政治・経済政策は安定化重視にシフト−セミナー「混迷を極める中東情勢〜今中東で何が起きているのか〜」−

(北アフリカ、中東、エジプト)

中東アフリカ課

2011年04月06日

チュニジアとエジプトで長期政権が崩壊して以降、民主化を求める動きが各地に飛び火し、リビアやバーレーンなど中東・北アフリカ諸国の政情が不安定化している。ジェトロは3月末にセミナー「混迷を極める中東情勢〜今中東で何が起きているのか〜」を東京で開催した。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループの土屋一樹研究員によると、エジプトでは今後、短期的には経済成長よりも財政支出拡大による安定が優先される見込みだという。

エジプトの政変と今後の展望について解説した土屋氏の講演要旨は以下のとおり。

<政治・社会・経済的不満の蓄積が政変呼ぶ>
2月の政権崩壊に至る背景としては、政治参加の限界に対する国民の不満の高まり、民主化運動の出現と労働争議の政治化といった社会運動の高まり、政府の経済成長優先策への不満の高まりがある。

特に、2010年11〜12月に実施された人民議会選挙で、国民の政治参加の限界が決定的になったことが政変に大きく影響している。選挙前にはムスリム同胞団員が1,200人以上逮捕され、投票を前にムスリム同胞団とワフド党がボイコットし、選挙は与党国民民主党(NDP)の圧勝に終わった。抑圧的な選挙に対し、国民の間には「もう政府は信頼できない」との不満が急激に高まった。

また、05年以降にそれまでまれだった民主化運動が出現した。07年以降は労働争議が急増し、ムバラク政権とつながりの深いエジプト労働組合連合に属さない独立系の労働組合が組織され、ムバラク政権が徐々に不満を抱える国民を統制しきれなくなっていた。

このほか、24歳以下が半分を占める人口構造や、近年のIT機器の普及などの社会的要因も、政変を後押しした。

<政変後は安定・再分配・経済刺激策を優先>
政変後のエジプトの経済政策としては、短期的には、成長よりも安定が優先される傾向が強まる。中長期的には公正な競争を前提とする成長政策、経済改革の再開、財政再建などに重点が移されていくだろう。

エジプトは、ナジーフ内閣(04〜10年)時に、投資受け入れ拡大などの成長重視政策をとってきた。その結果、経済成長は加速し、07/08年度(07年7月〜08年6月)には実質GDP成長率は7.2%(中央銀行)と、20年ぶりの高成長を記録した。

ただ、安定や平等よりも成長を重視した結果、格差が拡大した。総人口の40%が1日2ドル以下の生活をしているともいわれる中、00年代後半にはショッピングモールや外国のブランド店が並び始め、カイロとアレクサンドリアを結ぶ道路沿いには豪華な邸宅が次々に建てられるなど、カイロでは特に目に見えて所得格差が出てきた。また、07/08年度には都市部のインフレ率は20.2%(中央銀行)に達し、物価高騰も庶民の生活を圧迫した。

08年ごろから政府も平等政策を重視し始めていたが、成長の恩恵を受けられない層の不満は、慢性的な高失業率と物価高騰により急速に蓄積されていった。

<新・暫定内閣には著名経済専門家を2人登用>
政変後の、安定化や平等化重視の傾向は、内閣の顔ぶれからも読み取ることができる。

ムバラク政権時代に就任したシャフィーク首相が3月3日に辞任したことを受け、新・暫定内閣(首相:元運輸相のシャラフ氏)が3月7日に発足した。この内閣は前内閣に比べ、幅広く人材を登用している。

ともに行政経験はないが、著名な経済学者のラドワン財務相とアブドゥルハーリク社会連帯相の入閣は注目される。特に左派タガンマア党所属で、社会主義的政策で知られるアブドゥルハーリク氏が、低所得者層支援を担当する社会連帯相になったことは特筆すべき点だ。これに加え、成長と経済格差を生んだ存在とみられた投資省を廃止したことは、改革志向の封印を示唆している。

暫定内閣は2月以降、公務員賃金・年金支給額の15%引き上げや、食料補助制度への予算積み増し、国産小麦・トウモロコシ・砂糖などの買い上げ価格の引き上げなどを打ち出している。今のところ60万人規模の非正規公務員の正規化以外、新鮮味はないが、04年以降凍結してきた高校や大学、専門学校などの卒業者の政府部門への雇用保証も再開し、まずは安定化のための応急策を取っている。失業者数は230万人とされているが、既に政府部門の募集に700万人もの申し込みがあった。

<今後も続く民主化プロセス>
安定化には、ムバラク体制下での腐敗や不正の訴追も進める必要がある。これは一部では既にスタートしている。企業の上層部には、国有・民間ともにムバラク氏に近い人物も多く、資金の私的流用疑惑などもある。2月上旬に拡大した労働争議でも、ムバラク体制下での腐敗や不正の訴追は、賃上げや正規雇用とともに要求に挙がっていた。

憲法については、改正案(大統領候補資格、大統領任期、選挙監視体制ほか計9項目が対象)が3月19日に国民投票にかけられ、77.2%の賛成多数で可決された(2011年3月24日記事参照)。投票率は41.2%と非常に高かった。これまでは、例えば人民議会選挙の投票率が公式には35%とされても、人権団体によると、10〜20%は水増しされていたといわれたが、今回の数値は比較的信頼できるものだ。

今後の一連の民主化プロセスについては、軍の最高評議会が人民議会選挙を11年9月に実施すると発表した。大統領選挙は、11年12月に行われるとの見方がある一方で、報道などでは12年半ばにずれ込む可能性も指摘されている。

憲法改正の国民投票、人民議会選挙、大統領選挙の3つが終わって、はじめて非常事態が終了する。これらのプロセスが無事に終了するかが、今後のエジプトの安定化を占う上で重要になる。

(長谷川梢)

(エジプト・中東・北アフリカ)

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