メキシコの労働法、13年にも改正か−ジェトロの日系企業向けセミナー−

(米国、メキシコ)

ヒューストン発

2012年03月05日

ジェトロは2月7〜8日、米国に統括拠点を置いてメキシコで操業する日系企業向けに、メキシコの労働法と雇用慣行について、セミナーを開催した。労働法の特徴と、国際競争力を高めようと現在議論されている法改正のポイントについて、講師の滝本昇弁護士が解説し、2013年にも法が改正されるとの見通しを明らかにした。講演の概要を紹介する。

<雇用関係は原則無期限>
メキシコの労働法は、個人の労働関係について法解釈上疑問が生じた場合、労働者に有利な解釈を適用する「労働者保護の法律」なのが特徴だ。まず、労働者を雇用する際には、雇用契約が必要で、労働条件や職務内容を明確にした上で契約を締結することが重要だ。一方、雇用契約がない場合でも、業務上、使用者側に指揮命令権があり、労働者側に服従義務がある場合、雇用関係があるとみなされるので注意が必要だ。

次に、雇用関係は原則、無期限とされるのが特徴だ。例外扱いとして臨時雇用も可能だが、例えば、産休に入った女性従業員の代理で雇用する、といった明確な条件下でない限り、難しい。それ以外の合法的な臨時雇用の方法としては、人材派遣会社の活用がある。従業員の解雇には、主に「自発退職」「懲戒解雇」「会社都合による解雇」がある。懲戒解雇は、労働者が法律または就業規則に違反した場合に適用できるが、それを実証することが困難な場合が多く、そうした場合は示談で済ませることになる。また、会社の都合で退職させる場合、法律上は不当解雇とみなされ、解雇時の給与の3ヵ月分を支払わなければならない。

解雇時に勤続年数に応じた補償金を支払うことで、その従業員を職場復帰させる義務が免除される。この場合の補償金は、先ほどの給与3ヵ月分に、勤続1年につき20日分の給与を足した金額だ。また、いずれの退職の場合も雇用者は、精算金として年末ボーナス(実際の労働期間を考慮した手当)、未取得の有給休暇(残日数に日給を乗じ、さらに25%加算した手当)、勤続手当(最低賃金に12日および勤続年数を乗じた手当)などを支払うことが求められている。

なお、外国人労働者の雇用は、メキシコ人90%に対して10%までと労働法第7条に規定されているが、実際にはこの規定は形骸化しており、摘発される例は現状ではほとんどない。

<就業時間は「使用者の待命下にある時間」>
就業時間は実働時間ではなく、「使用者の待命下にある時間」と定められる。法定の昼間の勤務時間は1日8時間、週48時間。夜間勤務に特別手当はなく、労働時間が7時間と短くなるだけだ。時間外労働について、残業は特別な状況によって1日3時間まで、週3回を超えてはならない。残業代は、週9時間以内は、時給が平常賃金の2倍になり、それを超えると3倍になる。休日出勤は、平常賃金の2倍が支払われるが、振替休日の取得も慣習化している。有給休暇は休暇期間の賃金に加え、休暇期間中25%以上の休暇割増金が支給される。休暇取得の権利発生後6ヵ月が経過した時点から1年以内に取らなかった休暇は、権利が失効する。

最低賃金は、政府、組織労働者、民間企業の代表からなる国家最低賃金委員会により各地域別に設定される。しかし、例えば国内で最も高いメキシコ市でも1日62.33ペソ(1ペソ=約6.4円)と、憲法に掲げられた、失業や貧困、大きな所得格差の是正という理想と、現実に決定された最低賃金には大きな差がある。

賃金に関しては、従業員への利益配分を意味する「労働者利益分配金(PTU)」という規定がある。 同規定は、労働者は企業の利益を享受するという考えに基づき、企業の課税所得の10%を従業員へ分配する。しかし、年ごとに異なる金額や、関連他社との水準の違いによって労使関係のトラブルが発生しているため、人材派遣会社の利用や人材派遣を行う関連会社を設立することで、事業会社としての多額のPTU支払いを回避する例が急速に増えている。

定年は法律上、慣習上ともになく、定年退職させる場合は会社都合による解雇と同じ退職補償金を支払う。減給は禁止されており、労働時間の大幅な短縮などの理由がない限り認められない。減給された従業員は退職補償金を受けて退職する権利を保有する。

<人員の整理・削減は組合と穏便に解決を>
集団の労働関係について、労働組合は、職種別、企業別、産業別などに分けられ、連合を形成することができる。組合は、20人以上で結成可能で、1企業に20人いなくても他社の労働者と合わせて結成できる。組合は法人格を持ち、さまざまな権利行使が可能だ。非課税団体のため、組合幹部が私腹を肥やすことに専念するといった問題が指摘されている。しかし、企業は労働組合に全く干渉できない。

労働組合を結成したら、雇用者側と労働協約を締結する。労働協約では、労働者は協約対象の労働組合員に限ると規定できる(クローズドショップ条項)。労働協約は、2年ごとに全体の見直しと改定がなされ、賃金条項は毎年見直される。労働協約がある場合には、雇用契約を新たに締結しなくてもよい。工場閉鎖、生産縮小などに伴う人員の整理、削減について法律上は、最初に調停仲裁委員会に理由を通知し、解決を求めることが規定されている。しかし、実際には最初に組合と交渉し、調停仲裁委員会には事後承認を取る方法が用いられるのが一般的だ。組合にとって人員の整理、削減は勢力の縮小、収入源の削減につながることから抵抗がある。したがって、雇用者側は専門の弁護士を立てて穏便に解決を図るよう交渉することが必要だ。

<労働争議を避けるには良好な労使関係が必要>
ストライキの予告を受けた場合、雇用者は、経験豊かな弁護士の力を借りることがまず大事だ。そして、ただちに交渉を開始し、必要に応じて期限の延長を交渉する。スト申請の流れは以下のとおり。

ストは、その目的を明確にし、会社または事業所全体の過半数の労働者の賛成を得ることが必要だ。したがって一部の職場の労働者が賛成でも、その職場だけでのストはあり得ない。ストに参加する人が会社の人間または財産に危害を与えるときには、非合法ストとされ、責任者は解職処分を受ける。

ストの実行プロセスとしては、まずスト予告書が調停仲裁委員会へ提出され、同委員会は48時間以内に会社側へ送達する。スト予定日は会社への送達後、最短でも6日後としなければならない。会社側はスト予告以降、裁判所の判決の執行の停止、財産処分、動産の占有移転ができなくなる(注1)。

参加者が過半数に満たないか、目的の不備、手続きの不備のいずれかがあった場合は、ストは不成立となる。スト不成立の宣言請求は、会社側がスト開始後72時間以内に調停仲裁委員会に申請する。スト不成立が認められたら、労働者は24時間以内に職場に復帰しなければならない。これを守らない場合は解雇理由となる。スト中の未払い賃金はスト終了後に半額支給するのが一般的慣習だ。ストの終結は、労使間の合意による場合が多い。

労働争議を避ける対応策は、良好な労使関係を築くことだ。自社の労働者で労働組合を結成するか、自社の労働者を外部の穏健な労働組合に加入させ、同組合と労働協約を締結しておくことが望ましい。なぜなら、労働法第923条に基づき、既に組合が存在し労働協約を締結している場合、ほかの労働協約締結を目的に、会社に対してストを予告したとしても、正当なストとして受理されないと規定されているからだ(ほかの組合は干渉できない)。

また、生産性向上に結び付いた協力体制を作り上げることも必要だ。例えば、勤労をたたえる表彰などは、モチベーションの向上につながる。また、組合上層部や職場との密接な関係を築くような有能な労務管理者の採用も検討すべきだ。

<労働法改正には野党も理解>
メキシコの労働法は、1931年に連邦法として整備されたが、今や労働関係の流動性を著しく阻害する法律となっており、法改正が求められている。世界経済フォーラムが2011年9月に発表した「世界競争力レポート2011〜2012年」によると、現在、メキシコの国際競争力は、142ヵ国中58位と低く、労働法が改正されることで国際競争力の総合順位は改善できると期待される。現政権与党の国民行動党(PAN)だけでなく、野党も改正が必要という理解で一致している。主要な法改正ポイントは以下のとおり。

(1)従業員を正社員とするまでの試用期間を設け、その期間を1ヵ月から6ヵ月とする。
(2)採用後3ヵ月から6ヵ月の研修期間を設ける。
(3)期間限定の就業形態を取り入れ、女性や若年層の労働者に雇用機会を広げる。この場合、週6日、1日8時間労働の制限を撤廃し、短時間の就業時間を導入する。
(4)時間給の概念を取り入れる。
(5)生産性の向上に関し、全国および社内の研修委員会(注2)を「研修と生産性委員会」に組織変更し、生産性の評価方法の設定、生産性向上のための対策、および富の分配の公平化を図る。
(6)労働者が与えられた仕事以外にそれに関連する仕事をすることで、付加給を受け取る制度を取り入れる。
(7)身体障害者が労働できる環境づくりを雇用主の義務に加える(雇用人数50人以上の企業が対象)。
(8)女性労働者の採用に際し、妊娠しているか否かの証明書を求めてはならない。また産前産後6週間の休暇の延長を設定する。
(9)インターネットを利用した在宅勤務を認め、法律上の便宜を供与する。
(10)職場で性的嫌がらせをした者に対する解雇、雇用主に対する罰金、被害者への弁済金などの規則を定める。

12年7月に行われるメキシコ大統領選の結果次第では、早ければ13年にも法改正を期待できるという。メキシコ市場へ進出する日系企業の雇用のあり方にも影響を与えるものになるだろう。

(注1)経営者が会社の財産を勝手に処分し、組合がストライキにより権利を獲得しても経済的保証が得られない事態を防ぐための規定。ストライキの予告を受けた会社は会社財産の保管人となり、これに違反した場合は罰金のみならず刑事罰を受ける可能性もある。
(注2)労働社会福祉省(STPS)が、特定の産業や業種の雇用主、組合、非組合労働者を招集して結成した全国的委員会。STPSの諮問機関として、全国的な業界の研修方針などを策定する。

(樋口奈津美)

(メキシコ・米国)

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