていること、などがアジアの経済統合の動きを後押ししていると総括した。

3番目のパネリスト、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の浦田秀次郎教授は、EU・韓国FTA発効を受け、日本がEUにFTAを求めるといった例にみられる、「FTAのドミノ効果」と「FTAの相乗効果」が表れていると指摘した。また、景気後退の経済状況もFTAの形成を促す効果を持つと指摘した。今後の景気については、欧州や米国をはじめ世界経済は当面危機的な状況を回避しており、もしこのまま推移すれば、東アジア経済も順調に成長するとの見通しを示した。一方、国際政治情勢の悪化が経済にマイナスの影響を及ぼすことは、日中間の尖閣諸島問題で示されており、2012年12月の日中貿易が前年同月比3.2%減、日本からの投資額が32.4%減、日本への中国人観光客が34.2%減などのデータにも表れていると解説した。

最後に報告したアジア太平洋大学調査情報研究所のトマス・G・アキノ所長は、貿易の創出と貿易障壁の排除がFTAの本質的な目的だと指摘した。その上でFTAに貿易創出効果が認められないなど、パフォーマンスが悪いと次に交渉するFTAにマイナスに影響し、逆にFTAのパフォーンマンスが良いと、次にはポジティブに影響すると語った。欧州債務危機は、EU加盟国の国内貿易およびアジア太平洋地域を含む国際貿易に影響を及ぼしたと発言。また、近年の北東アジアにおける国際的な政治的情勢の変化については、日中韓の緊張が続くならば、アジア太平洋の貿易および経済に深刻な悪影響をもたらす可能性があると予想した。こうした問題を考えると、経済が政治の上に立たない限り、貿易の見通しは暗いものになると述べた。

<政経分離の原則の確認を>
その後、質疑応答のセッションでは、モデレーターのシンガポール国際問題研究所(SIIA)のサイモン・テイ所長が、日中間の貿易投資額が減少していることに言及し、両国政府は外交的緊張が国内経済にもたらす影響を認識しているのか、と問い掛けた。ヤン院長は、両国政府は現状が両国の利益になっていないことを認識しており、緊張を緩和させたいと考えていると発言。しかし米国は、中国が攻撃的な要求をしているという間違った認識を持っていると語った。

石毛理事長は、日本政府は経済の深刻さを認識していると述べ、中国における自動車生産は、2012年9月以前の8割程度まで回復しているが、企業の投資は両国間の良好な関係が重要な要素だと指摘した。浦田教授は、経済関係の緊密化に伴い、あらゆるレベルの交流が増えていけば問題は回避できるとし、再発を防止するためには、東アジア各国に多くのコミュニケーションチャンネルをつくり活用すべきと提案した。畠山襄JEF会長は、日中関係に限らず政経分離の原則をあらためて確認すべきだとの考えを示した。

マレーシア国際貿易産業省多角的貿易政策交渉局のジャヤシリ局長は、ヤン院長の指摘のように中国が発展していけば、TPPにとって中国が非常に魅力的かつ必要不可欠な参加国になり得るとの見方を示した。また、将来目標であるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想に中国が含まれる以上、米国はTPPの対象から中国を外すことが可能なのかと疑問を呈した。

ヤン院長は、米国は中国をTPPから排除しようとする意図はないとの見方を示した。むしろ国内政治への対応をそのまま国際政治に持ち出している結果が表れていると述べた。米国は「なぜ中国は基準を満たさないのか」と聞くが、中国側の視点では、「なぜ中国が最初からその基準を作成する際のプロセスに含まれていなかったのか」と考えると付言した。石毛理事長は、中国のTPP参加は米国も最終的には望んでおり、中国にとってもTPPは貿易投資の自由化、国営企業改革などを進める1つの機会を提供すると述べた。

(若松勇)

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