大統領令で医薬特許の政府実施へ−欧米企業のエイズ特許薬など−

(インドネシア)

バンコク事務所

2012年11月13日

インドネシア政府は9月3日、HIV/エイズおよびB型肝炎対策として、特許権が有効な抗ウイルス剤および抗レトロウイルス剤へのアクセスを容易にする政策を継続・拡充する大統領令を発した。これにより、HIV/エイズおよびB型肝炎に対する7種類の薬剤について、健康省がそれらを製造する製薬企業を指名することになる。現在のところ、指名に関する発表はないものの、注意深く見守る必要がある。

<感染拡大防ぐ政策を拡充>
インドネシアは世界4位の人口を擁し、国内に多くのHIV/エイズやB型肝炎の患者を抱えている。しかし、国民の所得水準は低く、特許権が有効な最新の医薬品に多くの国民は手が届かない。そのため9月3日、政府は、HIV/エイズおよびB型肝炎の感染拡大を防ぐため、特許権が有効な抗ウイルス剤および抗レトロウイルス剤へのアクセスを容易にする政策を継続・拡充する大統領令を発した。

過去にも2回、2004年の大統領令第83号および2007年の大統領令第6号において、HIV/エイズに対する抗レトロウイルス剤に関する特許薬品の政府使用を決定しているが、それらでは不十分だとして、新たに6種類の医薬品の政府使用を決定した。

今回の大統領令によると、2007年に政府使用となったメルク(Merck)のEfavirenzのほか、グラクソ(Glaxo)グループのAbacavir、ブリストル・マイヤーズスクイブ(Bristol−Myers Squibb)のDidanosin、アボット・ラボラトリーズ(Abbott Laboratories)のCombination Lopinavir and Ritonavir、ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)のTenofovir、Combination of Tenofovir and EmtrisitabinおよびCombination of Tenofovir、 Emtrisitabin and Evafirenzが対象に加わった。いずれの薬品も特許期間が満了するまで政府使用の対象となる。また、特許権者である上記企業は、政府使用を受けて製造販売された医薬品について、販売価格の0.5%に当たる補償を受けるとしている。

今後、健康省はそれらを製造する製薬企業を指名することになる。

特許医薬品の政府使用や強制実施については、インドネシアのほか、東南アジアにおいてはタイやマレーシアに発動実績があり、最近では、2012年3月のインドにおける強制実施権の発動などが衆目を集めている。特許制度の南北問題においても、医薬品は常にその標的となる。

<研究開発投資の意欲減退を危惧>
日本製薬工業協会の藤井光夫・知的財産部長は、今回の発令について次のように述べている。

「WTO加盟国は、一定の条件の下で人々の生命・健康を守るため緊急避難的に強制実施権を発動する権利を有している。しかし、医薬品アクセスは製薬業界が貢献し得る多面的な課題を内包しており、強制実施権の発動のみが解決策ではない。今後、さらに対象となる医薬品が拡大されることおよび合理性・透明性を欠く強制実施権の発動により、インドネシア医薬品市場へ新薬の適切な研究開発投資が行われなくなることを危惧している」

また、インドネシアの知財制度整備の支援に当たっているインドネシア知的財産権総局(ジャカルタ)の長橋良浩・国際協力機構(JICA)専門家は次のように述べている。

「インドネシア特許法第74条の規定によると、強制実施権は『総局の決定により与えられる』と規定されている。本大統領令の発令に関し、総局の法制に詳しい審査官に確認したところ、強制実施権は、関係各省協議の上、公共の福祉の観点から極めて重要なもので主に国営企業にのみ与えられるとの回答。考えすぎかも知れないが、特許権者がインドネシアで実施していれば強制実施権の発動は規定上あり得ないはずなので、製造工場の誘致策も潜んでいるのではないか」

現在のところ、健康省が製薬企業を指名した旨の発表はないものの、今後の動向を注意深く見守る必要がある。

(大熊靖夫/アジア知的財産担当)

(インドネシア)

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