欧州委、第三国との社会保障協定改善へ指針

(EU)

ブリュッセル発

2012年04月24日

欧州委員会は3月30日、EU加盟各国の社会保障協定の改善に関する指針を発表した。指針は、EU加盟国と第三国間の社会保障協定について、加盟国間で内容が異なることが第三国からの企業や就労者にとって障害になっていると指摘。第三国との社会保障協定に関し、EU共通の取り組みの必要性を強調し、EUレベルでの社会保障協定の締結の可能性に言及した。

<国境を越えて移動する労働者の権利保護が目的>
従来、年金など社会保障協定に規定される内容については、EUではなく加盟国が権限を持つとされてきた。このため、第三国との社会保障協定はEUではなく、加盟国が個別に交渉、締結している。その結果、第三国との社会保障協定の内容にばらつきがあるほか、第三国にとっては、EU加盟国の中でも社会保障協定を締結している国としていない国とがある。例えば日本は、EUのすべての加盟国と社会保障協定を締結しているわけではない(表参照)。

日本とEU加盟各国との社会保障協定締結状況

他方、経済のグローバル化に伴い、海外で生活するEU市民、あるいはEUで働く域外からの労働者は増加しており、第三国との社会保障調整が統一されていないために、さまざまな問題が生じている。欧州委は発表で、特にEU域外からの就労者と企業は、EUを単一だと考えていたであろうにもかかわらず、現実にはEUへの入国、域内移動、出国の際に、社会保障で障害に直面していると強調した。そこで欧州委は、第三国との社会保障協定を調整することによって、国境を越えて移動する労働者の権利保護を目的に、今回の指針(PDF)を発表した。

EUでの就労者のうち、域外労働者は約4%を占めている。欧州委のラースロー・アンドル委員(雇用・社会問題・社会的包摂担当)は、今回の指針が第三国で働くEU就労者を支援するとともに、第三国からの企業や移民就労者に関する規則をより明確にすると述べた。

<EU共通のアプローチを推進>
もともと欧州での社会保障協定は、EU加盟国間の就労者の移動促進を目的にEU加盟国間で広まった。EU域内の社会保障の調整については、現在では2国間社会保障協定のほかに、EU加盟国間でのEU規則〔EU規則883/2004(PDF)987/2009(PDF)〕が設けられている。このEU規則により、EU域内の社会保障は、共通のルールが適用される。

これに対して、EU加盟各国と第三国が締結している社会保障協定については、協定を加盟国間で調整する動きはあるが、現時点では、社会保障制度の整合化のための仕組みや、加盟国間で抱える同じ問題を解決する仕組みがない。

このことから、第三国との社会保障協定について、加盟国間での情報共有により2国間協定の調和を図るとともに、EUレベルでの共通の社会保障の内容にしようという提案になった。

<2国間の社会保障協定は適用法令などに違い>
加盟国と第三国との間で締結されている2国間社会保障協定のほとんどは、適用法令、国民同等・領域同等、年金給付について規定している。

適用法令の調整は、2国間で社会保障法令を適用する基準が異なる場合(例えば就労地主義と雇用地主義)、両国の法令が適用される二重適用になることがあるが、どちらか一方の法令だけを適用するというもの。二重加入を防止するための規定だ。

国民同等とは、協定締結国の国民に対して自国民と同等の待遇をしようとする規定。また、国によっては、当該国に居住しているか否かで給付(海外送金の場合は給付額が減額されるなど)の条件が異なる場合があるが、協定相手国に居住していれば、当該国に居住している者と同等の待遇を与えるというのが、領域同等の規定だ。

年金給付については、給付はある程度長期にわたって保険料を納めたことを前提にしているため、当該国の制度の適用を最低数年以上受けて、保険料を納付していることを給付の条件としている国が多い。しかし、社会保障協定により、協定相手国の就労国の制度が適用されていた期間も自国の制度が適用されていたとみなされる。年金の掛け捨てを防止するための措置だ。

EU加盟各国がそれぞれ第三国と結んでいる2国間社会保障協定では、具体的にはこれらの適用法令、同一待遇、年金給付の規定などが異なっている。

<加盟国間の共通課題をEUレベルで対処>
第三国との2国間社会保障協定では、EU共通の課題がいくつかある。

第1の課題は、EU法の無差別原則との関係だ。無差別原則に関しては、2002年のEU司法裁判所のGottardo判決が先例としてある。EU域内での労働者の自由移動を保障する規定(現EU運営条約45条)に従い、イタリアがスウェーデンと結んでいた社会保障協定の特典を、フランス人居住者にも認めなければならないと、Gottardo判決は判断した。つまり、加盟国は、第三国との社会保障協定を自国民だけでなく、ほかのEU加盟国国民にも無差別に適用しなければならない。

これに従えば、社会保障協定を自国民に適用すると規定している場合、当該社会保障協定をそのまま適用すればEU法に反する恐れがある。加盟国は社会保障協定に無差別条項を入れるか、協定の再交渉を行うかしなければならない。また、自国民以外の加盟国の国民にも社会保障協定を適用するためには、自国民以外の加盟国民の社会保険記録などを相手国から入手する必要があり、実務的な問題を伴う。そもそもEU加盟国はEU法に拘束されるが、第三国はEU法を順守する必要がないため、第三国が協力的だとも限らない。

第2に、規則1231/2010との関係だ。この規則により、EUの社会保障調整規則(前述の規則883/2004、987/2009)が第三国の国民にも適用されることになっている。例えば、EU加盟国に居住する第三国の国民は、欧州健康保険カード(EHIC)を取得すれば、ほかの加盟国で一時的に滞在する場合にも、国民と同等の待遇が受けられることになっている。

この規則が、加盟国が結んでいる社会保障協定に抵触している場合がある。その場合、EU法は社会保障協定に優先するため、社会保障協定は適用されないことになる。これはすべての加盟国に共通する問題だが、この問題に対処する共通のメカニズムは存在しない。

第3に、協定の内容についての共通の関心事項としては、適用法令の調整がある。第三国から一時的に派遣されている駐在員は、通常であれば自国の社会保障法令とともに居住国の社会保障法令が適用され、二重適用の状態が生じることになる。これを避けるため、社会保障協定では一時的な滞在者は社会保障法令の適用から除外し、自国の社会保障法令を適用することにしている。従って、社会保障協定を結んでいる第三国からの就労者は、一定期間は加盟国の社会保障制度の適用から除外される。

EU域内では、EU国籍の就労者が居住先の加盟国の社会保障の適用から除外され、出身国の社会保障の適用を受けるのは最大2年間とされている。これに対して、第三国国籍の就労者への適用除外期間は、ほとんどの社会保障協定で2年よりも長期間に設定されている。例えば日本の社会保障協定だと、滞在が5年未満であれば年金法令の適用を除外することが定められている。この違いが第三国との2国間協定で課題となっている。

最後に、社会保険料未納や詐欺などに対処するために、いかにして第三国から情報を入手するかが、加盟国が共通して抱える課題だ。EUの社会保障法令では、加盟国は、被保険者が居住するほかの加盟国から得た情報について検証を求めることができるとされている。これにより、例えば年金を支給する機関は、年金受給者が存命であるか、年金受給の要件を満たしているかなどを確認することができる。他方、第三国との2国間社会保障協定では、第三国でのEU国籍就労者の社会保障関連情報の検証メカニズムを設けているものは多くない。

このような第三国との社会保障協定に関する共通課題に対処するため、欧州委はEUレベルでの共通のアプローチを形成すべきだ、としている。協力のメカニズムとしては、加盟国専門家による作業部会(年1回)の支援を約束している。また、EUレベルで第三国と社会保障協定を結ぶことも一案だと指摘している。

<新たに4ヵ国との社会保障協定締結を提案>
欧州委は、手始めに近隣諸国と結んでいる連合協定の枠組みで、EUレベルでの社会保障協定の締結を進めることを提案している。既にアルジェリア、モロッコ、チュニジア、クロアチア、マケドニア、イスラエルについては、10年10月にEU閣僚理事会(理事会)が、EUレベルでの社会保障協定を結ぶというEUの立場を承認している(10年11月23日決定)。具体的には、この立場に基づき、EUと連合協定締結国とが毎年開催する連合理事会で、社会保障の調整に関する決定を審議する。決定が採択されれば、それがそのままEU法の一部となり、EU加盟国で直接適用される。決定案(PDF)では、同等待遇のほか、情報交換に関する協力などが規定されている。

欧州委は今回の発表で、以上に加えアルバニア、モンテネグロ、サンマリノ、トルコの4ヵ国とも社会保障協定締結を提案した。今後欧州委の提案に基づき、理事会でEUの立場を検討する。

(小林華鶴、牧野直史)

(EU)

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