円高ペソ安で日墨EPAの恩恵が半減
メキシコ発
2010年09月03日
円高ペソ安の影響は、リーマン・ショック後にペソ相場が急落した2008年後半から表れており、日本製品の輸入販売業者には頭の痛い問題だ。ペソの対円相場は、09年第1四半期に記録した過去最悪の水準に近づきつつあり、問題は深刻さを増している。鋼材など日本製部材を輸入する日系製造業の競争力にも影響を与えることになる。また、関税削減効果を上回る為替相場の変動で、日本・メキシコ経済連携協定(日墨EPA)の恩恵が半減し、日本製品の価格競争力が低下している。
<対円レートは過去最悪時に接近>
ペソの対円レート(中央銀行公表値、期中平均)は、リーマン・ショック以前の08年8月には1ペソ=10.81円の水準だったが、その後急速に円高ペソ安に動き、09年2月には過去最低の1ペソ=6.35円まで下落した(図1参照)。ただし、この際に大きく影響したのはペソ相場の下落の方だった。09年2月のペソの対ドルレートは08年8月比で30.5%減価したが、円の対ドルレート(東京市場)は18.1%の上昇にすぎなかった。
10年8月のペソの対円レートは1ペソ=6.68円まで下落しており、09年第1四半期の過去最悪の水準に近づきつつある。このところの円高ペソ安は、むしろ国際的な円相場の高騰によるものだ。10年4月と8月のペソの対ドルレート(期中平均)を比較すると、ペソは4ヵ月間で4.1%の減価にすぎない。他方、東京市場での円の対ドル相場は9.3%も上昇している。
円高ペソ安は、メキシコ市場での日本製品のペソ建て販売価格を割高にし、価格競争力を低下させる。日本からの主な輸入品目は、電子部品、自動車、自動車部品、鋼材、産業用機械などだ。
日本からの輸入上位20品目の輸入統計を08年と09年で比較すると、多くの品目で対日輸入シェアが減少している(表参照)。もちろん為替相場以外の要因も考えられるが、米国製品、中国製品、韓国製品が主な競合相手のため、円高の影響がかなり大きいと思われる。
<日本からの自動車輸出に冷や水>
日本の対メキシコ自動車輸出は、05年4月1日に発効した日墨EPAの恩恵もあり、07年ごろまでは順調に拡大していた。日本自動車工業会(JAMA)のデータによると、メキシコへの07年度(07年4月〜08年3月)の自動車(新車)輸出台数は、日墨EPA発効前の04年度比で2倍超の12万1,821台に達していた(図2参照)。
しかしその後は減少に転じ、08年度は前年度比26.1%減、09年度はさらに25.7%減少した。09年度の輸出台数は6万6,171台とEPA発効初年度の05年度より少なく、04年度比でも11.1%増にすぎない。
日本の対メキシコ自動車輸出の減少は、深刻な不況に見舞われたメキシコの自動車販売市場が縮小した影響が最も大きいが、09年度(日本の会計年度で計算)の国内新車販売台数は前年度比21.8%の減少で、日本の対メキシコ自動車輸出台数の減少幅(25.7%)より小さい。
日本車の販売台数は、市場全体の縮小率よりも大きく減少したことになり、円高ペソ安による日本車の割高感が影響したと思われる。業界関係者によると、急速なペソ安は各流通段階の利益を削る程度では維持できない水準に達し、小売価格に転嫁せざるを得なかった。
10年8月時点のメキシコの自動車(完成車)の一般関税率は30%、日本車(車両総重量7,257キロ超の自動車を除く)の関税率は日墨EPAに基づき、国内販売の5%に相当する関税割当数量枠内なら0%、枠外でも2.8%まで下がっている。11年4月1日には数量枠も撤廃されてすべて0%になる。しかし、10年8月時点の円の対ペソ相場は08年8月比で61.7%も上昇し、日墨EPAによる関税削減の幅を大きく上回る価格上昇圧力となっている。
<調達先の変更を強いられる可能性も>
日本製品を輸入する日系企業複数社に聞いたところ、現状で適正な利益が上がる円相場(対ドル)の限界ラインは、1ドル=90円程度だという声が多かった。それ以上の円高になると、適正な利益を確保できない可能性があるという。価格競争力の高い韓国や中国製品と競合する場合は、1ドル=100円程度が理想という声もあった。なお、ペソの対ドル相場は、1ドル=13.0ペソを上回るペソ高が望ましいそうだ。
現在の為替相場は、適正ラインより円高ペソ安に入っている。この水準がもう数ヵ月続くと、販社の利益を適正水準以上に削るか、小売価格をさらに引き上げるかの選択を迫られ、日本製品の輸入販売ビジネスに大きな悪影響が出てしまう。
為替相場対策は主に日本本社が中心となって実施しており、メキシコの現地法人が実施できる対策は限られているが、現地法人としても為替リスクのヘッジを検討する企業が出始めている。
為替相場が現在の水準よりさらに悪化した場合、韓国企業など他社との競合に打ち勝つためには、日本からの調達、あるいはグループ全体としての日本国内での生産を考え直す必要に迫られよう。
近年、急速に日本製の輸入が減少している製品の1つにビデオカメラ・デジタルカメラがある。メキシコの輸入統計をみると、05年には日本製が金額ベースで43.6%を占め、輸入シェア第1位だった。しかし、06年に中国製に抜かれ、09年には日本製のシェアは9.8%まで縮小、中国製は68.9%に達している(図3参照)。
デジタルカメラの場合、現在は日系メーカーのほとんどが中国工場の製品を輸入しており、一眼レフタイプなどの高級品だけを日本から輸入することが多い。こうした流れはデジタルカメラだけにとどまらず、さまざまな耐久消費材でみられる。
<進出日系製造業にも影響>
メキシコが日本から輸入しているのは最終消費財だけでなく、電子部品や自動車部品、鋼材などの中間財も多い。現在の円高水準が持続した場合、これらの部材の調達価格上昇は避けられない。その場合、自動車産業、電子産業など進出日系製造業の製造コストにも影響することになる。
日本からの輸入が多い中間財として、テレビ用部品などの電子部品、自動車部品、鋼材、プラスチック製品などがある。これらの品目は、米国製品だけでなく、価格競争力の高い中国製品、韓国製品とも競合している。今後も円高傾向が続けば、欧米系や内資系企業を中心に調達先を日本からほかの国に切り替える動きが進む可能性があり、日本の素材・部品産業に与える影響も大きくなろう。
当地進出日系製造企業の多くは、メキシコで生産した製品の大部分を米国などに輸出しており、ドル建てで部材調達と製品輸出を管理している。ペソが対ドルで割安になった場合は、国内でペソ払いする労働者の給与がドル建てでみると割安になるため、ペソ安には一定のメリットがある。ただし、円が対ドルで上昇すると、日本から調達する部材がドル建てで割高になるため、円高のメリットは少ない。
(中畑貴雄)
(メキシコ)
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