東レ、炭素繊維の産業用途拡大を加速−欧州の新ビジネスモデルを探る(7)−
ブリュッセル発
2011年03月28日
東レは1月24日、ドイツのダイムラーと炭素繊維複合材料(CFRP)製自動車部品の製造・販売合弁会社を3月に設立すると発表した。東レのヨーロッパ地区全般統轄補佐兼欧州事務所主幹の紙野憲三氏(ロンドン駐在)と、欧州での炭素繊維事業の拠点であるフランスのSOFICAR取締役の堀勉氏に、炭素繊維事業や欧州での取り組みについて聞いた。
添付ファイル:
資料( B)
<炭素繊維の産業用途拡大、ボーイングと単独契約>
紙野氏によると、世界の炭素繊維生産の7割を日系3社(東レ、東邦テナックス、三菱レイヨン)が担っており、中でも東レグループは世界生産の4割を占めるという。同社は40年前に炭素繊維を本格事業化し、今では炭素繊維複合材料事業を戦略的拡大事業ととらえ、グリーン・イノベーション・ビジネスの中核素材として、ワールドワイドに垂直統合型ビジネスを展開している。炭素繊維は製造段階で二酸化炭素(CO2)を多く排出するが、炭素繊維を利用した自動車や航空機は軽量化により燃費が大幅に改善し、CO2排出量を削減できる。ライフサイクルでみれば、CO2削減につながると強調する。
炭素繊維「トレカ」は70年代、主にゴルフクラブのシャフトなどスポーツ用品に採用されたが、80年代になると航空機(垂直翼など)に用途が広がった。航空機の軽量化に向けて炭素繊維の使用は現在、本格的な拡大期を迎えている。
東レは2006年4月、ボーイング787向けの炭素繊維複合材料に関する16年間の単独長期供給契約をボーイングと締結した。これに続き、10年5月には欧州EADSと、エアバス向けプリプレグ(炭素繊維に樹脂を含ませた中間製品)供給に関する25年までの長期供給基本契約を締結した(添付資料参照)。
単独契約は非常に責任が重くなるが、紙野氏は「生産拠点が3地域にあるため、供給責任を果たせると判断した」と説明する。1次/2次構造材に約35トンのCFRPを採用したボーイング787は、当初計画より2年半ほど遅れるが、11年第3四半期には全日空に引き渡しが行われる予定だという。
また、エアバス320にはCFRPが1機当たり数トンしか使われていないが、エアバス380では35トン、それより小さいエアバス350でもCERPの利用率が高まり、機体重量の50%に使われる予定だ。
<ダイムラーとCFRP製部品の製造・販売合弁会社を設立>
東レが航空機の次に力を入れるのは、今回ダイムラーとの合弁会社を設立する自動車分野だ。欧州では12年以降に、自動車のCO2排出規制強化の動きがあり、CO2の排出削減に苦労する大型車メーカーには軽量化への切実な思いがあるという。特に、ダイムラーは欧州の中でも1台当たりの平均CO2排出量が最も大きく、欧州運輸環境連盟の発表によると、09年で1キロメートル当たり167グラムで、この数値を12〜15年の間に140グラムまで下げなければならない。
こうした事情もあり、東レはダイムラーとCFRP製自動車部品の製造・販売会社を11年3月に設立、12年初頭からダイムラー向けに部品供給を開始する予定としている。同合弁会社には、東レが50.1%、ダイムラーが44.9%、その他が5%出資する。東レが素材を提供し、東レとダイムラーが持つ技術を融合して、圧倒的な短サイクルで成形品を製造するという。
東レの試算によると、自動車の車体全体の17%をCFRP化することで、車体重量を30%軽量化できるという。1,380キログラムの自動車が970キログラムまで軽量化されることになる。
CFRPの自動車用途の需要が拡大する見込みだとはいえ、これまではランボルギーニやフェラーリなどの超高級車への採用に限定されており、ようやくベンツやBMWなど1,000万円クラスの車に採用されはじめたところだ。最終的には500万円クラスへの浸透を図ることで需要の拡大を狙う。ダイムラーとの合弁会社設立もその目的に沿ったものだという。
また紙野氏は、自動車用途の拡大には、プロセス開発とともに、サプライチェーンを統合して付加価値を引き上げることが必要になる、と指摘する。そのため東レでは、航空機や自動車関連産業が集積する名古屋地区に、樹脂応用開発センターのほか、自動車メーカーのワンストップショップとなり、自動車の設計段階から入り込むためのオートモーティブセンターを設立した。また09年4月には、アドバンスドコンポジットセンターを設立し、CO2排出量削減に向け各国が力を入れる電気自動車や燃料電池車の軽量化に向けたコンポジット技術開発などを行っている。
<韓国に炭素繊維の新たな生産拠点を設置>
SOFICAR取締役の堀氏は「炭素繊維はプリカーサ(アクリル系)に高温高圧をかけて『炭』にしたもので、本来は曲がらない『炭』を微細な結晶構造を制御して強度を高め曲げられるようにしており、ノウハウの固まり」と説明する。技術的に軍需への転用も可能なため、ノウハウが流出しないよう技術管理を行うことが重要だという。そのため、輸出管理がしっかりしている国を生産拠点に選択してきており、欧州ではフランスのSOFICAR(82年設立)で事業を行っている。SOFICARはフランス南西部アビドスに生産拠点を持ち、年間の炭素繊維生産量は5,200トン、東レ・グループ全体(1万7,900トン)の約30%を占める。
東レはこれまで、日本・米国・フランスの3極体制で炭素繊維を生産してきたが、11年1月、炭素繊維の今後の需要増に備えて、韓国の慶尚北道亀尾市に、最新技術を導入した炭素繊維の量産工場を建設すると発表した。13年1月から稼働する予定。
新たに韓国を選択した理由として、a.中国市場が近く、また韓国市場の拡大も期待される、b.法人税や電力が安く、立地優位性があり、世界で最も安い製造拠点になる、c.韓国の積極的な自由貿易協定(FTA)戦略を見込んで、将来的な輸出拠点としても最適、と判断したという。
欧州では07年までは、EU拡大に伴う市場拡大と、EU市場の統合深化への対応がビジネス上の主要課題だった。しかし、EUは27ヵ国になり、拡大は一段落。08年の金融危機と09年の景気後退で従来のビジネスモデルが大きく揺らぐ中、欧州企業も日本企業と同様にアジアの成長活力を自社ビジネスに取り込もうと模索している。新たなビジネスチャンスとして、環境分野や新素材分野にも多くの企業が注目している。東レの炭素繊維事業もそうした取り組みの1つとして注目される。
(田中晋)
(欧州)
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