国内に目立った動きなし−中東情勢の影響−

(北アフリカ、サウジアラビア、アフリカ)

リヤド発

2011年02月24日

チュニジアに端を発した中東・北アフリカ地域に広がる反政府デモや集会が隣国バーレーンに及んでいる現在でも、国内には目立った変化は起きていない。ただし、バーレーンでの反政府デモの拡大を受けて、国境を接する東部州では、出入国の手段、従業員の通勤などで一部駐在員や従業員の生活に影響が出ている。中東地域の反政府運動の広がりに対する国内の反応とバーレーンの影響を報告する。

<国民はおおむね現在の生活レベルに満足>
国内メディアは、情報統制されていることもあり、チュニジアやエジプトでのデモや騒乱について淡々と外電ベースで事実関係を伝えるにとどまり、王政批判や政治改革などを訴える報道は一切行っていない。政治的な問題で政府高官や有識者がコメントを公に発表することもほとんどない。従って、一連の中東各地での動きに対し、国民がどのようにとらえているのか、メディアを通じて把握するのは難しい。

筆者は1月以降、当地の官公庁、政府機関や商工会議所、民間企業に勤める十数人に、今回の動きについてどう思うかを取材してきた。対象は、中堅以上から幹部クラスが多く、経済的にも豊かな生活をしている層なので、全体の声を反映しているとは言いにくいが、コメントはほぼ同内容で、一般的な国民の声を代弁していると理解していいと思われる。要約すると以下のようになる。

(1)サウジアラビアは、騒動が起こっているほかの国とはあらゆる面で違う(全く問題ない)。
(2)相対的に国内には貧富の差が少なく、生活は豊かで、多くの国民は現在の生活レベルに満足している。
(3)国王は国民の尊敬を集めており、一般国民が期待しているさまざまな改革(教育・政治改革、女性の教育・就業機会の拡大、若年層の人材育成と就業機会の拡大、産業の多角化、地方の開発など)を進めており、ほとんどの国民はこれらの動きを支持している。サウジは単なる独裁国家ではない。
(4)基本的に部族社会で、混乱よりも秩序を重んじ、平和と安定を重要視する。

取材相手全員が国内の安定には自信を持っており、これらの声を聞くかぎり、チュニジアやエジプトでみられたように、若者や知識層がネットを使って反政府ののろしを上げるような大衆的な動きが起こるとは考えにくい。ただ、一部にはブログを使って集会を呼び掛ける動きもあり、社会の動きを注視することは必要だ。

<国王の指導で改革は着実に進展>
確かに、欧米流の民主主義は確立されておらず、国会に当たる諮問評議会議員は選挙で選ばれるのではなく国王が任命している。また、女性が自動車を運転することは禁止され、就業機会も限られている。地方議会への参政権も認められていない。イスラムでも厳格なワッハーブ派が奉じられているため宗教勢力が力を持っており、総じて保守的で改革を進めにくい社会構造になっている。

しかし、当地に住んで社会をみていると、いろいろな局面で国王の指導力によって、少しずつではあるが、着実に改革が進んでいることを実感する。女性の社会進出についても、最近では労働省が民間企業の工場にサウジ人女性を雇用するよう働き掛けている。これも国王の意向とされる。

次の地方評議会議員選挙には、女性の参政権が認められるのではないか、という期待もある。2009年9月には国内初の男女共学大学院も設立され、また現在、学生数が4万人になる巨大な女子大学の建設も進んでいる。多くの国民は、このような国王の努力を認め、支持している。

<国王の帰国に合わせ懐柔策も>
さらに、近年の油価の高騰に支えられた潤沢な国家収入がある。ほかの国の騒乱では食料価格など物価の高騰も一因とされているが、それらを補助金で抑えられるだけの十分な資金がある。これも、安泰だとされている理由の1つだ。

以上のことから、肌での感覚としても、国内で反政府行動が高まる可能性は低いと思われる。

折しも、10年11月22日に出国し米国で手術、その後米国やモロッコで長期療養中だったアブドゥッラー国王が2月23日に3ヵ月ぶりに帰国し、国内では街中に国王の写真と国旗が掲げられ、歓迎ムードであふれている。2月26日には、国王の帰国を祝い、官公庁、学校などすべての公的機関を休日とすることが発表された。

また、この機会をとらえて、公務員の給与アップ、海外私費留学生への国庫補助、失業中の若者への特別手当の支給などを定めた勅令が発布されたという。これらは危機感の表れともとれるが、タイミングを見計らって国民の不満が拡大しないよう対策を講じるしたたかさをみせている。

<バーレーンでの反政府デモの影響は限定的>
バーレーンのシーア派による反政府運動は、東部州を中心に人口の10%弱のシーア派住民を抱えるサウジにとって、政治的には無視できない出来事だ。しかし、国内のシーア派がこれに乗じて反政府運動を起こす気配は今のところない。2月17日、ロイターが東部州の都市カティーフ近くでシーア派住民による小規模なデモが発生したと報じたが、政府は否定している。報道では、裁判なしに拘束されたままの仲間の釈放を要求したとされているが、たとえデモが事実だとしても、反政府デモとは質的に異なると当地ではとらえられている。

東部州に進出している日系企業数社に確認すると、工場の操業やビジネスへの影響は今のところないという。ただ、入国する手段として、空路でバーレーン空港に降り、空港からコーズウエーを利用して陸路で入国するのを見合わせ、ダンマン国際空港を利用するように変更している企業はあるようだ。

コーズウエーを利用した物流は通常どおり動いている。中には、日本とサウジを結ぶキャセイパシフィック航空を利用する際、トランジットでもバーレーン空港の利用を禁止している企業もあるが、多くの企業は平常どおりとしている。

(村橋靖之)

(サウジアラビア・中東・北アフリカ)

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