戦略立案には多角的、多面的に捉えることが必要−「中国経済の実像とゆくえ」セミナー(2)−

(中国)

中国北アジア課

2012年08月23日

「中国経済の実像とゆくえ」のセミナーでは、「低炭素社会に向けた中国の総合エネルギー政策の動向」と「中国における外資政策」の2つのテーマについて報告があり、前半の基調講演の内容も踏まえつつ議論された。連載後編。

パネルディスカッションでは、前半の基調講演の講演者である津上工作室の津上俊哉代表、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之研究主幹の2人に加え、長岡技術科学大学の李志東教授、日本総合研究所調査部の佐野淳也主任研究員の計4人のパネリストで、議論が展開された。

まず、モデレーターのジェトロ海外調査部中国北アジア課の真家陽一課長から、「日本企業が中国ビジネス戦略を立案する上では、いかに多角的、多面的に情報を収集し、バイアスをかけずに評価していくかが重要となる」との問題提起があった。

これを受け、李教授から「低炭素社会に向けた中国の総合エネルギー政策」について、佐野主任研究員から「中国における外資政策」について、それぞれ報告があった。概要は以下のとおり。

<政府主導で低炭素社会の構築を推進>
○長岡技術科学大学李志東教授
中国では、政府と議会が結束して低炭素社会の実現を目指している。従来の化石エネルギー依存型の社会において、エネルギー安全保障や環境汚染、地球温暖化などさまざまな問題が顕在化する中、低炭素社会の実現が持続可能な経済発展のために必要不可欠だと認識できたからである。

また、世界は既に低炭素競争の時代に突入しているとの認識の下、中国が世界に先駆けて低炭素社会を実現することで、先導者の実利を獲得するといった狙いも持っている。

中国の取り組みは、国内取り組みと国際交渉に大別される。うち、国内取り組みでは、低炭素対策とエネルギー安全保障対策と同時に、低炭素型の技術開発と産業育成を進める。中国を「市場(需要)大国」から低炭素型「産業(技術)強国」へと変貌させることを目指している。

具体的な数値目標も掲げられている。例えば、中国は2010年1月、二酸化炭素(CO2)のGDP原単位を2020年までに2005年比40〜45%削減するなどの「自主行動目標」を国連に提出した。また、第12次5ヵ年規画においては、国連に提出した目標の達成を担保し得る5ヵ年目標が盛り込まれている。

目標達成の手段としては、目標値を地域別に割り当て達成させるという規制的な方法が取られる一方、2015年までに排出量取引市場の整備や環境税の導入に着手するなど、市場メカニズムを利用した経済的手法も採用している。

さらに、低炭素社会の実現のためには、「低炭素につながる行動や対策を採用すれば、利益を享受できるシステム」の構築が必要である。このシステムは、法律や政府による支援措置、市場メカニズムなどによって構成される。

中国政府は、これまで第11次5ヵ年規画においても低炭素関連の目標を打ち出し、おおむね達成している。先進国で有効と実証された対策を貪欲に取り入れており、また、中国に比較優位のない技術についても長期的な視点で果敢に挑戦していることなどから、中国の低炭素社会構築の実現可能性は非常に高いとみている。

<内陸部への進出は市場志向で>
○日本総合研究所調査部佐野淳也主任研究員
中国では、2007年ごろから外資政策が見直されてきた。中国政府は、企業所得税をはじめとする内外企業の税制を一本化し、また、優遇対象を一定の基準を満たしたハイテク企業や、研究開発拠点および地域本部の設置などに限定するという優遇対象の絞り込みなどを行った。

こうした政策をみると、中国政府の外資誘致の基本方針は、従来の「何でも歓迎」から、「ハイテク業種、高付加価値分野への投資を歓迎」というスタンスに変化していることが読み取れる。

外資政策の変更に際し、日本企業に求められる対応としては、日本の公的機関、企業、専門家などと連携し、オールジャパンとして取り組む、あるいは台湾企業、香港企業、欧米企業などと連携したかたちで、中国当局に要望を申し入れるなどが考えられる。中国では、先に基本政策を公表してしばらく経ってから、実施細則を策定するケースが少なくない。従って、実施細則の公布前に、一致団結して中国当局に是正を求めることが重要になろう。

また、中国政府は、地域格差是正の観点から、中西部、すなわち内陸部への投資を奨励する方針を示している。ただし、内陸部の人件費は沿海部よりも相対的に安いものの、上昇傾向にあるのは沿海部と変わらない。

従って、日本企業は単なるコスト対策として内陸部への移転を考えるのではなく、消費市場と位置付けて内陸都市への進出を検討すべきだろう。

<市場の中国と技術の日本が協力し低炭素社会先進国へ>
この後、4人のパネリストによる議論が展開された。概要は以下のとおり。

○李教授の報告について
津上代表:中国政府はシェールガスのような非従来型のエネルギー資源の活用に対してどのような見解を持っているのか。

李教授:世界のエネルギー消費量に占める天然ガスの割合は24%。これに対し、中国ではわずか4%にとどまる。中国政府はこれを2015年までに7〜8%に拡大させたいとしている。中国政府は中国における天然ガスの供給源として、大半を占める国内の天然ガスのほか、シェールガスや石炭ガスの開発などを想定している。シェールガスの活用については2012年3月に、「シェールガス発展規画(2011〜15)」が公布され、米国との間では、同年5月の第4回米中戦略経済対話において、シェールガスの技術開発や資源開発について両国が協力推進することで一致するなど、中国政府は積極的な姿勢を示している。政府は今後、同分野の技術を確立した後、2020年以降に大規模な開発を遂行していく方針だ。また、海外資源の活用については、中央アジア、ミャンマーなどからのパイプラインによる天然ガス輸入と中東などからの液化天然ガス(LNG)輸入も推進していく。

瀬口研究主幹:中国が国連に提出した自主目標が達成された場合、その時点での中国の環境技術水準は、日本の水準と比べ、どの程度になっているか。

李教授:エネルギー利用効率で考えた場合、分野によって異なるが、中国の利用効率は日本よりおよそ2割低い水準になっていると考えられる。ただし、新たな省エネ技術を政府主導で積極的に取り込んでいく中で、日本がもっと頑張らなければ、将来的には中国が日本を超える可能性もあるとみている。

瀬口研究主幹:中国の環境規制が強化される時期と、強化の度合いの見通しは。規制の強化が、日本企業のビジネスチャンスをもたらすのではないか。

李教授:中国では環境規制が既に強化されつつある。2006年に硫黄酸化物(SOx)、化学的酸素要求量(COD)の総量規制が導入され、第12次5ヵ年規画では窒素酸化物(NOx)などの総量規制も盛り込まれた。こうした汚染物質の総量規制を受け、脱硫装置では既に欧米の技術をベースに国産化が進んでおりビジネスチャンスは少ないが、脱硝技術では、日本企業のビジネスチャンスが残されているだろう。

瀬口研究主幹:京都議定書では、国際的な駆け引きが生じている側面がある。欧米は、技術力の高い日本の省エネ技術の導入により、日本に独り勝ちさせたくないという思いがあるだろう。他方、中国は国家として低炭素社会の実現が急務となっており、先進的な日本の省エネ技術導入ニーズは強いはずだ。こうした中国と日本とが協力すれば、両国は世界に先駆けて低炭素社会先進国となれる可能性があるのではないか。

李教授:日本は環境分野で世界一の技術レベルを有し、他方、中国は同分野の巨大な市場を有する。技術を持つ日本と市場を持つ中国が連携し、世界市場へ挑むことも可能ではないか。ただし、日中連携の際には、中国での現地生産によるコストダウンが必要になるだろう。また、設計、施工、稼働、保守を含む総合システムサービスを提供する新しいビジネスモデルが必要だろう。

<賃金上昇には所得向上のプラス面も>
○佐野主任研究員の報告について
津上代表:沿海部に形成されている産業チェーンは、簡単に動かせるものではない。産業チェーンは20〜30年かかってようやく形成されるもの。中国で企業の死活に関わる政府の人脈も移転先で一から構築する必要が出てくる。従って、コストが上昇しているからといって、すぐに内陸部へ移転するというのは難しいだろう。中国人経営者にとっては、コネがある内陸に移転するのも、親しい人間が手引きしてくれる海外に移転するのも、それほど違いがないのではないか。

佐野主任研究員:移転先となり得る内陸部として、沿海部の大工業地帯や大都市に近い地域が考えられる。中央政府は、沿海部から内陸部への産業移転を奨励する方針を打ち出しており、一部の地方では加工貿易企業の受け入れに向けた工業団地の建設が進められているようだ。

瀬口研究主幹:中国で生産した製品を輸出して中国国外へ売る場合には中国における賃金上昇は生産コストの上昇になるが、中国国内で販売する場合には、消費者の収入増加というプラスの効果もある。最近の日本企業の投資案件が中国国内での販売を目的とするものがほとんどであることを考慮すれば、中国における賃金上昇はトータルでみてそれほど大きな問題ではないのではないか。

また、人件費のみの比較では沿海部より内陸部のほうが安いが、生産コスト全体でみた場合には、サプライチェーンが充実している沿海部で生産するほうが安い。沿海部と内陸部の賃金格差は10%程度あるが、資本・技術集約的な企業の生産コストに占める人件費の割合は2〜3%にすぎない。逆に輸送費は10%以上と割合が大きい。このほか、内陸部への移転では、行政コストの増大といった問題もある。内陸部の政府は、外資系企業の扱いに不慣れで、手続きなどさまざまな面で時間や費用がかかってしまう。こうしたことが、日本企業がなかなか内陸部に入っていかない要因だろう。しかし、こうした中でも、日本企業のサプライチェーンが内陸部に向かって徐々に拡大されつつあるというのが最近の新たな変化でもある。

(小林伶)

(中国)

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