外交立て直しへ−ジャスミン革命後の周辺国の動き(1)−
パリ発
2011年03月03日
チュニジア情勢混乱の長期化や政変の周辺国への影響が広がっている。政変とその後のフランスやマグレブ諸国の動向について、2回に分けて報告する。
<外交の立て直しに苦慮するフランス>
フランスでは、チュニジア政変への対応をめぐって外相や大使の不適切な言動が物議を醸した。アイオマリー外相(当時)は、2010年末のクリスマス休暇でベンアリ前大統領の一族に便宜を受けていたという疑惑や、国会で「フランスは、チュニジア治安当局への研修支援実施の用意がある」と当時のベンアリ政権を擁護するような発言をしたことで批判された。
また、2月16日に任命されたばかりのボリス・ボワロン駐チュニジア大使は、チュニジアの新聞記者によるアイオマリー外相の言動に関する質問を軽視する発言をし、国内外から非難を浴びた。アイオマリー氏は2月27日、外相を引責辞任した(2011年3月1日記事参照)。
一方、対チュニジア外交の正常化を図る目的で2月22日、政変後初めて、ラガルド経済・財務・産業相とボキエ欧州問題担当相が政府代表としてチュニスに派遣された。政府は2月14日に臨時援助金として、35万ユーロの支援を発表している。ボキエ担当相は、貿易・投資強化に向けてEUが検討しているチュニジアへの「特別の地位」供与の早期実現に向けて、EU内で積極的に努力するとしている。
チュニジアとフランスは重要なビジネスパートナーだ。チュニジアには1,250社ほどのフランス企業が進出しており、雇用者数は11万人を数える。また、フランスから毎年平均140万人の観光客が訪れている。政変の影響でチュニジアへの旅行は制限されていたが、2月12日に制限は解除された。
<チュニジア:国内体制の混乱続く>
チュニジアの治安は沈静化の方向にあるものの、国内の体制は混乱している。2月6日に臨時政府のウネイエス外相(当時)は、アイオマリー外相の招待でフランスを訪れた際、国内外の非難を受けていたアイオマリー氏を支持し、チュニジア政変に対して否定的な発言を行ったことで、国民から大きな批判を受けた。ウネイエス氏は2月13日に外相を辞任、2月21日には後任としてムルディ・ケフィ氏が就任した。
チュニジアは、2月20日、サウジアラビアのジッダで危篤状態に陥っているベンアリ前大統領の処遇に関し、生死を問わず本国へ帰還させるよう正式に要求した。レイラ・トレベルシ夫人の本国送還も要求している。また、公金横領・汚職調査委員会によって、チュニス北部の郊外シディ・ブ・サイドにある前大統領宮殿にベンアリ一家が隠し持っていた財産の一部が国営テレビで公開された。チュニジア中央銀行の推定では1億7,500万ユーロに相当する。同委員会のアブデルファタ・オマール会長は、これらの財産は中銀が押収し最終的には国民に還元されると述べた。
国内の治安は沈静化の方向にあったものの、臨時政府に対する国民の批判は収まらなかった。2月20日にはチュニスのハビビ・ブルギバ通りで「議会制」、「新憲法の制定」、「司法の独立」と「ガンヌーシ首相退陣」を求めて約4,000人が街頭デモを行った。
ベンアリ前政権時代から反政府運動を行ってきたラディア・ナスラウイ弁護士は、チュニジア労働者共産党の広報官で夫でもあるハンマ・ハマミ氏とともに、「今後の緊急課題は政治・司法体制の全面的見直しと、民主的憲法を打ち立てること。国民は議会制を望んでいる。ガンヌーシ首相が率いる臨時政府は、このまま政権にとどまることで革命が完結するのを阻もうとしている」(「ル・モンド」紙2月24日)と警告、チュニスでは25、26日も、ガンヌーシ首相の辞任を求めるデモが発生し、同首相は27日、ついに辞任を表明した。
ガンヌーシ前首相は2月10日、3月最終週にカルタゴで「チュニジア経済政治改革国際会議」を開催すると発表し、日本にもハイレベルの出席を要請していた。経済の立て直しのため外資の導入を期待するとして、政府は同会議への主要国の参加を要請していたが、これは臨時政府を主要国に認めさせ、旧体制派が政権にとどまるための動きともとらえられていた。
(渡辺智子)
(フランス・チュニジア・中東・北アフリカ)
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