期待以上に広がる「成長協定」へのコンセンサス−フランス大統領選への反響と見方−

(EU、フランス)

ブリュッセル発

2012年05月08日

社会党のフランソワ・オランド候補のフランス大統領選挙での勝利を受け、欧州委員会のバローゾ委員長は、欧州の成長やインフラ投資に関するオランド氏の考えに賛意を示した。他方、当地の報道では厳しい見出しが目立ち、ドイツのメルケル首相の「財政協定の再交渉は不可能」というコメントが強調されている。経済界には「EU政策への影響は限定的」との見方もある。当地シンクタンクの専門家は、オランド氏が呼び掛けた「成長協定」に関する加盟国間の政治的コンセンサスは、同氏の期待以上に広がっていると分析する。

<バローゾ委員長、成長やインフラ投資の必要性に賛意>
欧州委のバローゾ委員長は5月6日、オランド候補の勝利(2012年5月8日記事参照)を受けて、祝辞を述べるとともに、フランスとEUが直面する数々の課題について、共に取り組んで行こうと呼び掛けた。

また、オランド次期大統領が欧州統合を進めていくことを確信しているとし、明確な共通目標があることを強調した。それは、欧州経済を健全な基盤に基づき、新規雇用を創出する持続成長可能なものにすることで、具体的な行動を起こす時だとした。

さらに、大統領選挙キャンペーン時のオランド氏の発言に触れ、財政再建や債務削減を維持しながら、欧州投資銀行(EIB)の強化や出資可能なEU予算を確保し、成長や巨大なインフラ網に投資しなければならないという確信を共有できるとした。

他方、サルコジ現大統領に対しては、5年間の活動をたたえるとともに、08年のEU議長国の際の欧州委との協力や政治的意思は1つのモデルだったと述べ、グルジア紛争の緊張からG20首脳会議の創設や温暖化対策まで、多くの危機を前に偉大な業務を一緒に成し遂げたと振り返った。特に、サルコジ氏は熱烈なユーロの守護者で、ほかのパートナーや欧州委とともに、新たな欧州の経済ガバナンスを構築したとして、その大志に敬意を表した。

<報道はオランド氏勝利に辛口>
当地報道では、オランド氏の大統領選勝利に関し、厳しい見出しが目立つ。「オランド大統領、しかし、勝利ではない」(「ル・ソワール」紙5月7日)、「説得のための5年間」(「ラ・リーブル・ベルジック」紙5月7日)、「メルケルがオランドに条件を提示」(「レ・コー」紙5月7日)といった見出しが大統領選挙後のもので、選挙前の5月6日付「レ・コー」紙の「フランスとギリシャが欧州を根底から揺るがす」という見出しが欧州債務危機に揺れるユーロ圏の現状と、各国政治との関係の困難さを物語っている。選挙結果は民主主義の結果だが、必ずしも政治の安定につながるわけではないことを過去の事例が明らかにしている。

「ル・ソワール」紙に掲載された「サルコジ現大統領の敗北については議論の余地がないが、左派が勝ったと思ったら、それは幻想だ」という評論家のコメントが、今回の選挙が、サルコジ対反サルコジの戦いといわれていたことを裏付けている。

オランド氏は地元チュール市での勝利宣言で、「欧州建設に成長と雇用、将来の繁栄の重要性を加えることが自身の使命だ。これが欧州のパートナー、まずドイツにできるだけ早く言いたいことだ」と述べた。これに対して、ドイツのメルケル首相は、欧州の緊縮財政と、フランスやギリシャでの政府緊縮財政の失敗の下での国債発行よりも、むしろ構造改革を通じた成長の重要性を強調している。その上で、財政協定については「選挙のたびに再交渉するのは不可能だ。(そのような条件の下では)欧州はもはや機能しない」と述べている(「レ・コー」紙5月7日)。

<EU政策への影響は限定的との見方も>
ベルギー企業連盟(FEB)のピエールアラン・ドスメット会長は、オランド氏の勝利を受けて、「EUの政策への影響は限定的だ」と分析する。選挙での発言は選挙対策のもので、欧州建設を牽引するのはドイツ・フランス枢軸であることに変わりはなく、選択肢は限られているためだという。同会長の発言に代表されるように、財政協定の見直しについては、現実的な対応で調整され得るとの見方が当地でも一般的となっている。

在ブリュッセルのシンクタンク「ブリューゲル」の客員研究員シャイン・バレ氏は、成長アジェンダを呼び掛けるオランド氏の声は1週間前まで孤独なものだったが、現在はこのアイデアについて、知的で政治的なコンセンサスが広がりつつあると指摘する。

この新たな成長協定(growth compact)の正確な輪郭については、加盟国間でまだ大きな誤解と意見の相違があるとみており、イタリアとドイツの間で合意した輪郭で組み立て、広げていこうとしているようだと解説する。

この合意には、EU域内サービス市場のさらなる自由化の指令や、EIBの資本増強、結束政策の再設計、プロジェクト債の導入などが対象として検討されており、これは恐らくオランド氏が数週間前に期待していた以上のものだが、域内サービス市場のさらなる自由化については、同氏にとって政治的に高くつくかもしれない、とバレ氏は指摘する。しかし、その見返りに、オランド氏にとって中期的にカギとなる、通貨統合の本当の完成に向けた長期ビジョンを組み立てるのに役に立ついくつかの約束を確保することができるだろうとも分析している。この中には、銀行連合に向けた具体的なステップや財政連合に向けたタイムテーブルが含まれるという。

また、欧州政治への影響という点では、フランスでの左派大統領の誕生と左派政権誕生の見通しが、デンマーク、スロバキア、キプロスといった数少ない左派政権、および連立政権ながら、ベルギー、オーストリア、ルーマニアの左派の首相を勇気付ける結果となった。今回のフランス大統領選挙結果がEU域内での左派政権拡大の一歩として、13年に選挙が予定されるイタリアやドイツにも拡大することが、欧州のバランスにつながると左派勢は期待している。欧州政治にとって、今回の選挙結果が将来の節目になる可能性がある。

(田中晋)

(EU・フランス)

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