プラス成長続けるドイツ、外需頼みのイタリア−欧州債務危機セミナー(2)−

(イタリア、ドイツ)

欧州ロシアCIS課

2013年01月18日

「欧州債務危機セミナー」の連載後編はドイツとイタリアの講演内容を報告する。対策を主導しているドイツと欧州債務危機の「震源地」の1つともいえるイタリアにおいて、欧州債務危機がそれぞれどのような影響を与えているのか。経済概況とともに両国の事務所長が講演した。

<ユーロ圏外への輸出がドイツ経済を牽引>
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所の植田大所長は、「欧州債務危機の状況と経済への影響−危機の中に芽吹くビジネスチャンス−」と題して、ドイツ経済の概況と欧州債務危機の影響について講演した。概要は以下のとおり。

ドイツ連邦経済省によると、2011年の実質GDP成長率は欧州債務危機下にあるにもかかわらず3.0%と好調で、2012年は欧州債務危機の影響を少し受けて0.8%に減速するが、2013年は回復基調になり1.0%を予測している。

ドイツ経済を支えているのは、辛うじて成長が保たれている個人消費と比較的堅調な輸出だ。2012年の個人消費は前年比1.0%増、輸出も4.1%増と好調。一方で、総固定資本形成は1.5%減と企業の設備投資が減っていることがうかがえる。

四半期ごとにみると、大きく落ち込んでいるのは総固定資本形成で、個人消費も2012年第3四半期に入ると前年同期比でマイナス成長になっている。この2つの落ち込みをカバーしているのが輸出で、減速しているものの4.0%増とプラス成長を維持している。

輸出に注目すると、2012年上半期の輸出は5,505億ユーロ、前年同期比で4.8%増と高い伸びを示している。ドイツ経済は全体の約半分を輸出が占め、輸出依存度が極めて高く、輸出の伸びがGDP成長率に大きく影響する。輸出のうち約6割がEU向けで、約4割を占めるユーロ圏向けが1.2%減となっている。この落ち込みをユーロ圏外への輸出拡大でカバーしているのがドイツ経済の実態だ。米国向けが18.6%増、中国向けが8.6%増、日本向けも20.0%増と高い伸びを示している。最近、中国は日本を抜いてドイツにとって最大の輸出先になった。中国に対するドイツの関心は高く、中国をはじめとする新興国向けの輸出をどう拡大するかが今後の経済成長にとってかなり重要だ。

産業別では、自動車が依然としてドイツ経済にとって重要な産業で、約70万人の雇用を創出している。2011年はドイツ自動車産業にとって記録更新の年であり、米国、中国向けの輸出が高い伸びを示した。しかし、2012年第2四半期に入ると生産台数が落ち始めた。ドイツ自動車工業会は、2012年の生産台数を約540万台、輸出台数を約410万台と予測。2012年の西欧市場向けの自動車輸出は前年比約9%減と見込んでいる。一方、北米市場は約5%増、中国市場は約6%増と予測。西欧自動車市場の減速を他の地域でどのくらいカバーできるかが課題だ。企業によっても明暗が分かれており、アウディ、ダイムラー、BMWはブランド力が強く堅調だが、オペルなど大衆車を造っている企業は苦戦を強いられている。また、ドイツ国内では、韓国自動車メーカーの販売台数の伸びが著しい。2011年には、現代自動車が前年比17%増、起亜自動車は15%増と売上高を伸ばしている。

<欧州債務危機下でも強いドイツ企業>
欧州債務危機下にあっても、プラス成長を続けるドイツ経済。その強さとして、ドイツ製品の品質の良さ、長年培ってきたブランド力、欧州債務危機によるユーロ安などによる輸出好調が要因として考えられるが、ドイツがシュレーダー政権以降、着々と取り組んできた構造改革が功を奏しているのではないかとみる。ドイツは労働市場改革により、労働コストの伸びを抑えてきた。具体的には、失業手当の引き下げや給付期間の短縮、解雇要件や社会保障加入条件の緩和などが挙げられる。企業側も大手企業を中心に、単位時間当たりの労働賃金の引き下げや操業時間の短縮に取り組んでいる。労働時間を柔軟にしたことで労働市場の弾力性が生まれ、大量の失業者が生じない労働市場が形成された。これらの労働市場改革が功を奏してドイツの労働賃金の伸びは低く抑えられ、失業率も他国に比べて継続的に下がっている。

さらに、ドイツ経済の好調の要因として、競争力を備えた中小企業の存在がある。ドイツは全企業の99%が中小企業で、中小企業がドイツの雇用の約6割、生産高の約5割を占めている。ドイツ中小企業の特徴として、家族経営、こだわりを持って優れたモノづくりを行っていることにある。コスト競争に巻き込まれるような下請けはやらず、特定分野に特化し高付加価値な製品を作る企業が多い。また、グローバルに事業を展開している企業、ニッチ市場で高い世界シェアを獲得している企業も多い。

また、ドイツには独特な職業訓練制度が存在し、学生の時から訓練生として、週のうち数日を企業で働き経験を積む。このようにしてドイツでは若年層の職業訓練の機会が設けられており、このことがドイツの若年層の失業率を抑える効果を持っている。

輸出の約4割がユーロ圏向けであるドイツにとって、欧州経済の安定は死活問題。メルケル政権は2013年秋の選挙を控えているため、欧州債務危機支援策については慎重に進めているのが現状。野党はメルケル政権の慎重な態度を批判しているが、依然としてメルケル首相への国内世論の支持は高い。

<再生可能エネルギーの普及に伴い表面化する問題>
2011年6月、ドイツ政府は22年までに全ての原子力発電所を停止すると閣議決定した(2011年6月17日記事参照)。また、2010年のエネルギー大綱で、電力供給に占める再生可能エネルギー(RE)の割合を、10年の17%から20年には35%に拡大することを目標としている。現時点でドイツの電力供給の24%がREで賄われており、そのうち風力発電の割合が最も大きい。RE分野は着実な成長分野であり、RE関連での雇用者数も増えている。ドイツ国内においてREの普及は急速に進んでいるが、それにより電力料金の高騰などさまざまな問題も起きている。家庭用電力料金は2000年と比較して85%も高騰している。また、RE関連施設が集中している北部と経済活動が活発な西部や南部を結ぶ送電網構築プロジェクトも滞っている。北部にある洋上風力発電の建設も送電網がないために進んでいない。送電網予定地の周辺住民らの反対運動が強く、最大の課題となっているためだ。電力安定化のためには、不安定な電力供給源であるREを補完する旧来型の発電所が必要だが、REがあまりにも急速に普及しすぎたために旧来型の発電所の稼働率が下がり、老朽化した際に旧来型の発電所が造られない恐れもあり、今後、旧来型発電所の不足が懸念される。

在ドイツ日本企業は1,400社ほどで、西部と南部に集中し、デュッセルドルフ周辺が最大の集積地だ。ユーロ安の中、日本企業によるドイツ企業のM&A案件が増加した。欧州販売網の確保、生産拠点の確保、ドイツ企業の技術獲得を目的としている。日本企業だけではなく、中国企業によるM&Aも増えている。大きなM&Aとしては、コンクリートポンプ車製造大手のプツマイスターを中国建設機械製造最大手の三一重工が買収した案件がある。

高い性能のものを高く売るため、また、新しい製品を生み出すためのパートナーを見つけるため、ドイツの見本市に参加する日本の中小企業が増えている。

<個人消費の落ち込みが大きいイタリア経済>
イタリアでの欧州債務危機の影響については、ジェトロ・ミラノ事務所の温井邦彦所長が、「危機打開に挑む伊テクノクラート政権〜緊縮財政の中で成長と規制緩和を調和」と題して講演した。概要は以下のとおり。

イタリアは当面の危機を脱したにもかかわらず、モンティ首相の辞表提出を受けて、混乱に陥っている。2011年11月に就任したモンティ首相は、政治家主導ではない実務家主導の内閣を組閣し、厳しい緊縮財政をイタリアに強いてきた。歳出削減、年金制度改革、行政コストの削減に取り組み、これまで固定資産税がかからなかった住宅・アパートへの課税や地方所得税の増税も行った。また、政府は海外に保有している別荘や船舶、大型車にも課税した。

2012年の第2四半期の実質GDP成長率は前期比マイナス0.8%となり、2011年第3四半期以降、4期連続のマイナス成長。特に個人消費の落ち込みはひどく、2012年の第2四半期は1.0%減となり、2011年第2四半期以降5期連続のマイナス成長となった。輸出も2012年第2四半期は0.1%増と2012年第1四半期の0.8%減からプラスに転じたものの、依然として回復基調にはない。小売売上高指数は、2012年上半期は大きく落ち込み、特に食料品以外の落ち込みが顕著だ。消費者は安いものを買い求め、バーゲンやディスカウントショップに通うようになっている。

<労働市場に安価な労働者が流入>
イタリアの失業率は欧州の中で高く、2012年第1四半期に10.9%を記録し10%を突破した。一方で、イタリアの人口は2012年に入り6,000万人を超えている。人口増加の最大要因は、周辺地域からの安価な労働者の流入だ。一般に、ルーマニア100万人、アルバニア48万人、ウクライナ20万人、中国20万人、フィリピン13万人など周辺地域やアジアからの安価な労働者が、イタリア人が就業しないような労働集約的な業務に従事しているとされる。高い失業率が大きな問題となっているものの、イタリア労働市場は外国人労働者の存在を前提にしている実態もある。

ユーロ導入前までイタリア経済は輸出を稼ぎ頭としていたが、労働生産性が低く製造業も成熟していない状況でユーロを導入したため、通貨(リラ)安による競争力という武器がなくなり、輸出競争力を大きく失った。それでも、国内消費の落ち込みが顕著なため、唯一期待できるのが輸出という構造になっている。

イタリアの産業構造の特徴として、家族経営の中小企業が多いことがある。中小企業の中でも、ニッチ市場で成功している企業と、そうでない企業が存在している。

圧力鍋製造のラゴスティーナは、イタリア生産から中国生産に変えて低価格商品の生産に取り組んでいる。このように高価格商品だけではなく、低価格商品も製造しなければ生き残れない時代となっている。たとえイタリアのブランド力があっても、低価格ラインの開発など新たに策を講じなければならない、厳しい状況になっている。

その他のイタリア産業の特徴として、機械・金属製品や、ファッション・アパレル関連、医薬品製造に強みがあり、これらの分野が輸出を牽引するぐらい成長する必要がある。一方で、自動車業界の落ち込みは著しく、新車登録台数の激減は注目すべき点だ。イタリアの政界と財界に強い影響を持つフィアットは、イタリア経団連から脱退し、クライスラーを買収するなどイタリア市場より北米やメキシコ、ブラジルなどの新興国市場の開拓を積極的に行っている。

<欧州以外の新興国市場にも進出意欲>
イタリア経済は、EU向けが輸出全体の50%以上を占めているものの、欧州債務危機で低迷しているEUのみならず、国際化をより一層進め、トルコ、インド、ブラジルなど欧州以外の新興国市場にも積極的に進出しようとしている。

日本との貿易では医薬品が多い。医薬品分野でのイタリア企業の製造技術レベルは高いため、イタリアで委託生産し、日本に輸入する形態を取っている日本企業も存在する。

イタリアに進出している日本企業は、販売拠点としての現地法人が多いため、ローカル化が進んでいる。最近では、日本企業を含む外国企業による大型M&A案件が増加。イタリアは欧州の中で大国であり、徐々にイタリア市場を見直し、進出する日本企業の数も増加すると期待している。

(廣田純子)

(ドイツ・イタリア)

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