外国人管理・専門職のEP発給基準を再度引き上げ

(シンガポール)

シンガポール発

2011年08月26日

管理・専門職向けの外国人就労許可証「エンプロイメント・パス(EP)」の発給基準が、2012年1月1日から引き上げられる。EPの発給基準は11年7月に見直しされたばかり。基準の強化は、地元の管理・専門職種の雇用機会を守ると同時に、外国人労働者を全労働人口の3分の1に抑制するという政府方針に基づく措置だが、経営者側にとっては雇用コストが増えるとの懸念もある。

<基本月給と学歴基準を変更>
人材省は、管理・専門職種にEP、中技能向けに「Sパス」、建設労働者や工場労働者など低技能向けに「ワーク・パミット(WP)」と、外国人の技能や学歴、賃金に応じて異なる種類の就労許可書を発給している。そのうちEPの発給基準の基本月給と学歴基準を、12年1月1日から引き上げると8月16日に発表した。EPの発給基準は11年7月に引き上げられたばかりだ(2011年4月5日記事参照)

人材省によると、EPの中でも基本月給の低い「Q1」パスと、中間の「P2」パスの基準が、12年からの新規申請者に対し引き上げられる(表参照)。Q1パスについては、学歴条件を厳格化し、「良質な教育機関(注)」を卒業した外国人が対象となる。また、新卒者と職務経験者を分け、大学新卒者については、月給3,000シンガポール・ドル(Sドル、1Sドル=約64円)以上で良質な教育機関を卒業した者とする一方、職務経験者については職歴に応じたより高い月給を得ることが条件となる。ただ、人材省は、EP申請者が新基準を満たさなくても、「豊富な職歴と、特別な技能を持つ場合、ケース・バイ・ケースで対応する」としている。

EPの対象となる基本月給の下限変更

既存のEP保持者については、段階的に新基準が適用される。既存のEP保持者でパスの有効期限が12年1月1日前に切れる場合には、11年7月以前の発給条件で1回限り(最長2年間)の更新が認められる。また、パスの有効期限が12年1月1日〜6月30日に切れる場合には、11年7月から12月末までの発給条件で1回限り(最長1年)の更新が認められる。さらに、パスの有効期限が12年7月1日以降に切れる場合には、新基準が適用される。

<国民の就労機会確保が狙い>
政府は10年から、新しい経済戦略に基づき、国民の労働生産性を引き上げるために外国人労働者への過度な依存を抑制し、外国人労働者を全労働人口の3分の1に抑えるという目標を設定した。このため、低熟練外国人労働者向けのWPと中技能のSパス保持者を採用する企業に課す外国人雇用税を13年7月まで段階的に引き上げるほか、11年7月からは幹部・専門職のEPについても発給基準を引き上げた。しかし、リー・シェンロン首相は8月14日、施政方針演説に相当する独立記念集会(ナショナル・デー・ラリー)での演説で、中間レベルの外国人就労者受け入れをさらに調整する必要性に言及していた(2011年8月18日記事参照)

人材省はEPの発給基準を再強化する理由について、「国民が職歴を重ねて昇進するのに応じた賃金の上昇を保証するためにも、EP保持者の給与を(国民よりも)低いままにして、国民が不利にならないようにする」と説明した。人材省の10年度(10年4月〜11年3月)賃金調査によると、4年制の地元公立大学新卒者の初任給は平均で2,615〜3,281Sドルと、EPのQ1パス保持者とほぼ同水準にある。11年の大学進学者は過去最高の約1万2,000人に増えた。人材省によると、国民(永住権取得者含む)で幹部職・専門職種に就く人は10年6月末時点で約65万人と、全労働人口(外国人除く)の約33%を占める。

リー首相は14日の演説で、15年までに大学進学者を年間1万4,000人に増やす方針を表明しており、大卒者の増加で専門・幹部職種に就く国民は今後さらに増える。今回EPの発給基準となる月給を引き上げることで、管理・専門職種への国民の就労機会を確保したい考えだ。

また、今回のEPの発給基準強化は、11年5月7日の総選挙で外国人労働者への不満が表面化したことへの対応だとの見方がある。総選挙では、与党・人民行動党(PAP)が政権を維持したものの、得票率は独立以来最低だった(2011年5月12日記事参照)。しかし、ターマン・シャンムガラトナム副首相兼財務相兼人材相は8月16日の記者会見で、「すべてを政治的判断で行っているわけではない」と述べ、そうした見方を否定している。

<雇用コスト上昇の懸念も>
EP保持者は10年末時点で約14万2,000人。このうち、12年1月から適用される新基準でEPの基準を満たせなくなるのは約3万人と推定されている(「ビジネス・タイムズ」紙8月17日)。経営者が今後、EPの新基準を満たせなかった外国人の雇用を継続する場合には、給与を引き上げるか、Sパスを申請することになる。ただSパスは、全従業員の25%と採用枠が決まっている。また、11年度政府予算では、Sパス保持者を雇用する経営者に課される外国人雇用税の引き上げが盛り込まれたことから(2011年3月2日記事参照)、Sパス保持者の雇用コストは今後増加する。

人材省の11年第2四半期の雇用統計(7月29日発表、速報値)によると、11年6月末時点の失業率(外国人含む)は2.1%(季節調整済み)と、3月末(1.9%)に比べて上昇したものの、雇用市場はほぼ完全雇用状態にあり、労働需給はタイトになっている。特に国内での人材確保が厳しいサービス業分野など、外国人に依存せざるを得ない業種では、今回の発給基準引き上げで雇用コスト負担が増えるとの懸念もある。

シャンムガラトナム副首相は記者会見で「今回の発給基準見直しは最後ではない。地元労働者の給与が上昇するのに合わせてEPの発給基準を強化することで、地元労働者の所得向上を保証したい」と強調した(「ストレーツ・タイムズ」紙8月17日)。

(注)人材省はEP申請に当たり考慮する国別の認定大学リストをウェブサイトで公開している。12年1月からの発給基準見直しで大学リストも見直される可能性がある。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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