人件費以外にメリットを見いだせるかが進出のカギ−日系縫製工場からみたビジネス環境−

(バングラデシュ、ミャンマー、日本)

ダッカ発

2012年04月02日

ジェトロ主催の「バングラデシュ・ミャンマービジネス投資ミッション」が、2月27〜29日にバングラデシュ、3月1〜3日にミャンマーを訪問した。ミッションには製造分野の中小企業を中心に39社(39人)が参加。バングラデシュでは、過去最大規模の日本企業による視察ミッションとなり、日本企業の関心の大きさを示したが、人件費だけに注目しての進出ではメリットを見いだしにくいと感じた参加者もいたようだ。

<アパレル以外の分野にも日本側の関心広がる>
ミッション参加企業は、手袋や革靴などを含むアパレル縫製関係、機械・樹脂部品、販売関係など多岐にわたり、アパレル分野から始まったバングラデシュブームがそのほかの業種や分野へ広がっていることがうかがえた。近年のジェトロへの照会事項も、アパレル関係だけでなく、バングラデシュを市場ととらえるビジネスや、そのほかの業種で当地への進出に関してのものが増加している。

ミッションは当地で、日系アパレルメーカーのKOJIMA LYRIC GARMENTS(地場企業との合弁)、地場系家電・バイクメーカーのWALTON、輸出加工区(EPZ)内に立地するYKK(衣料品ファスナー製造)を訪問した。これら訪問先の中で、KOJIMA LYRIC GARMENTSの事業内容と、バングラデシュ投資に対する展望を以下に紹介する。

<労働力は豊富だが定着率などに問題>
KOJIMA LYRIC GARMENTS は中国の4拠点、7工場を軸に衣料品の生産を行う小島衣料が2010年8月に地場系アパレルグループ、Lyric Groupと合弁で設立した企業。現在、1,100人を雇用し、日本市場向けの女性用スーツやコートなどの中・重衣料を生産している。バングラデシュでは部品点数の少ないシャツやズボン、下着などのベーシックアイテムを生産する工場がほとんどで、同社のような製品を扱う工場はまだ珍しい。

小島衣料取締役の小島高典氏は、バングラデシュへ進出したきっかけを次のように説明する。

「初めは『チャイナプラスワン』を目指し、1997年にミャンマーへ進出した。ミャンマーでは当時、経済制裁の影響で活動しにくかった上、為替問題、投資インセンティブの欠如、アパレル産業の集積がないことによる調達や物流面での不利な点もあり、結局撤退した。また、労働者のために送迎バスを用意することが義務になっており、賃金面以外で相当コストがかかった。

ミャンマーからの撤退後、次の進出先として着目したのが隣国のバングラデシュだ。人口約6,000万のミャンマーと比較し、バングラデシュは1億6,000万という豊富な人口があり、労働力の確保が容易だった。現在、工場で働いている工員も約9割が自宅から工場まで徒歩で通勤し、残り1割には通勤バスを自社手配しているが、宿舎の必要はない。また、国内にアパレル産業の集積があるので、予想以上に事業環境が整っていた。物流面でも特段の問題は起きていない。また、現地通貨タカは下落傾向にあり、日本企業からみれば、バングラデシュのインフレをカバーできるほど有利な状況だ。

安い人件費で豊富な労働力が得られる一方で、課題は人材育成、ワーカー・社員の定着率だ。ワーカーレベルでは、基礎教育が不足しているので、読み書き・計算はもとより、モラル上の問題もある。また、同業種の工場が乱立する中で、ワーカークラスは少しでも給与の高い工場があると、そちらへ移ってしまう。せっかく時間をかけて訓練し、スキルワーカーになっても、給与次第では定着しない。また、ワーカークラスはベンガル語しか話せないので、日本語を話せる中間管理職を通じたコミュニケーションになるが、この日本語人材も不足しており、日系工場が増える中で、人材の流動が激しくなっている。

そのほか、頻発する停電には自社で発電機を整備して対応しなければならず、悪化する交通渋滞など、インフラ上の問題もある。これに加え、日本人駐在員の労働ビザ取得が難しい。法人登記後に必要になる各種許認可では、縫製工場設立の場合、18種類のライセンス取得が必要と非常に煩雑で、土地・不動産物件の高騰も課題だ」

<工員同士の指導、細かな作業などが徹底>
ミッションが訪れた縫製工場内では、洋服デザインの型紙作り、生地裁断、縫製、品質チェックなどすべての工程がセクションごとに分業化され、配属されたワーカーが作業に励んでいた。ミシンの操作も非常に手慣れており、スムーズだ。中国工場から派遣された技術者による指導や、工員同士のサポートや指導も行われている。ミッションの視察の最中に停電が発生したが、発電機によってすぐに復旧し、作業が進められた。停電時にも非常にスムーズに対応している姿が印象的だった。最終チェックの際には、ほこりや糸くずがついていないようにブラッシングするという、非常に細かい作業も見られた。

縫製作業を行う工員たち。整った環境でミシンを操作していた
外国人スタッフが現地スタッフに指導する風景
現地スタッフ(右の男性)が女性のワーカーを丁寧に指導していた
最終チェックで、糸くずなどを除くためブラッシングを行う工員

<外資系排除の動きも>
アジア経済研究所が2003年、09年に行ったバングラデシュ、カンボジア、ケニアの縫製業実態調査によると、カンボジアが大幅に生産性を向上させ、原材料費を圧縮し、利益率を向上させた一方、バングラデシュはほとんど生産性に向上がみられず、労働コスト、原材料費の比率が上昇し、利益率が低下した、とされている(注)。カンボジアの縫製業は韓国、中国を中心とした外資系工場が主だが、バングラデシュでは外資縫製業はEPZ内への進出にほぼ限定されており、5,000社を超える地場系縫製工場がアパレル産業を担っている。

今後、製品の付加価値化や生産効率を考えた場合、KOJIMA LYRIC GARMENTSのような合弁による製品の付加価値化、新市場開拓は非常に有効と思われる。しかし、国内業界は外資系企業の進出に伴う賃金上昇やスキルワーカーの囲い込みに強い懸念を持っており、外資系工場の業界団体加盟を認めないなどの排斥行為も問題になりつつある。

<現地パートナーの必要性を認識>
ミッション実施後に行った参加企業へのアンケート(すべて複数回答可能)によると、バングラデシュ、ミャンマーのいずれかへの直接投資(工場・販社などの拠点設立)または生産委託を「2年以内に検討したい」、あるいは「中長期的に検討したい」と回答した参加者は24人(63.2%)。うち、バングラデシュは15人、ミャンマーは21人と、ミャンマーへの関心がやや上回った。直接投資と生産委託の内訳は、バングラデシュでは生産委託への関心が高く(直接投資:6人、生産委託:11人)、ミャンマーは同数だった(直接投資:12人、生産委託:12人)。

また、「2年以内に検討したい」と回答した参加者も15人と、全参加者の約4割に達し、うちバングラデシュは8人(直接投資:3人、生産委託:5人)、ミャンマーは10人(直接投資:5人、生産委託:5人)と、直近の進出意欲の高い企業では、両国の差は「中長期的に検討したい」よりも拮抗(きっこう)した。

高まるビジネス関心の一方、ダッカ市内のひどい交通渋滞、頻発する停電、実情が不透明な法制度の運用や、賄賂など外国企業では手に負えないビジネス慣習にとまどいを感じる参加者も多く、このような環境下、信頼できる現地パートナーの必要性を認識した、との声も多かった。人件費だけに注目した「チャイナプラスワン」だけでは、十分なメリットを享受することは難しく、日本市場以外(バングラデシュ市場も含め)に向けた拠点としてのメリットをいかに見いだすかが、進出のカギになりそうだ。

(注)山形辰史編[2011]「グローバル競争に打ち勝つ低所得国」アジア経済研究所、第4章「市場自由化と低所得国の縫製産業−バングラデシュ、カンボジア、ケニアにおける企業の参入・退出、生産性と利潤の変化−」、第5章「『底辺への競争』は起きているのか−バングラデシュ、カンボジア、ケニアでの縫製産業で働く労働者の厚生−」を参照。

(鈴木隆史、安藤裕二)

(バングラデシュ・ミャンマー・日本)

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