2012年の世界のクロスボーダーM&Aは28.9%減−金融危機からの回復にブレーキ−
国際経済研究課
2013年01月29日
2012年通年の世界のクロスボーダーM&A総額(完了ベース)は、前年比28.9%減の6,897億ドルと3年ぶりに減少した。金融危機からの順調な回復にブレーキがかかった。欧州債務危機の深刻化に伴う世界全体の景気の先行き不透明感などから、先進国企業向けの買収案件が大幅に減少した。
添付ファイル:
資料( B)
<M&A金額は3年ぶりに縮小、2010年並みに>
トムソン・ロイターのデータ(1月18日時点)によると、2012年に完了した世界のクロスボーダーM&A金額は前年比28.9%減の6,897億ドルだった。リーマン・ショック後の回復傾向にブレーキがかかったかたちで、2010年の水準に落ち込んだ(図1参照)。
M&Aは、欧州債務問題の長期化や新興国経済の減速により、2011年第3四半期以降縮小し始め、2012年に入ってからは減速ペースが加速した。世界景気の不透明感が払拭(ふっしょく)できない中で、大型のM&Aには乗り出せない企業経営者の心理が表れている。2012年を通じた10億ドル以上の大型買収も、前年の189件から166件へと、3年ぶりに減少に転じた。
<先進国企業向けが大幅減、新興国企業に対する警戒も>
被買収国・地域別のM&Aで、全体の22.5%を占める米国と、35.7%のEUがいずれも大幅に減少したことにより、世界全体で減少に転じた(表1参照)。前年の2011年には、医薬品やエネルギー関係で大型の案件が相次いだが、2012年には前年ほどの勢いはみられなかった。
米国企業に対するM&Aは23.9%減の1,552億ドルだった。最大の案件は、スイスの食品大手ネスレによる製薬大手ファイザーの栄養補給食品事業の買収(119億ドル)だ(添付資料参照)。ネスレは新興国市場の開拓強化を目指し、売り上げの9割近くを新興国で上げるファイザーの同事業に狙いを定めた。一方、米国では安全保障上の理由から対内M&Aを警戒する動きもあった。米国は2012年9月に、中国企業による風力発電関連企業の買収を阻止する大統領権限を22年ぶりに行使した。中国からの投資案件に対する米国当局の審査件数は増加傾向にあり(2012年10月17日記事、2013年1月22日記事参照)、急増する中国投資に対する懸念が強まっている。
カナダでも、マレーシアの国営石油企業ペトロナスによる、カナダの資源開発企業プログレス・エナジー・リソーシズ買収に対し、2012年10月時点では政府が買収計画を拒否。外国企業が資源を取得することがカナダの国益に反するとの判断によるものだった。ペトロナスは11月に買収の再提案を行い、結局12月に認可を経て買収を完了したものの、カナダ政府は外国の国有企業によるオイルサンドに対する投資を制限する規則を打ち出し、今後エネルギー関連案件について引き締めを行う方針を示している。
EU企業に対するM&Aは約3割減の2,464億ドルだった。被買収額が最大なのは引き続き英国(5.7%増の842億ドル)で、背景には2012年最大の案件となった、エレクトラベル(フランスの公益事業大手GDFスエズのベルギー子会社)による電力大手インターナショナル・パワーの株式取得(129億ドル)がある。エレクトラベルは、2011年2月に完了したインターナショナル・パワーとの一部事業統合と株式取得に引き続き、2012年には残りの未保有株を取得、同社を完全子会社化した。結局2年連続(暦年)で、この英仏エネルギー企業の合併が買収額1位を記録した。
EUでは、英国以外の主要国企業向けM&Aは軒並み2桁減となったものの、その一方でアイルランドの急増(5.1倍の185億ドル)が目立つ。これは、米産業用電気機器イートンが、アイルランドの同業クーパー・インダストリーズを122億ドルで買収した案件が影響している。2012年で2番目に金額が大きいが、実際は米国企業同士の買収案件だ。被買収企業であるクーパーは主要拠点をテキサス州ヒューストンに置いているものの、本社の登記地がアイルランドであることから、対アイルランド案件として計上された。
日本企業向けのM&Aは136億ドル(0.5%減)でほぼ横ばい、件数では17.8%増の126件となった。最大の案件は、中国の政府系投資会社である中国投資(CIC)とシンガポールの政府系物流施設運営会社グローバル・ロジスティック・プロパティーズが、共同で国内の物流施設15ヵ所を買収した案件(16億ドル)。そのほかには、英ペルミラファンド傘下のファンドによる回転寿司チェーン大手あきんどスシローの買収(11億ドル)、米ベインキャピタルのテレビ通販最大手ジュピターショップチャンネルへの資本参加(11億ドル)など、投資会社によるM&Aが金額として大きかった。
<買収側では欧米企業の鈍化が顕著>
買収元の国籍別でみると、全体の5割を占める欧米がともに大きく落ち込んだことが分かる。米国企業によるM&Aは34.5%減の1,393億ドル、EUは45.6%減の2,028億ドルだった。
注目されるのは、スイス企業によるM&A(65.8%増の422億ドル)だ。先述のネスレの案件や、食品取引大手グレンコア・インターナショナルによるカナダの穀物流通企業バイテラの買収(74億ドル)などの大型案件があった。後者の案件の背景には、世界的な需要増を見据えて、食糧の調達先や販売網を確保したいという狙いがある。グレンコアは、米穀物メジャーのガビロンの買収にも関心を示していたが、最終的には日本の丸紅によるガビロン買収が決定した。
東アジアの中では、中国企業によるM&Aが4.3%増の396億ドルだった。中国石油化工(シノペック)によるペトロガル・ブラジルの株式取得(48億ドル)をはじめ、資源関連の投資が中心だった。また、マレーシア企業によるM&Aが前年比2倍増の108億ドルへと急増し、過去2番目の水準を記録した。先述のペトロナスによるカナダのプログレス買収(59億ドル)がマレーシア企業による2012年のM&A総額の過半を占めるなど、こちらも資源関連投資が牽引した。
日本企業による対外M&Aは25.0%減の502億ドルに落ち込んだものの、世界的にみれば、米国、英国、カナダに次ぐ4番目の投資国となり、2011年に引き続き日本としては過去最高ランクを維持した。2012年を通じた円高が企業の海外M&Aの決断に大きな影響を与えた。日本企業による買収は、トータルの金額が減る一方で、M&A件数は478件と過去2番目に多く、小型の案件が増えたことがうかがえる。ダイキン工業のエアコン大手グッドマン・グローバル買収(37億ドル)、東京海上日動火災保険のデルファイ・ファイナンシャル・グループ買収(26億ドル)、大日本住友製薬のボストン・バイオメディカル買収(26億ドル)と、金額上位3件を米国向けが占めたことで、米国企業相手のM&Aは3年連続で増加し、14.0%増の226億ドルとなった。
<資源など一次産業のM&Aに一服感>
業種別では、一次産業(51.5%減の1,049億ドル)が大きく落ち込んだ(表2参照)。資源関連の案件は1件ごとの金額が大きく膨らむケースが多く、2011年には資源価格の高騰もあって、10億ドル以上のメガディールが過去最高の48件を記録していた。2012年にはメガディールの件数が31件まで落ち込み、M&A金額全体を押し下げた。
2005年以降一貫して拡大していた一次産業分野のM&Aが初めてシェアを縮小させた結果、製造業とサービス業のシェアが上昇した。製造業では医薬品や食料品関連企業での再編の動きが続き、サービス業においては2011年に引き続きインフラ関連のM&Aが多かった。
<2013年は若干の上向き期待も動きは緩慢か>
四半期ごとのM&Aの動きをみると、金額は2012年第1四半期に底を打ち、年後半にかけて徐々に増加している(図2参照)。M&Aは例年、年の後半にかけて金額が膨らむ特徴があるが、完了ベースのM&Aの先行指標ともいうべき発表ベースの動向をみても、金額・件数ともに第4四半期にかけて増える兆しがみられた。企業の豊富な手元資金に後押しされ、2013年春ごろには本格的な増加基調に転ずるとみる専門家もいる。
一方で、IMFは1月23日に発表した経済見通しで、世界の実質経済成長率を前回見通し(3.6%)から3.5%へと下方修正した。財政政策の行方が懸念される米国を中心に、依然として先進国の回復力が弱いことがその背景にある。
また、プライスウォーターハウスクーパースが1月22日に発表した意識調査によると、世界の企業の最高経営責任者(CEO)が今後1年の業績に「強い自信がある」と回答した割合は、前年の40%から36%へと下落し、2年連続で悪化した。特に西欧の経営者は、その他地域と比べて悲観的な見方を示した。同社によると、経営者の多くは、経済回復の見通しが立つまでは大型の投資を行わず、慎重な経営を行う傾向にあるという。
世界のクロスボーダーM&Aにおいては、新興国案件も増えつつあるとはいえ、まだ先進国企業が主体だ。先進国経済の見通しや経営者の見方を前提にすれば、今後しばらくは急速な増加は見込めず、緩やかな動きが続くと考えられる。
(注1)文中の買収金額は同データを億ドル単位で四捨五入した。金額は、買収対象企業の負債引受額も含むため、各社が発表する買収金額と必ずしも一致しない。
(注2)国連貿易開発会議(UNCTAD)は1月23日、2012年の世界の対内直接投資額(実績見込み)が前年比18.3%減の1兆3,107億ドルとなり、2009年水準まで落ち込んだと発表した。UNCTADの分析は、M&Aに加えてグリーンフィールド投資や再投資収益などを含むとともに、数字はネットベースで公表されている。
(吾郷伊都子)
(世界)
ビジネス短信 5105fb979cfb8