節税策でコストダウンを−中国社会保険の問題点(2)−
広州発
2011年11月02日
個人所得税法の改正と社会保険法の施行により、外国籍就業者を抱える在中国企業の税負担が増加することになった。これに対して、節税などコスト削減策はあるのか。9月22日に広州で開催したセミナーではデロイト トウシュ トーマツ会計士事務所の板谷圭一氏が「新増税時代の中国における駐在員管理」と題し、増税のインパクトとコスト削減案を紹介した。連載の後編。
<日本人駐在員1人当たり約47%の負担増と試算>
板谷氏はまず、個人所得税法改正と社会保険法について以下のとおり解説した。
2011年9月1日に改正された個人所得税法のポイントは、高所得者に対する実質増税と低所得者に対する減税だ。累進課税は改正前の9段階から改正後の7段階に縮小され、会社負担分の個人所得税は税引き後月額給与所得が1万5,255元(1元=約12.3円)以上になると増税になる。このため、多くの日系企業にとって負担が増加する。
11年7月1日施行の中国社会保険法では、外国籍就業者の社会保険加入について強制か任意かを明記していなかった。しかし、10月15日施行の「中国国内で就業する外国人の社会保険参加暫定弁法」で加入すべきことが明記され、日本人駐在員や日本人現地採用者の社会保険への加入が義務化された。
外国籍駐在員を抱える企業の増税インパクトを、日本人駐在員の手取り月給を3万元と仮定して試算した。第1段階は個人所得税改正による増税で約8%増、第2段階は個人所得税改正増税に外国人就業者の中国社会保険加入20%が加わり、約28%増になる。さらに、第3段階はこの約28%に日本で払った社会保険料の会社負担分に対する中国個人所得税課税が加わることで最大合計約47%増になる。
<社会保険料個人負担分への課税>
個人所得税法実施条例(第25条)によると、社会保険の雇用主負担分は非課税、個人負担分は所得控除できる。しかし、日系企業は個人負担分を給与に上乗せして支給していることが多いため、雇用主負担と見なされる恐れがあり、対策が必要になる。このケースに対する規定はないが、個人で負担すべきものを雇用主が負担するのは個人所得税の課税対象になることもある(広州市税務局の回答)ので、所轄の税務局への確認が必要だ。
日本国内の社会保険料は、会社負担分について日本本社が中国の子会社に請求していない限り課税する必要がなかった。しかし、11年1月にこの制度は廃止され、a.明確な規定がないので今までどおり課税しない、または、b.課税する、という2つの理解があるのが現状で、所轄税務局への確認が必要だ。
<4つの節税対策案>
板谷氏は、日系企業の今後のコスト削減に関して、個人所得税納付と社会保険料支払いとの関係から以下の4つの対策を提示した。
(1)中国社会保険の掛け捨て対策
中国の社会保険は、養老・失業・基本医療・労災・出産の5項目が設定されている。日本人駐在員は駐在期間が15年未満のことがほとんどなので、養老保険が掛け捨てになってしまうケースが多い。
この対策として、帰国の際に、中国の社会保険を脱退し、脱退一時金として個人負担分の一部だけを返金してもらう方法がある。中国に再び駐在する可能性がある場合は、社会保険を保留したまま帰国することもできる。この場合、養老保険の個人積み立て部分を預金的に保留しておくことも考えられる。
(2)中国就業以外の所得に対する課税対策
中国駐在が連続5年を超えている場合、全世界所得課税扱いとなる。全世界所得課税とは、中国での就業に関係ない所得に対しても課税される扱いだ。例えば、日本の不動産を貸して賃料所得がある場合にも課税される。
この対策として、全世界所得課税扱いの条件となる連続5年間の駐在をリセットする方法がある。中国大陸から出国して連続30日間以上大陸に入国しない、または年間90日以上(連続でなくてよい)出国しているとリセットされ、連続5年間が途切れる。出国先が香港、マカオ、台湾でも適用される。
(3)会社の負担額を減らすローンボーナスの採用
賞与の給付をローンボーナスに変更する手法が挙げられる。日系企業では現在、日本人駐在員の給与の手取りを保障するために、会社が個人所得税を負担しているケースが多い。この結果、会社が支払っている税金も個人の所得だとみなされ税負担額が大きくなっている。
ローンボーナスは、会社が個人の税を負担するのでなく、会社が個人に税負担額を貸し付けて、毎月個人が納税することで、税負担額を減らす方法だ。個人は貸付額が毎月増えるが、駐在が終わった時点で会社が貸し付け分をボーナスとして支払うことで清算する。この方法を採用する場合、従業員への説明や社内規定に注意した上で採用する必要がある。日系企業が採用するケースは少ないが欧米企業には多い。
(4)手当の課税対策
会社が所得でなく手当として支給している金額も課税対象になっていることがある。例えば、住宅手当を個人に支給する場合は課税対象になる。この場合、会社が直接オーナーと契約するか、または個人が契約したとしてもオーナーから領収書を受領して課税対象から外すことなどにより、課税額を減らすことができる。
<納付額や方法は地方税務局の管轄>
講演後の質疑応答では、社会保険給付の年齢制限、社会保険の納付方法などについて質問が出た。外国人の社会保険登録は市レベルの社会保険局の管轄だが、納付額や方法については税務局の管轄だ。華南地域では珠海市や恵州市の税務局が細則を発表する見込みだが、そのほかの各市では検討中というように、各地で発表時期や内容が異なるようだ。
外国籍就業者の中国社会保険加入については、各地で異なる状況が存在し、内容の多くが明らかにされていない。また、事業コストに大きな影響を与える問題だけに、進出日系企業の関心も高い。今回、社会保険納付と個人所得税納税などについて提示された節税策は、進出日系企業がとり得る対策ではあるが、日本本社の協力も必要になる。今後も人件費などコストが上昇する一方の事業環境下で、数少ないコストダウン方策の1つとして来場者から高い関心を集めた。
(森路未央)
(中国)
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