人材確保と賃金上昇が懸念材料

(バングラデシュ)

ダッカ発

2012年01月23日

日系企業の進出がここ数年増加している。人口約1億6,000万人といわれ、豊富で安価な労働力が強調されることが多いが、技術やマネジメント能力を持つ高度人材の確保は容易ではない。加えて、ジェトロの2011年の調査では、賃金上昇率は前年度比14.8%に上る。インフレ率(約10%)を上回っており、中長期的な視点では日系企業への投資環境にも大きく影響する懸念がある。

ジェトロの調べでは、09年初めの70社から11年12月には123社(駐在員事務所を含む)へと、3年間で約50社が進出している。

<縫製業:労働者の流動性は高いが十分な供給>
主要産業の縫製業の最低賃金は、見習い工クラスで月3,000タカ〔輸出加工区(EPZ)外、基本給と諸手当含む、1タカ=約0.9円〕または39ドル(EPZ内、基本給のみ)と規定されている。零細工場も含めると国内に4万7,000社を超える縫製工場があり、300万人以上が繊維関連産業に従事しているといわれる。ワーカーにとっては、ミシンなど縫製機械の操作技術を持っていれば、同業他社への転職が容易だ。

転職はワーカー間の情報交換がきっかけになることが多い。スキルワーカーがその技術と経験を生かして、賃金が高い工場に転職することも珍しくない。雇用する工場側も、機械操作を習得済みの人材を雇用する方が、トレーニングに余計なコストを掛けずに済むため、資本力に余裕のある大企業に有利な雇用環境だ。業界関係者によると、実際に新工場ができると、既存の近隣工場から数百人単位でワーカーが流出するという。

労働者の流動性は高いが、労働者の数は十分にあり、ワーカーレベルでは人材不足の問題は生じていない。しかし、ダッカやチッタゴンなど大都市近郊の工場集積地やEPZでは、最低賃金程度のレベルの給与では全く人材が集まらない。EPZ内に縫製工場を持つある日系企業によると、EPZ内の最低賃金は39ドルになっているものの、実際には50〜60ドルからスタートすることが多いという。

また、非繊維分野の工場はそもそも企業数が少ないこともあり、「技術を習得してもつぶしが利かない」という理由で、繊維関連工場の相場よりも高い給与を設定しないと人が集まらない、という事情もあるようだ。

<非製造業:マネジャークラスは人材不足で高賃金>
一方、事務職や管理能力のあるマネジャークラスの人材、さらに日本語対応可能な人材となると、まだまだ不足しており、人材も限られているため、こうした人材の雇用は簡単ではなく、賃金も決して安くはない(2011年8月24日記事参照)

バングラデシュは、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなどメコン地域の途上国と投資環境を比較されることが多い。ジェトロが11年11月に発表した在アジア・オセアニア日系企業を対象とした活動実態調査によると、製造業ワーカークラスの年間賃金実質負担額は、ベトナム2,196ドル、バングラデシュ1,438ドル、カンボジア1,179ドル、ミャンマー1,137ドルになっている(図1参照)。

図1各国・地域の年間賃金実負担額(製造業一般ワーカー)

しかし、非製造業のスタッフ、マネジャーの同負担額は、ベトナムと同水準かそれを上回っている(図2、図3参照)。

図2各国・地域の年間賃金実負担額(非製造業スタッフ)
図3各国・地域の年間賃金実負担額(非製造業マネジャー)

また、この活動実態調査によると、バングラデシュの賃金はほかの国と比べて低い一方で、前年度比の賃金のベースアップ率は14.8%と非常に高い(図4参照)。ただし、まだまだ賃金水準が低いこともあり、上昇率が10%を超えても、「中国の人件費に比べれば当面は4割程度で済む」という進出日系企業もある。

図4各国・地域の前年度比ベースアップ率(11年度)

特に縫製関連の日系企業では、生産管理の指導や日本からのオーダー対応などで日本語対応が可能な人材が求められており、日系企業間で日本語のできる人材の移動も起こり始めている。中長期的な視野でみると、さらなる賃金上昇や、新たな人材が育たない要因にもなり、ひいては産業育成への弊害にもなってしまう、と懸念する日系企業もある。人材獲得競争の表面化は、バングラデシュに関心を示す企業が増えた結果だが、各企業は人材確保の方針について岐路に立っているといえるだろう。

<日本企業で働くことが誇りという技術者も>
一方で、ある日系企業は「バングラデシュの親日的な心情を背景に、日本企業で働いていることを誇りに感じている技術者がおり、同時にその事実が親族にとっても誇りになっている」という。

一般に縫製工場などのワーカーは、自分が働く工場がどの国の企業と取引があり、自分が生産にかかわった商品がどの国へ輸出されるかなどの情報は全く与えられない。実際にインタビューした縫製工場で働く女性ワーカーは、雇用されている工場に関する情報を一切持ち合わせておらず、現在勤務するダッカ市内の工場にいるのは、工場長が信頼できるということや、同僚とのつながりが大切だからと答えた。

一方、ワーカーにも商品の輸出先など最低限の情報を与え、さらには労働者との対話をとおして、労働者の意欲を上げようという考えを持つ日系企業も現れており、これが労働者にとって新たなモチベーションになる可能性もある。

(鈴木隆史、安藤裕二)

(バングラデシュ)

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