法定退職年齢を2013年から段階的に引き上げ−欧州各国の雇用政策の最新動向(12)−
ワルシャワ事務所
2012年12月05日
法定退職年齢が2013年1月1日から段階的に引き上げられ、男女ともに将来は67歳になる。労働人口の減少と、年金支給額の増加による年金財政の悪化に歯止めをかけることが目的だ。トゥスク首相は「20年後、30年後を見据えた上で必要な改革」と理解を求めるが、野党や労働組合、世論の反発は強い。
<年金制度維持のため>
政府は2012年の実質GDP成長率を2.5%と予測しており、他のEU加盟国と比べると堅調な経済成長が続く見込みだ。しかし足元の経済は減速傾向にあり、雇用環境は改善がみられない上、財政赤字のGDP比は3.5%と従来予測(2.9%)から悪化する見通しだ。政府は労働市場の活性化と財政改善のため、年金制度改革を重要課題として取り組んでいる。年金制度改正法は2012年6月6日に公布され、同法が発効する2013年1月1日から、年金受給資格を得る法定退職年齢(現在は男性65歳、女性60歳)が段階的に引き上げられる(表参照)。移行期間を経て、男性は2020年、女性は2040年に法定退職年齢が67歳になる。
また、同法は老齢基礎年金額の50%を退職年齢前に繰り上げて受給できる制度を新設した。男性の場合、年金制度に40年以上加入していて65歳以上であること、女性の場合は35年以上加入していて62歳以上であることが繰り上げ受給の条件だ。繰り上げ受給を選択した場合、法定退職年齢になってからの受給額は基礎年金額から減額される。
トゥスク首相は今回の法改正について、「20年後、30年後も年金制度を維持するために必要な措置」と理解を求めている。政府は、少子高齢化が進むポーランドでは2042年に50歳以上の世代が人口の過半数を占めると推測している。年金受給者1人を支える現役世代の人数は4.1人(2010年)から2.0人(2040年)になる。2010年時点のポーランドの労働力人口は2,600万人だが、2040年には2,110万人と490万人減少する見込みだ。トゥスク首相は「法定退職年齢を引き上げることにより、労働人口の急激な減少と年金受給対象者の増加を抑制し、財政悪化に歯止めをかけることが必要」と強調する。政府によると、制度改正により2040年の労働力人口は2,360万人となり、減少幅を250万人抑えることができる。
年金財政への影響も大きい。ロストフスキ財務相は、2011年12月に欧州委のオッリ・レーン副委員長(経済・通貨問題担当)宛てに提出した文書で、制度改正により2013年に2億ズロチ(1ズロチ=約25円)、2014年に19億ズロチ、2015年には38億ズロチの支出を抑制できるとしている。産業界も制度改正を歓迎しており、民間経営者連盟(レビアタン)は「労働力人口の減少を抑えるために必要な措置であり、強く支持する」との声明を発表している。
<野党や労組は反発、世論も否定的>
野党「法と正義(PiS)」は今回の制度改正を「十分に議論をせず性急に進めている」と批判しているほか、労働組合も反対姿勢を強めている。独立自主管理労組「連帯」は2012年2月、年金制度改革の是非を問う国民投票の実施を求めて国民投票法が定める50万人を大きく上回る140万人の署名を下院に提出したものの、下院では与党などの反対多数により否決され、国民投票の実施は見送られた。8月には、今回の引き上げ措置がILOの「社会保障の最低基準に関する条約」(ポーランドは2003年に批准)の規定に反しており、違憲だとして憲法裁判所に提訴する意向を示していた。
世論の反応もおおむね否定的だ。民間調査会社が実施した世論調査では、制度改正を望まないとの回答は71%に上っている。与党「市民プラットフォーム(PO)」の支持率は37%(2012年1月)から27%(2012年10月)にまで落ち込み、PiSの支持率(28%)を下回った。制度改正に対する国民の理解を得るためには「政府は正確な情報を分かりやすく伝える努力が必要」との声もある。しかし、年金制度改正に関する政府広報のウェブサイトで、法定退職年齢は「2013年以降、4ヵ月ごとに1ヵ月引き上げられる」と誤った情報が掲載されるなど、改善の余地が大きいのが実情だ。
(志牟田剛)
(ポーランド)
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