労働市場改革の今後の運用を注視−欧州各国の雇用政策の最新動向(10)−
ミラノ事務所
2012年12月03日
イタリアの雇用環境は、年金受給年齢の引き上げや若年失業率の上昇など厳しい状況にあり、特に若年層の雇用対策が急務となっている。政府は欧州債務危機下の改革として、以前から硬直的だと批判を浴びてきた労働市場の改革に着手し、2012年7月に労働市場改革に関する法律を施行した。労働契約制度や失業保険制度の見直し、不当解雇の際の労働者保護などを通じて労働市場の柔軟化を図りつつ解雇を抑制することを試みているが、その実効性を疑問視する声もあり、今後の運用が注目される。
<失業率は10%を突破、過去最高を更新中>
2008年のリーマン・ショック以降、上昇を続けた失業率は2010年第2四半期に8.6%(季節調整済み)に達し、その後いったん下落傾向をたどった(図参照)。しかし、欧州債務危機の影響を受けて失業率は再び上昇し、2012年第1四半期には10.1%を記録して10%の大台を突破、さらに上昇傾向にある。
マリオ・モンティ政権は2011年12月に、財政再建を確固たるものとするため、追加の財政緊縮措置を実施した。その中には、年金受給年齢の引き上げも含まれている。女性の受給年齢を引き上げ、2018年には男女ともに66歳、また2021年以降には67歳以上に引き上げられることが決定し、2012年から段階的に引き上げ措置が取られている。そのため、労働供給量が増加し、それが失業率を上昇させる一因ともなっている。
特に15〜24歳の若年層の失業率は、1990年代後半も29%前後で推移し高水準だったが、2000年以降は低下傾向にあった。しかし、リーマン・ショック後に上昇し、2012年第2四半期には34.5%に達した。1993年以来の最高記録を更新し続けており、若年層の雇用対策が急務となっている。
社会保険機構(INPS)によると、通常給与補償金庫〔CIGOと呼ばれ、主に工業部門労働者に対する一時帰休などの際の給与補填(ほてん)制度〕の利用時間数も増加傾向にある。2012年1〜10月の利用時間が、工業部門労働者で前年同期比45.7%増、事務員で68.8%増といずれの職種も増加しており、これら失業者にカウントされない人を含めると、失業率で感じられる以上に雇用情勢は悪化しているといえる。
政府は、2012年の失業率を10.8%、2013年と2014年は11%台と予測しており、雇用環境は好転しない状況が続きそうだ。
<急がれる若年層の雇用促進、対策打ち出す>
若年層の雇用対策について政府は、企業への優遇措置や起業の簡素化によって雇用を促す政策を打ち出している。
イタリアでは、若年層に専門資格や能力を習得させるため、正社員としての雇用契約前に見習い労働契約を結び、同契約終了後に正社員契約を結ぶ場合がある。そうした見習い労働契約に関して、2012年1月から2016年末までの間、3年間の社会保険料雇用主負担分が免除される(ただし、従業員9人以下の事業所のみ)。
また、2011年12月に施行された財政緊縮措置では、景気対策の意味も兼ねて、35歳未満の労働者の州事業税(IRAP)の所得控除額の引き上げを導入した。IRAPは企業が事業活動で生み出した付加価値を課税標準とした地方税だ。35歳未満の従業員1人当たりの人件費の控除額を以前の年間4,600ユーロから1万600ユーロに引き上げるなど、企業への優遇措置を通じて若年層の雇用を促している。
また起業の簡素化については、2012年3月に施行された競争・インフラ整備・競争力のための措置の中で、35歳未満の世代による起業を容易にするため、資本金1ユーロで設立可能な簡易有限会社(Srl semplificata)の導入が決定された。決定内容はその後、民法にも規定され、2012年8月から施行されている。簡易有限会社は35歳未満の個人によって設立が可能で、企業や組合のような法人は設立することはできない。35歳未満の要件を満たさない株主に株式を譲渡することも禁止されている。また、資本金も最低1ユーロから1万ユーロ未満で設立することができ、少ない資金での起業が可能となった。
<解雇の柔軟性実現は裁判所の運用次第>
年金受給年齢の引き上げや若年層雇用の促進だけでなく、硬直的だと長年批判の的となってきた労働市場についても、モンティ政権は改革に着手している。2011年3月には労働市場改革案を策定し、議会や労働組合などとの議論の末、労働市場改革に関する法律を制定した。
同法は議会審議の中で、効率的かつ公正な失業時の所得補償や関連政策の整備、安定した労働関係の構築など、労働市場のさまざまな側面が議論の的となった。そのため新たな法律では、経済成長を最大の目的として、不当解雇時の労働者保護、労働市場の柔軟性強化のほか、失業保険制度、労働契約制度などに対して主要な措置が講じられている。
労働市場を硬直化する要因として争点となっていた労働者憲章第18条についても修正がなされた。以前の制度では、経済的理由(経営悪化によるリストラなど)による従業員の解雇に際し、正当な理由がないと判断された場合、当該従業員は損害賠償(給与の5ヵ月分を下回らない金額)の支払いを受け、かつ職場に復帰できる権利を持つと規定されていた(1事業において従業員15人を超える、もしくは全国規模でみた場合に60人を超える従業員を雇用する事業者が対象)。
しかし、今回の改革では不当解雇と見なされた場合の措置が修正および多様化され、不当の度合いに応じた措置が取られるようになる。つまり、経済的理由によって従業員を解雇する場合、裁判官が正当な経済的理由がないと判断した場合でも、裁判所は最低12ヵ月、最大24ヵ月分の補償金の支払いを雇用主に義務付けるが、被雇用者に職場復帰できる権利は生じないと判断される場合もあり得る。
ただし、解雇する経済的理由の根拠がないと裁判官が判断した場合、当該従業員は最大12ヵ月分の損害賠償金と社会保険料の支払い、かつ職場復帰する権利を持つとの規定がある。また差別的解雇の場合を除き、同第18条の対象となる企業規模の範囲も従来と変わらず、1970年の制定後約40年ぶりに改定された同18条も、裁判官の判断次第では従来制度と同様の運用がなされる場合もある。
失業保険の充実によって解雇をめぐる労使間の係争を避け、より幅広い人が失業保険を受給できるようにするため、2013年1月から新しく雇用社会保険(ASPI)が導入された。現状の失業保険は2017年にASPIに完全移行することになった。ASPIは無期契約の公務員や自主退職者を除き、原則として従属労働関係を持つ全ての被雇用者に適用され、今まで失業保険の対象外となっていた見習い労働契約者や芸術家などにも適用範囲が拡大される。
<各種の採用、雇用契約の乱用は防止>
一方、採用については1990年代以降、雇用形態の多様化により、柔軟に人材を雇用することが推進されてきたが、経済低迷の影響で特に若年層が不安定な雇用形態で就業せざるを得ない状況が続いており、その改善が求められている。
新たな労働市場改革に関する法律では、見習い労働契約をより安定性のあるものとし、同契約の労働者数を増加させる方針で見直された。例えば、最短の契約期間を6ヵ月間とすることが新たに導入された。また、雇用主が雇用できる見習い労働者は、専門・熟練労働者の数を超えてはならないとされていたが、全体で10人以上の従業員がいる場合は、専門・熟練労働者数と見習い労働者数の割合は2対3まで可能となった。さらには、新規の見習い労働者を雇用する際、全体の従業員数が10人以上の事業所については、過去36ヵ月にさかのぼり、見習い労働者の少なくとも半数を見習い契約終了後にも継続して雇用していることが必要となった(同法律施行開始から36ヵ月間は、その割合が30%以上でもよいとされている)。
有期労働契約については、初めての契約でかつ雇用契約期間が12ヵ月を超えない場合、無期契約をしない理由を契約書に明記する必要はなくなった。改革前は、雇用者は無期契約を締結しない理由を契約書に盛り込む必要があり、有期契約をしにくかったため、雇用者にとっては改善されたといえる。ただし、理由を明記せずに既述の有期労働契約を締結した場合、同契約は延長できないことになっている。
また、無期雇用としない理由を明記して有期労働契約を行った場合も、契約期間は最大36ヵ月を超えてはならないことが盛り込まれ、1人の労働者が有期労働契約を繰り返して締結し、同じ職場で同様の仕事に従事し続けることを避けることが意図されている。
新たな労働市場改革に関する法律は、2012年7月18日から既に施行されており、同法内で規定された各条項の開始時期に合わせて運用がなされている。しかし、規定の内容が曖昧な部分もあり、実際の効果は不透明だという声も出ている。今後の運用状況を注視していく必要がある。
(三宅悠有)
(イタリア)
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