人材確保のしやすさを企業が評価−中・東欧の活用で効率化図る−

(ハンガリー)

ブダペスト発

2010年09月22日

2000年代に入り、エクソン・モービルやIBM、ゼネラル・エレクトリック、モルガン・スタンレーなど外資によるシェアード・サービス・センター(SSC)やビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)投資が活発化し、現在は約50社、2万5,000人を雇用する一大産業に成長している。その多くは金融、会計、ICTなどの分野で顧客らのバックオフィス機能を展開、主に欧州や北米をカバーエリアとしている。政府はこの分野を重点産業の1つに位置付けている。

<労働力流動性の低さなどもメリット>
SSCやBPOを含むサービス・ビジネスが発達した理由として、ハンガリー投資貿易促進公社(ITDH)は以下の理由を挙げた。

(1)コスト節約:米国や西欧に比べ賃金、事業などのコストを低くできる
(2)雇用状況:ブダペストや地方大学を卒業する高学歴新卒者の雇用が可能
(3)労働者の能力:科学技術分野で世界的な研究者を輩出しており、教育レベルの高さに定評がある
(4)文化的互換性と言語能力:小国ゆえに人的交流を通じた異文化交流が活発で異文化への対応力がある、また就学中の外国人も多い
(5)バックオフィスやサービス部門の専門知識:学生の4分の1がビジネスや経営学を学んでおり、1万3,200人を超える学生がITを専攻している
(6)技術などのインフラ:通信や道路インフラの進展
(7)ビジネス安全性と知的所有権の保護

さらに同公社は、この分野は巨額のインフラ投資が不要な上、労働者は地元志向が強く都市部や西欧への移住を好まない傾向があることが、企業ニーズにマッチしたと分析する。

企業側が出産休暇も含め在宅勤務を認めるなど労働者の生活スタイルを重視することも、雇用環境にプラスに働いたとみる。

<2000年前後から本格進出>
ITDHによると、SSCとBPOの歴史は91年、ブダペストなどへのエレクトリック・データシステム(08年ヒューレット・パッカードに買収)のBPO拠点進出に始まる。2000年ごろから進出が活発になり、これまでにSSCとBPO併せてブダペストを中心に主要地方都市も含め約50社が進出、2万5,000人の雇用を生んでいるという。

金融危機に見舞われた08年以降、進出件数は鈍化し、08年、09年とも2件ずつだが、現在も同国へのSSCやBPO拠点進出を検討している企業があるとみられる。

○SSCとBPOの進出の動き
91年エレクトリック・データシステム(BPO)進出
98年IBM(BPO)進出
05年SAP(BPO)、シティグループ(SSCとBPO)など4社進出
06年モルガン・スタンレー(SSC)やユニシス(BPO)など11社進出
07年ブリティッシュ・テレコム(BPO)、ボーダフォン(SSC)、国連高等弁務官事務
所(UNHCR)(SSC)、国連食糧農業機構(FAO)(SSC)など11社進出
08年、09年各2件進出

<地元の人材に高い評価>
ジェトロは8月、ブダペストに進出したモルガン・スタンレー、UNHCR、IBM、の2社1機関を訪問し、進出の理由や現在のオフィスの運営状況などについて聞いた。各社・機関とも従業員の平均年齢は若く、人材の質に満足しているとともに、人件費も含め施設の運営コストが西欧に比べ低く抑えられることに魅力を感じているようだ。また、今回訪問した企業・機関は欧州地域を中心にカバーしており、同じ時間帯でのサポートを重視していた。顧客のそばで同時間帯に滞りなくサービスを提供するという、地域性にも配慮した事業展開を行っているのが特徴だ。

モルガン・スタンレーはブダペスト市内、ドナウ川沿いのモダンなビルに入居している。同社は05年にSSC拠点を設立、現在は主に欧州・北米のグループ企業をIT技術や金融情報管理、事務、市場分析などで支える。従業員数は約700人、男女比率はおよそ半々だが、IT分野は男性の比率が85%と高くなるという。平均年齢は約24歳と若い。従業員のほとんどが地元出身だ。

なお、同社は同様の機能を英国グラスゴー、シンガポール、インド、北米にも持っている。

エグゼクティブ・ディレクターのマリーベス・カグネイ氏によると、ブダペストを選んだ理由の1つは、市場リスクや信用リスクを分析できる熟練労働者の雇用が容易だったこと、欧州や北米関連業務を行う際に同じ、または重なる時間帯で作業が行える点も重視したという。

05年にグループ企業の債券取引支援を目的に数学モデリングセンターを開設、その運営結果が満足のいくものだったため、06年にビジネスサービスや技術支援を行う施設を開いた。スタッフの採用に当たっては、同国の科学アカデミーに所属する物理関係研究機関(KFKI)や複数の大学と連携しているという。

採用されたスタッフはニューヨークなどで研修を終えた後、職場に配属される。ハンガリー拠点に配属されても、その後、シンガポールやロンドン、チューリッヒ、ニューヨークなどに異動する場合もある。

ハンガリーのスタッフは給与の高い企業に簡単に移っていくこともあり、企業に対する忠誠心のレベルは日系企業の場合と大きく変わらないようだ。ビジネス環境について同氏は、現在の従業員給与への課税水準は高いとみている。また、同社へのハンガリー景気後退の影響については、国内でビジネスを行っていないため、影響はさほど感じていない様子だった。

<政府が積極的に誘致>
UNHCR(ジュネーブ)もSSCをハンガリーに設置している。08年、ジュネーブからブダペストにバックオフィス機能を移転、現在220人体制で、世界各地の事務所運営にかかわるIT技術サービス、財務・経理や人事・採用、給与支払いなどの業務のほか、研修施設を運営している。

移転の理由について、グローバル研修・サービスセンターのロゼラ・パグリウチロー氏は、コスト削減が目的と話す。また、ブタペストに決めたのは、ハンガリー政府からの積極的な誘致があったこと、運営コスト面で有利な条件の提示があったこと、インフラに不足はなく生活コストが比較的低いことが決め手となったようだ。ジュネーブ本部のバックオフィスのため、本部と同時間帯で業務連携ができることも選定の重要なポイントだった。

事務所内での使用言語は英語とフランス語。業務・生活インフラ、スタッフの質とも満足しているという。スタッフの平均年齢は約33歳で約55%は女性、スタッフの半数以上は地元から採用している。

<欧州の顧客は欧州域内でのデータ管理を好む>
国内有数の製造業集積地のセーケシュフェヘルバール(ハンガリー中西部)にBPO機能を持つIBMデータ・ストレージ・システムズは、95年に同地でHDD生産を始めたIBMストレージ・プロダクツの一部門として97年に誕生、当初は主にドイツの顧客向けにIT面でのアフターサービスを展開した。

スタート時は20人規模だったが、その後業務量・範囲を拡大した。製造拠点は国内のほかの地に移転したがサービス機能は残り、現在1,200人体制。主に欧州域内の銀行・保険など金融機関やSAPユーザーなど顧客向けのITインフラのネットワーク管理サービスを、24時間体制で提供している。顧客はIBM製品ユーザーに限定していない。

同社マネージャーのゾルターン・タカーチ氏によると、従業員はトップも含めほぼ全員ハンガリー人で平均年齢は28歳、大学卒は全体の半分でその半数が理工系出身、周辺地域の大学などの出身者が多いという。技術系ということもあり、女性は19%と少数とのこと。「優秀な技術者を確保する方法として、ヘッドハントや人材バンクの活用よりも、社内での人材育成に重点を置いている。この方が企業への忠誠心向上にもつながる」と話す。

事業が拡大した要因としては「製品ビジネスの拡大は当然のこととして、優秀な人材が確保できたこと、価格競争力ではアジアなどに劣るが、さまざまなリスクの回避や個人情報保護の観点から、欧州の顧客にはデータ管理の外部委託を域内で行うことを好む傾向もあり、それに対応するサービスを自社が提供できたこと」を挙げた。また、「欧州の顧客向けサービスにはコミュニケーションの観点から、同時間帯でのサービスの提供は欠かせない。さらに同じ欧州で生活するもの同士、顧客の要望への理解が容易」と語る。なお、同社はチェコなどにも同様の施設を持ち、連携しながら顧客サービスに対応しているという。

金融・経済危機以降のビジネス環境については、「顧客がIT分野への支出を控える傾向があり、利益確保のため自社でも一層のコストカットが必要となっている。一方、コストカットを迫られている製造業などから新規の受注もあるとみられ、アウトソーシング部門は今回の経済危機でマイナスの大きな影響は受けていない」と話す。

<ブダペスト以外への企業誘致が課題>
インタビューした企業の評価からは、経済分析・金融、総務、ITと幅広い分野で人材確保が可能という状況がうかがえる一方、優秀な人材は他社に移りやすく、引き止めにも配慮しているようだ。また、コストダウンに貢献する業種のため、不況への強さも感じられる。

こうした状況や企業の評価を背景に、ITDHはSSCやBPOの分野を国の重点産業の1つと位置付けている。ITDHの担当者は、サービス分野の企業進出について、単なるコールセンターではなく、付加価値の高いサービスの提供を志向する多くの企業の進出を期待している。現在サービス分野の進出外資系企業のおよそ80%がブダペスト近郊に集中しており、地方への企業誘致が課題になっている。

(本田雅英)

(ハンガリー)

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