インフラ、自動車分野で商機−ロシア中央アジアセミナー(3)−
欧州ロシアCIS課
2012年04月10日
1960年代からロシアで本格的にビジネスを始めたIHIは、インフラ、機械、自動車分野で商機を見いだし、事業展開をしている。独特の商慣習や課題があるが、ビジネス環境は改善しており、根気よく取り組むことで成功事例を積み重ねていくべきだという。「ロシア中央アジアセミナー」報告の最終回は、現地生産ビジネスの現状と見通し、課題について。
<旧ソ連時代からロシアに取り組む>
IHI営業・グローバル戦略本部ロシアプロジェクト部の高橋信康主幹が、同社がロシアで取り組んでいる現地生産事業を踏まえたビジネスの現状と見通し、課題について以下のように解説した。
当社のロシアとのかかわりは1850年代のプチャーチン提督の来日にさかのぼる。本格的にロシア向けビジネスを始めたのは1960〜70年代で、産業機械や船舶などを納入した。1978年には国家科学技術委員会(現教育科学省)の認証を得て、モスクワに事務所を開設した。
70年代からソ連崩壊まで、継続的に地場自動車メーカーのジル、カマズ、ガズ、アフトワズにプレス機械を納入した。これらの機械は20〜40年たった今でも使用されているが、納入先から予備品や点検作業の引き合いはほとんどない。社内で工夫してメンテナンスが継続されており、各社ともそれなりに高い技術力を持っているようだ。実際に、納入に際して据付指導員の派遣を求められなかったケースもあった。これは、言い換えれば、地場メーカーにはパッチワーク的な技術力はあるが、予防保全の認識は低く、そのための予算を確保していないということだ。
<技術支援でインフラ分野に商機>
2006年に駐在員事務所を再開以降(注1)、インフラや自動車、機械分野で市場開拓を始めた。さらに最近は、ロシア企業が国外で活動する際の設備供給も対象にしている。
インフラ分野では、カザフスタンでつり橋建設の実績を持つが、ロシア企業には斜張橋の建設実績が少なからずあり、業界が確立され、技術力もあると分かった。外国企業の参入は可能だが、プロジェクト組成が独特なので、求められる資機材の供給でロシア企業に協力するというかたちだと参入しやすい。
12年のAPEC首脳会議の会場となるウラジオストクの東ボスポラス橋建設事業には、伊藤忠商事の支援も得て、技術支援面で参画を果たした。ロシア最大手の橋梁(きょうりょう)建設会社が関心を示さず、技術面で限界のある中堅建設会社が建設を請け負ったので、当該企業とのマッチングが実現した。
日本発のインフラビジネスで不足しているのが、プロジェクト組成における上流企業だ。インフラ事業のデザインをする企業や、プロジェクトファイナンスを提供する日本企業にはロシアへの関心が低い。商機は引き続きあり、ビジネス環境も改善されてきているので、こうした企業への働き掛けを継続していきたい。
機械式駐車場にも取り組んでいる。モスクワ市内は渋滞が激しく、違法駐車も多いため、パーキングシステムに期待する声が大きい。しかし、モスクワ市政府の計画は進まず、建設予算もつかないため停滞している。ロシアでの製作も検討したが、ロシア製部材は製造原価と売価の差が大きく、また、電気・計装類や油空圧機器などにロシア製の代用品がないため、メリットは見いだせなかった。10年10月にソビャーニン市長が就任して以降、都市計画の策定が加速しており、今後のビジネス拡大に期待している。
<地場企業との合弁で自動車ボディー事業に参入、課題も山積>
自動車分野では、モスクワ市政府が出資するトラックメーカー、ジルに納入したプレス設備を活用して、同社との合弁企業アルファ・オートモーティブ・テクノロジーズでルノーの「ロガン」(注2)向けに自動車ボディーパネルを生産、供給している。PSAプジョー・シトロエンへの部品供給も始めようとしており、今後はアフトワズ、同社生産施設を活用したルノーと日産車向けの供給も視野に入れている。
合弁事業の背景には、a.ボディーパネルの輸送はコストがかかるので、現地生産が求められている、b.自動車市場が伸びている、c.(IHIが生産する)プレス設備だけでなく、部品も供給すればビジネスの広がりが得られることがあった。ジル側は、自社のリストラのシナリオに合う事業開発が必要だった。
合弁事業の交渉には1年半かかった。出資比率はジルが51%、IHIが49%だが、社長はIHIから出している。これは、欧米系の自動車会社に、外資によるマネジメントに期待する声が少なからずあったからだ。合弁会社の取締役の構成は日本側2人、ロシア側2人としたが、意見が対立する場合、調整が難しいこともある。
合弁でブラウンフィールドであることのメリットには、既存の建屋や生産設備、リソースがすぐ使えるということが挙げられる。しかしインフラは古く、1940年代から使用されているジル自前の発電設備の故障や、空調系統の不具合などへの対策は必要だ。
ボディーパネルの材料となるロシア製鋼板の調達にも苦労している。亜鉛めっき鋼板の亜鉛めっきが剥げていることもあり、十分な品質を確保するのが難しい。また、鋼板メーカーから、当初は生産3ヵ月前の支払いを求められた。現在では品質、支払い条件ともに改善されてきてはいるが、引き続きの課題だ。
現場での課題も多かった。一例として、ジルの工場の床には、おがくずがまかれていた。トラック部品の成形に使用していた加工油を吸着させるためとのことだったが、やめさせるのに1年以上かかった。従業員のモチベーションの維持も大切だ。日本人駐在員にも、労力と根気が必要な仕事が続くだけに、適度に息抜きする機会が必要だ。
こうした努力を積み重ね、また、金融危機からの回復により、生産量も上向き、生産性と品質は目に見えて向上してきている。しかし、今なお改善の余地は大きい。工場でのプレス機械の1時間当たりストローク数(SPH)は、一般的な日本の水準と比べて3分の2程度。金型交換時間は日本の10倍、100万点当たりの流出不具合(PPM)もまだまだ高い。納入先の自動車会社の協力も得て、日々改善されてはいる。
ビジネス環境やインフラは良くなっており、ロシアでのビジネスは拡大するとみている。ロシアからの日本に対する期待は高いので、日本企業は対ロ・ビジネスに根気よく取り組んで成功例を増やしていくべきだ。
(注1)IHIは1978年に事務所を開設したが、1998年にいったん閉鎖した。
(注2)ルノー子会社で、モスクワ市に立地するアフトフラモスが組み立てている。
(浅元薫哉)
(ロシア)
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