円高メリットを生かす日系企業も

(米国)

北米課

2010年09月17日

米国経済の先行き不安やゼロ金利長期化の観測が、為替相場を円高ドル安方向にシフトさせている。円高は進出日系企業の中でも原材料調達を日本からの輸入に頼る企業の収益を下押しする可能性がある。これらの企業はサプライチェーンの変更や販売戦略の見直しの検討・実施に着手した。円高は企業にデメリットをもたらす一方、米国企業を買収する際には追い風になる。今後の為替レートの動向は米国経済の先行きにもよるが、為替の影響を受けにくいサプライチェーンの再構築などの企業戦略が望まれる。

<ゼロ金利長期化の観測が円高の呼び水に>
米国経済は2009年以降、回復に向かい始めた。10年初頭には、多くの経済指標が市場予想を上回り、連邦準備制度理事会(FRB)も実質的なゼロ金利政策から金利正常化に向けた出口戦略を検討し始めた。10年1月にはFRBのコーン副議長が金融引き締めの手段として米国債や政府機関債などの債券の売却を例示するほど、景気の先行き見通しは明るいものだった。

図1はドル円相場の動きを示している。10年初頭には、景気回復期待を背景に米国の金融政策が出口戦略に向かうとの市場の見立てから、為替相場は90円を上回るドル高円安方向に動いた。

図1ドル円相場の推移

ドル円相場は春先まで総じて90円台の水準にあった。5月以降は、欧州の財政問題に端を発する欧州の財政緊縮策が輸出減を通じて米国景気を下押しするとの懸念や、米国経済そのものが住宅ローン減税の失効に伴う住宅市場の低迷や、雇用が予想ほど回復しないことに伴う消費の息切れなどから、景気の二番底に陥る可能性が意識され始めた。これが市場関係者に米国のゼロ金利政策の長期化を予想させ、ドル円相場は再度、円高ドル安方向にシフトした。名目上のドル円相場は9月14日には15年ぶりの円高ドル安の水準になった。

<企業業績への影響は原材料調達場所がカギ>
現在の円高は米国に進出する日系企業にどのような影響を与えているか。ジェトロの在米国事務所が進出日系企業に聞いたところ、円高が今・来期の業績を当初計画から下押しするか否かは企業によって差が出ることが判明した(表参照)。影響がないとする企業は、a.米国内で原材料や中間財を調達するか、b.ドル建てで海外取引を行っている。

円高が在米日系企業業績に影響を及ぼす場合とその対策

原材料や中間財を日本から輸入している企業は、円高が原材料費(輸入コスト)を上昇させることで、業績に下押し圧力を受けている。悪影響を見込む企業は影響緩和の対策を検討、あるいは既に実施している。対策は主に4つある。

(1)サプライチェーンの変更。現地化の加速を含めた原材料や中間財の調達先を米国に変更、拠点の統廃合で生産体制を効率化、円高の影響を受けない品目に生産品目を変更した例などがある。

(2)販売戦略の変更。製品価格の値上げで利潤の維持を狙う。円高(ドル安)の影響を逆手に、利益増に結び付くように製品の出荷・販売先を再検討する企業もある。さらに、販路拡大のための前向きな戦略として、工場や設備など資本ストックの購入を拡大した例もある。

(3)コスト削減。業績下押し圧力回避のため、リストラの拡大など労務コストの削減や、不要な設備の廃棄を実施・検討している企業も多い。

(4)財務戦略の見直し。決済通貨を含む決済条件の変更を検討中という企業もある。

ドル円相場とは直接に関係しないが、欧州経済の不安を反映して、ドルはユーロに対しては底堅い。10年1月の第1週時点と9月の第2週時点のドルの円ユーロの騰落率を計算すると、ドルは対円で9.5%下落している。一方、ドルはユーロに対して13.0%上昇している。従って、米国進出日系企業の中でも、欧州諸国に輸出をする企業は収益に下押し圧力を受けている。

<円高はM&Aには追い風>
円高は進出企業にデメリットを与えるだけではない。ジェトロの聞き取り結果から、日本に商品を輸出する企業は価格競争力の面で恩恵を受けるとの声もあった。また、前述の工場・設備の購入から1歩進んで、日本企業が米国をはじめとする外国企業にクロスボーダーM&Aを仕掛けるには、円高ドル安は買い手の日本企業には追い風になる。

図2は日本企業の米国企業へのM&A件数と為替レートの推移を示したものだ。09年以降、為替が円高方向に振れるにつれて、日本企業の米国向けM&A件数が増加していることが確認できる。日本企業は企業買収する上で武器の1つとして円高を使っているともいえよう。

図2為替レートと日本企業による米国企業向けM&A

8月にハードディスクドライブ(HDD)用モーター世界最大手の日本電産は電機大手エマソン・エレクトリック(ミズーリ州セントルイス)のモーター事業の買収を決めた(金額は非開示)。記者会見の席上で、日本電産の永守重信社長は企業買収の際の円高メリットに言及した。

<求められる為替に左右されない体制づくり>
9月15日に日本政府、日本銀行は6年半ぶりの円売り介入に踏み切り、ドル円相場は円安方向に動いた。しかし、米国経済の先行き不透明感が晴れない状況が続くと、円高水準が長期化することも想定される。過剰消費を通じた米国の内需の強さが世界経済を牽引するこれまでの図式が当てはまらない場合、過度な円安も想定しにくくなる。日本企業は、これまで以上に為替相場に業績が左右されないサプライチェーン体制の構築や販売戦略の変更などを求められる段階に入っているとも考えられる。

(新田浩之)

(米国)

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