規制緩和を進め「欧州で最も柔軟な労働市場」目指す−欧州各国の雇用政策の最新動向(4)−

(英国)

ロンドン事務所

2012年11月22日

2010年5月に労働党から政権を引き継いだ保守党・自由民主党連立政権は、それまでの政府主導の高福祉構造から方向転換し、民間主導の経済成長と雇用増を目指している。成長戦略では「欧州で最も柔軟な労働市場と優秀な人材の創出」という目標を掲げる。不公正解雇請求権付与のための継続勤務期間の延長や、一部の労働条件変更要求権の放棄などと引き換えにキャピタルゲイン税が非課税となる持ち株付与を認める雇用契約形態の導入の検討など、企業の成長を後押しするための規制緩和を進めている。

<リーマン・ショックから続く厳しい雇用情勢>
直近の雇用統計によると、2012年8月の失業者数は253万人、失業率(ILOベース)は7.9%で、11年6月以来13ヵ月ぶりに8%を下回った。しかしその内訳をみると、12ヵ月を超えて失業している人の割合が11年6月の49.4%から53.0%へと拡大している。さらに就業者に占める非正規雇用者の割合が27.5%で、1992年の統計開始以来最大となった。また非正規雇用者のうち、希望しながら正規雇用に就けない人の割合は21.5%で、リーマン・ショック直前で最も低い水準だった2008年5月の11.7%の約2倍に達するなど、厳しい雇用情勢が続いている。

雇用制度の考え方の根底には「公平性(Fairness)」がある。差別に対しては無制限の賠償が生じる一方で、企業は特定の事業継続が困難であることを合理的に説明できれば、当該事業において余剰人員整理解雇(Redundancy)手続きを取ることが可能だ。また2011年10月には、12週間を超えて継続的に派遣される派遣労働者に、同じ職場で同等の仕事をしている直接雇用者と同等の扱いを受ける権利を付与する派遣労働者規則が発効した。さらに同月からは定年退職制の廃止(2010年平等法に基づく年齢差別の禁止)が効力を生じている。

<公平性の重視で労使紛争のリスクも>
他方、公平性を重視するがゆえに労使紛争に発展するリスクも潜在する。2011年4月〜12年3月の労働訴訟受理件数は6万4,400件で、労使紛争のあっせん・調停などを行う独立機関である助言あっせん仲裁局(ACAS)によるあっせん受理件数は7万2,075件だった。

長引く不況と緊縮財政により雇用環境の悪化が続く中、自己都合で退職しながら、辞職は雇用主の責任に帰する不公正解雇だったと事後に訴えるケースが出てきている。この「みなし解雇(Constructive dismissal)」は、本人に対する同僚の嫌がらせを放置していたような場合も雇用主に責任が生じる。また担当顧客など第三者による差別行為について雇用主による解決の努力が求められ、差別を放置していたと判断された場合には、賠償額が無制限となるので注意が必要だ。

訴訟に不慣れな日系企業に対して、示談金を引き上げるために、さまざまな事象を捉えて差別があったと主張することがある。日ごろからの備えと問題発覚時の迅速な対応が求められよう。

<政府は徹底した雇用法見直しをコミット>
民間主導の経済成長と雇用の増大を目指す現連立政権は、2012年4月6日以降に採用された従業員に対する不公正解雇請求権付与のための継続勤務期間を1年から2年へ延長した。また企業による費用負担抑制のための雇用審判の簡素化、労働者による乱用防止のために訴訟費用の最高額を1万ポンド(1ポンド=約130円)から2万ポンドへと拡大。さらには原告に勝訴の見込みが低いと判断される場合の訴訟継続のための予納金の最高額を500ポンドから1,000ポンドへと拡大した。一方で、差別以外の不公正解雇に対する最高賠償額を6万8,400ポンドから7万2,300ポンドへと引き上げている。

ケーブル・ビジネス・イノベーション職業技能相は9月14日、特に小規模事業者の従業員退職に配慮した雇用規制改革案を次のとおり発表した。

○公平で双方合意可能な退職・解雇制度についての意見公募開始。ACASによる新たな実施要綱(a code of practice)の策定。
○不公正解雇に対する最高賠償額の減額可能性の検討。
○原告の勝訴見込みが低い雇用審判所への訴訟を棄却できるようにする。
○合併や事業譲渡時に、より条件が良い企業の処遇が適用される事業譲渡(雇用保護)規則(TUPE regulations)改正に関する意見公募の実施。
○小規模事業者向けの懲戒および苦情申し立てに関するACAS実施要綱の改正提案。

また、意見公募の結果、検討を進めていた10人以下の零細企業への無条件解雇権の導入を見送ることを決定した。

2012年7月更新の最新のOECD雇用保護指数によると、英国はカナダとともに米国に次ぐ自由で柔軟な労働市場となっている。世界経済フォーラムが12年9月に発表した国際競争力ランキング2012−2013でも、英国のランキングを前年の10位から8位に引き上げた主な理由として、労働市場の柔軟性を挙げている。

オズボーン財務相は10月8日、柔軟な労働市場の創出を目的とした新たな雇用契約形態「従業員オーナー(Employee−Owner)」の草案を発表した。草案では、不公正解雇賠償請求権(差別など除く)、余剰人員整理解雇手当、勤務時間変更や研修休暇などの労働条件変更の要求権放棄のほか、産休明けの復職日の事前通知期間を8週間前から16週間前に前倒しすることが求められるが、これらと引き換えにキャピタルゲイン税が2,000〜5万ポンドの範囲で非課税となる持ち株の付与が認められる。今後、意見公募を経て、2013年4月以降の新規雇用契約からの導入を目指す。

今後も政府は、雇用を硬直化させ、本来あるべきでないインセンティブを生み出し、企業リスクと管理コストを増大させている無用かつ複雑な規制を撤廃するため、企業ニーズに応じて雇用法を徹底的に見直すことを約束するとしている。

(村上久)

(英国)

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