フランス大統領選次第でユーロ圏の「メルコジ体制」に変化も−欧州ビジネス環境の変化(2)−

(アイルランド、英国、ドイツ、フランス)

ブリュッセル発・ロンドン発

2012年04月17日

連載の後編は、2011年に過去最大の貿易黒字を記録するなどPIIGS諸国(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の中では比較的堅調なアイルランド、4〜5月に大統領選を控えるフランス、ユーロ圏を牽引するドイツ、日系企業が多く集積する英国を取り上げる。

<アイルランド:痛み伴う改革を実行、低い法人税率を維持>
ジェトロ・ロンドン事務所の村上久職員は、欧州債務危機後のアイルランドのビジネス環境について、以下のように紹介した。

アイルランドは、西欧では最低水準の法人税率、教育水準の高さなどを背景に、積極的な外資誘致と輸出拡大を進め、1990年代後半には2ケタの経済成長を続けた。しかし、外需主導の急激な経済成長とそれに伴うインフレ率の上昇は、賃金をはじめとする投資コストの高騰を招き、世界的な景気後退による輸出の低迷、国内不動産バブルの崩壊も加わり、2009年の実質GDP成長率は、PIIGS諸国の中で最も低いマイナス7.0%となった。

10年11月には、EUとIMFによる最大850億ユーロの金融支援を仰ぐことになり、初めてIMFや欧州金融安定化メカニズム(EFSM)、欧州金融安定化ファシリティー(EFSF)による融資パッケージが実行された(2010年12月9日記事参照)。その際に政府は「再建計画2011−2014」を策定し、社会福祉費や公務員数の大幅削減、最低賃金の引き下げや付加価値税(VAT)税率の段階的引き上げなどを掲げ、10年に30%を超えた財政赤字のGDP比率を15年末までに3.0%以下へ大幅に引き下げる目標を定めた。

その後、14年までに段階的に引き上げる予定だったVAT税率を、前倒しして12年1月に21%から23%へ引き上げるなど、財政赤字削減に取り組み、金融再編や労働市場改革といった構造調整も進んだことから競争力が回復。11年は医薬品、医薬品原料を中心に輸出入ともに増加し、貿易黒字は過去最高の446億9,700万ユーロとなった。11年の実質GDP成長率も07年以来3年ぶりのプラスとなる0.9%だった。しかし、12年内に欧州債務危機の混乱が収束しなかった場合には、アイルランド経済の低迷も懸念される。

PIIGS諸国の中で、比較的順調に景気が回復している理由の1つに、12.5%という低い法人税率がある。これまでフランスなどから低すぎるとの声が出ていたが、社会福祉費削減や労働市場改革、VAT税率の引き上げなど、国民の痛みを伴う政策を次々と実行に移すことで、他国からの批判を封じている。欧州債務危機の出口が見えず、各国が成長戦略を描けない中で、アイルランドは低い法人税率維持に成功している。

企業動向としては、三井住友フィナンシャルグループと住友商事による航空機リース事業の買収(2012年1月30日記事参照)、日本通信による第3世代携帯電話(3G)データ通信サービス事業展開のための欧州拠点設立など、それぞれ金融、情報通信技術(ICT)といったアイルランドの強みを生かす分野で日系企業の投資があった。外資系企業全体でもICT、医薬品、金融への進出が目立っており、いずれも研究開発(R&D)あるいはサービスセンターが中心となっている。アイルランド開発庁(IDA)発表の11年の外資系企業誘致件数は148件で、1万3,000人分の雇用が創出されている。

今後、6月に実施予定のEU新財政協定批准を問う国民投票が注目される。否決の場合は、欧州安定メカニズム(ESM)による支援が受けられなくなる可能性があり、12年1月時点の世論調査では52.6%が「賛成」と回答している。また13年上半期にはEU議長国となるため、財政規律についても規範を示すことが期待される。

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質疑応答では「法人税率据え置きで、厳しい対応が求められており、フランスなど周囲の国からも引き上げ圧力もある。企業にとって、進出後のリスクは法人税率が上がること。EU各国からの圧力も含めて、どうみるか」との問いがあった。村上職員は「アイルランドはPIIGSの中では抜きん出ている。1つのモデルとして順調に回復している。EUとIMFからは低い法人税率が功を奏していると評価されており、それと引き換えに医療費引き下げなどの痛みを伴う対応をしている。(EU各国からも)それほど非難の声はないとみている」と答えた。

<フランス:航空機など基幹産業は堅調、4〜5月の大統領選が焦点>
パリ事務所の山崎あき職員は、債務危機後のフランスの景気動向と、大統領選の行方、選挙後の経済・ビジネス環境の変化について次のように語った。

フランスでは欧州債務危機の影響で、11年第4四半期に自動車部門を中心に在庫調整が進んだ。これを受け、同期の実質GDP成長率はマイナスに落ち込むとみられたが、エアバスの航空機販売増といった外需が牽引役となり、前期比0.2%のプラス成長を維持した。個人消費、設備投資などの内需も堅調に推移した。

ギリシャ、イタリアの国債を多く持つフランスの民間銀行は、11年9月以降に資産圧縮を加速、11年第4四半期は、貸し渋りの影響が懸念された。しかし、フランス中央銀行が毎月発表している企業向け貸出額(月別、フロー)の推移をみると、同時期に大きな落ち込みはなかった。民間銀行は自己資本増強に向け南欧諸国の国債売却やアジアの新興国で資産圧縮を進める一方、国内での企業向け融資はある程度維持しているようだ。

企業業績をみると、フランスの基幹産業の航空機、高級ブランド品、自動車などでは、新興国の需要を取り込んだエアバス、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)、エルメス、ルノーなどの大手企業が好調を維持している。他方、国内事業やEU諸国との取引を中心に行う多くの中小企業にとって欧州の景気減速の打撃は大きく、国内では生産・雇用調整の動きが本格化している。11年夏から上昇に転じた失業率は、12年6月までにリーマン・ショック以降で最高の9.6%を上回ると予想される。雇用情勢の悪化が購買意欲の冷え込みにもつながりそうだ。

フランス政府は、過去の景気後退期に低所得者への付加価値税率軽減や失業手当の拡充などの生活支援を行ってきたが、今回はこのような対策はとらず、法人税率の引き上げや公務員数の削減といった緊縮策を打ち出した。12年2月に行われた世論調査によると、国民の約半数が南欧と同じような財政不安に陥るとの考えを示し、さらにユーロへの信認低下も続いている。

12年4〜5月の大統領選については、事前の予想で、最大野党の社会党フランソワ・オランド前書記長が、現職のサルコジ大統領よりも若干優位に立っている。サルコジ大統領は、任期中にリーマン・ショックや欧州債務危機があり、公約していた構造改革の結果を目に見えるかたちで残せていない。また、大統領の華やかな交友関係や、大統領に権力が集中する統治スタイルなどが国民の反発を買っているようだ。大統領選挙を控え、内向きには、受け入れ移民の制限や政府調達の一部を欧州で生産された製品に限定する政策を提案、外向きには、ドイツのメルケル首相との協調政策を維持し、新財政協定を大統領選後に国民議会で批准する意向を示している。

一方、オランド氏は、欧州債務危機の解決には成長戦略を取り入れるべきだとし、当選後は新財政協定を批准せず、メルケル首相と再交渉を行うとしている。また、サルコジ大統領は経済活性化に向け社会保障制度の見直しなど構造改革に前向きな姿勢を示すが、オランド氏は大企業や高額所得者への大幅増税を財源に、手厚い社会保障制度の温存を図ると主張する。オランド氏は歳出カットには消極的で、財政赤字削減には不透明感が残る。オランド氏が大統領選に勝利した場合、経済産業政策や政治体制の大幅な変化に伴いビジネス環境にも影響が出るだろう。

<ドイツ:11年は輸出入堅調、ギリシャ支援拡大に国民理解得られるか>
デュッセルドルフ事務所の臼井一雄職員は、欧州債務危機下のドイツ経済・ビジネス動向について次のとおり報告した。

連邦統計局によると、11年の実質GDP成長率は3.0%で10年の3.7%に迫る伸びとなった。ドイツは輸出依存度が高く、GDPの約5割を占めているが、10年と11年のGDP成長率を寄与度別にみた場合、それぞれ外需と内需が1.5ポイントと2.3ポイント、0.8ポイントと2.2ポイントと内需が外需を上回った。12年のGDP成長率は、欧州債務危機の影響を受け、2.3ポイント減の0.7%になる見通し。

ifo経済研究所が製造業、建設業、卸・小売業など約7,000社に対して実施した調査によると、12年2月分は景況感、現況、期待感のどれも上昇傾向にある。加えて内需型産業(卸・小売り、建設など)が好調で、失業率も6.0〜7.0%にとどまっている。輸出入も増加傾向で、11年は輸出入額とも前年比10%以上伸びている。輸出入ともに約6割が欧州向けだが、10年のブラジル向け輸出は43.2%増、中国向けが43.9%増と、新興国向けが大きく伸びている。

主力の自動車産業は、11年の生産、輸出台数ともに過去最高を記録。特にBRICS向け輸出が好調で、韓国への輸出も前年比16.3%増となった。自動車以外でも、新興国向け事業を強化する動きが目立っており、新工場建設や事業拡大など積極的な投資が行われている。

資源エネルギー関連では、東日本大震災を受けて脱原子力発電を決定。総発電量に占める再生可能エネルギー(RE)の割合を10年の17%から、20年には35%へ大幅に引き上げる目標を掲げる。これに伴い、産業界は電力料金引き上げへの懸念を表明しているが、一方で日本企業による環境・省エネ分野でのビジネス機会拡大への期待も高まっている。またレアアースなどの安定確保を視野に、モンゴル(11年)、カザフスタン(12年2月)と資源分野の2国間協力協定を締結するなど、資源外交も活発化している。

13年には議会総選挙が予定されている。メルケル首相は、対外的には欧州債務危機に取り組むユーロ圏の盟主として、対内的には選挙に向け支持基盤固めが必要となるため、12年は難しい政治選択を迫られる場面が増えそうだ。ドイツでは、09年に債務ブレーキ制度と呼ばれる財政健全化策を導入し、16年から政府の新規債務額を名目GDP比0.35%以下に抑える憲法改正を実施。ギリシャへの財政支援に対する国内世論調査は、11年9月時点で反対が53%。これが12年2月には62%に拡大している。

12年4〜5月に予定されるフランス大統領選次第では、「メルコジ」とも称される、フランスのサルコジ大統領とのユーロ圏双頭体制に変化が訪れる可能性もある。財政支援の拡大に対してドイツ国民の理解が得られるか、メルケル首相の政治手腕が今後のユーロ圏の安定に向けた焦点となりそうだ。

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質疑応答では、「脱原発政策の結果、ドイツの電力料金はどうなるのか。その見通しは」との問いに対し、臼井職員は「消費者負担の割合が高くなる。産業界からは、この料金では国外に事業を移さざるを得ないとの声が上がっている」と答えた。

<英国:慎重姿勢ながらM&Aの機会うかがう日系企業>
ロンドン事務所の村上職員は、欧州債務危機後の英国のビジネス環境について、次のように解説した。

英国の実質GDP成長率は、リーマン・ショックの影響を受けた09年のマイナス4.4%を底に、10年は2.1%と2年ぶりにプラス成長に転じた。しかし、欧州債務危機の影響で11年は0.8%と低迷し、12年予測でも0.6%にとどまる見通し。本格的な回復は13年に入ってからで、欧州委員会は1.5%と予測する(注1)。

10年5月に、13年ぶりに政権交代を果たした連立政権(保守党、自由民主党)は、4年間で計810億ポンド(1ポンド=約131円)に上る歳出削減策を含む「財政歳出見直し2010」(Spending Review 2010)を発表した(2010年10月21日記事参照)。前・労働党政権から一転して、社会福祉、公的セクターの見直しなどにより予算を平均19%削減し、これまでの大きな政府から小さな政府を目指す徹底した緊縮財政をとっている。

一方で連立政権は、G20で最も競争力のある税制を目指し、法人税率を当初予定よりさらに1ポイント引き下げて、12年度24%(年度は同年4月〜翌3月)、13年度23%、14年度22%にすると3月21日に発表(注2)。財政再建を進める中で、民間主導による雇用創出や経済成長を後押しするさまざまな景気刺激策を講じている。金融サービスに偏った産業構造の平準化と雇用吸収力への期待から、製造業と中小企業振興を積極化するほか、EU依存の強い輸出市場の多角化や規制改革に取り組む。

12年1〜2月に在英日系企業に対してジェトロが実施したアンケート(注3)によると、11年度の売上高見通し(前年同期比)が「増加する」との回答は39%。これに対し12年度は30%にとどまっている。また同じ問いに「4割減」、「5割減」との回答が、11年度はゼロ、12年度はそれぞれ2%となっており、日系企業の間でも12年度の先行き不透明感が広がっている。

他方、同アンケートで「欧州債務危機後に欧州でM&Aを実施した」と19%が回答。さらに「今後M&Aの予定があるか」との問いに43%が「ある」と回答、そのうち55.6%が「ビジネス規模拡大のため」としており、日系企業が欧州でM&Aを活発化する可能性がうかがえる。

また、ジェトロが12年1〜2月にかけて、在英日系企業の欧州地域統括拠点を中心に15社にインタビューしたところ、欧州債務危機により、消費冷え込みや現地取引先企業の資金難、価格など取引条件の悪化、公共調達のキャンセルといった影響がみられた。一方、これまで日系企業側の知名度の低さからコンタクトが困難だった欧州企業からアプローチがあるなど、事業拡大の好機と捉える企業もあった。

ただしM&Aについては、既存事業との相乗効果を重視する考えや、マネジメント人材の確保や社員研修など買収後の統合コストへの懸念から、欧州債務危機による機会拡大や円高による買収費用圧縮にメリットを感じながらも、慎重な姿勢が目立った。

欧州市場全体については、低成長だがマーケット自体の大きさや多様性からさまざまなビジネス機会が生まれるといった見方や、新興国にない高付加価値型産業の集積(環境、エネルギー、ライフサイエンス、先端技術など)、ロシアや中東アフリカ、南米など新たな市場での欧州企業との連携に期待を寄せる声が聞かれた。

(注1)国民統計局(ONS)による実質GDP成長率の最新値(3月28日付)は、11年0.7%。予算責任局(OBR)による同最新予測値(3月21日付)は、12年0.8%、13年2.0%。
(注2)3月21日開催のロンドン会場でのみ説明。
(注3)回答企業数42社。

(村上久、富井尚美)

(アイルランド・フランス・ドイツ・英国)

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