欧州委、VAT課税制度の改革を提案

(EU)

ブリュッセル発

2011年12月19日

欧州委員会は12月6日、付加価値税(VAT)課税制度の改善案を発表した。登録・申告の簡素化、制度の効率化、脱税対策の強化を主な柱にしている。EU加盟国間で格差のあるVAT制度は域内貿易の障害になり、余分なコストを生じさせている。国際ビジネス促進のため、より簡素で透明性の高い、効率的な制度が必要なことをあらためて指摘した。2012年から見直しに着手し、13年には詳細な勧告を提案する見込み。

<制度改善に1,700件の意見が寄せられる>
欧州委が12月6日に発表したVAT制度改善の提案書(PDF)は、10年12月1日に将来のVAT制度に関するグリーンペーパーを採択した後、6ヵ月間にわたって意見を公募し、ビジネス、教育、市民、税務当局など関係者からの約1,700件に及ぶ意見を参考に作成された。意見の中には、「EU域内のVAT制度が円滑なビジネスを妨げる障害になっている」「第三国企業とのビジネス取引の方が域内企業との取引よりも簡単で収益性が高い」などの声が多かった。

欧州議会、欧州経済社会委員会、加盟各国の財務相の代理人が構成する税制グループは、EUのVAT制度改革の必要性をあらためて認識、同時に欧州委は、VAT制度の経済的側面からの見直しを実施し、今回の発表に至った。

VAT制度の改善は、VATの未徴収額(VAT総収入のうち約12%に上る)を減らすことにもつながる。

<ワン・ストップ・ショップ制度の導入を提案>
VAT制度はEU共通の制度だが、現実には加盟国の裁量が大きい。収集した意見の中には、加盟国で異なるVAT申告業務は複雑で負担だという声が多かった。また、欧州委によると、コンプライアンスコスト(VAT申告・管理業務で発生する費用)はVAT総収入のおよそ2〜8%に上り、特に中小企業にとっては負担が大きい。

こういった課題を解決し、VAT登録・申請手続きの簡素化を促すため、欧州委は「ワン・ストップ・ショップ(OSS)」制度の導入を提案しており、優先度も高い。OSS制度は、多数の加盟国の消費者に対してサービスを提供している場合、それぞれの加盟国で登録・申告しなければならないという事務負担を軽減するため、1つの登録加盟国を選択して一括して申告し、登録加盟国がその徴収した税をほかの加盟国に分配する仕組みだ。

15年からは、最終消費者に対して提供される情報通信サービス、テレビ・ラジオ放送サービス、電子取引サービスでOSS制度が導入される予定。欧州委は、とりわけ中小企業にとって費用軽減につながる同制度が重要との考えを示している。

また欧州委は、より正確で信頼性の高い、タイムリーなEU加盟国のVAT制度情報を公開するポータルサイトの構築を提案している。同サイトには、加盟各国のVAT登録、請求、還付、VAT率、VAT控除の条件などを複数言語で掲載する予定。

VAT制度の管理改善を目指し、今後も欧州委と利害関係者間の意見交換の機会を積極的に設け、VAT規則の関連情報を公開していく。また、12年中に、欧州委、加盟各国、利害関係者の3者間のEU・VATフォーラムを立ち上げ、VAT管理上で発生する問題など具体的な事例について意見交換できる場を設けるとしている。

<VAT率の差異縮小で域内貿易は増加>
寄せられた意見には、加盟各国間で異なるVAT率が余分な費用を生じさせているとの声が多かった。欧州委は、過大に見積もっている恐れはあるとしつつ、VATの差異を50%減少させることは、域内貿易9.8%増、GDP1.1%増につながるとしている。

また、軽減税率が必ずしも必要とされる分野で導入されていないことを指摘し、以下の軽減税率の見直しを検討している。

○域内市場の適切な機能に障害となる軽減税率の撤廃。例えば、過去には必要と認められたが、現在の経済、ビジネス、法規制の環境に見合わない軽減税率など。
○EU政策上、消費が奨励されていないモノやサービスなどに導入されている軽減税率の撤廃。例えば、環境、保健、厚生分野で有害なモノやサービスなど。
○類似するモノやサービスは同じVAT率を適用する。

欧州委は、課税標準の拡大と軽減税率の限定的な適用により、低コストで税収を増大させ、VAT制度の効率性向上を図るとしている。軽減税率の限定的な適用については、12年に現行のVAT率を見直し、利害関係者・加盟国と協議の末、13年末までに提案書を作成する。

また、課税標準の拡大については非課税対象の見直しを行う。特にこれまでいくつかの加盟国で非課税扱いになっている乗客輸送サービスは、単一市場での競争をゆがめるとしている。乗客輸送サービスが課税対象になっている加盟国では、原産地ルールの複雑さがコンプライアンスコストを増加させ、申告の誤りにつながる可能性もある。欧州委は、より中立性の高い、より簡素な乗客輸送サービスのVAT制度を提案する予定。

また、免税や軽減税率の対象を減らす一方、課税対象を広げることで、税収には影響を与えずに税率を引き下げることができると説明している。

<脱税対策の強化を検討>
VATの仕組みを悪用した脱税対策を強化するために、提案書は以下の具体的な行動を検討している。

第1に、VATの不正取引に迅速に対応できるメカニズムを構築する。欧州委は、法規制の改正などの手続きが柔軟でないことから、突発する脱税行為への対応が不十分と指摘している。多くの加盟国は、自国内で一時的であっても法的手段を使ってVATの不正取引に迅速に対応し、抑止できる仕組み作りの重要性を唱える。これらを踏まえ、欧州委は迅速対応メカニズムの提案を12年に提出する。

第2に、脱税対策のため10年に立ち上げられたEurofisc(注)の強化を掲げている。さらに長期的には加盟国の税務当局の専門家を集めた国際会計監査チームの立ち上げなども検討しており、多国間での監査強化を目指すとしている。

現行のVATの自己財源に関する理事会規則1553/89の12条では、欧州委は加盟国のVAT管理状況や改善の可能性について定期的に報告することになっている。次回の報告時には、各税務当局の能力を評価するベンチマークを作成し、監視をさらに強化する。

<消費地課税で統一へ>
これまで、課税地の統一については、原産地課税か消費地課税かで大きく意見が分かれていた。欧州委は、原産地課税主義への移行を目標として掲げていた。事業者の立地場所で申請手続きが統一され、事務の簡素化につながるなどがその理由だ。しかし原産地課税は、加盟各国で税率が異なる場合には公正な競争市場を形成できない。加盟国間での税率の統一は、まだ困難なこともあり、最近の加盟国との議論でも、原産地課税主義への移行は政治的に難しいことが確認された。

これは原産地課税主義の熱烈な支持者である欧州議会にも認識されており、欧州議会自身、消費地課税に傾きつつある。また、利害関係者も消費地課税を受け入れる姿勢を示しているという。そのため、欧州委は、原産地課税方式を目指すという目標を正式に捨て去り、消費地課税方式に転換していくとの結論に至ったと表明した。

既にサービス提供の課税地については、消費地課税への統合が先行的に進んでいる。VATパッケージ(EU理事会指令2008/8で導入されたVAT制度改正の総称)により、10年1月1日以降、事業者間で行われるすべてのサービスの提供の課税地を原則的にサービス受益者の所在地としている。また、BtoC取引のうち、電子サービス取引については、現在は域内取引について供給地の税率が適用されているが、15年以降はEU域内外を問わず、受益者の所在地がVATの課税国になる。

(注)加盟国の税務当局間でVAT脱税を検出するネットワークシステム。

(小林華鶴)

(EU)

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