住宅バブルの清算、労働市場・産業構造改革が大命題−金融危機後の成長モデルを探る(15)−

(スペイン)

マドリード発

2010年06月21日

住宅ブーム、移民流入、信用膨張の中で内需主導のバブルを伴う長い経済成長が続いてきたが、世界経済・金融危機を契機に構造的問題が露呈した。国際金融社会からの信頼回復と今後の成長は、住宅・金融部門のバブル清算、また硬直的な労働市場の柔軟化や建設依存からの脱却にかかっている。シリーズ最終回。

<住宅ブーム・移民・信用膨張への依存が裏目に>
スペインのGDPは、ユーロ導入後、2002〜08年までのバブル経済期6年間に5割増加した(ユーロ建て。ドル建てでは倍増)。この急成長は、労働人口の増加を伴った。住宅ブームによる好景気の下、人手不足で移民労働者が急増したほか、移民女性による安価な家事代行業のおかげで、スペイン人女性の社会進出も促された。労働人口は同期間に403万人増加(21.1%増)したが、その約9割を移民労働者とスペイン人女性が占めた。

しかし、これら新たな労働力の需要は建設などの低付加価値産業で創出されたため、生産性は伸び悩み、同期間の1人当たりGDPの伸びは3割強とGDP成長を下回った。スペインは同じユーロ圏のアイルランドなどと並んで、格差が最も大きい国の1つになっている。それでも、住宅ブームと人口増で消費内需が拡大し、住宅価格の高騰や資産効果の拡大で物価・賃金が上昇、これをユーロ低金利下での信用膨張や国外からのマネー流入が支えた。同期間中に消費者物価は平均で3〜4%上昇し、スペインはEU経済の牽引役となった。

米国サブプライム問題と世界金融危機は、住宅価格が天井を打ち供給過剰感が出てきた時期に重なった。それまでの好循環を支えてきた過剰な資金流入が断たれたことで、バブル経済は急激な崩壊へ向かった。GDPの85%を占める個人消費と企業投資が急速に冷え込み、拡大した労働人口のだぶつきが起こり、大量の失業が発生した。内需・建設依存型で伸びてきた国内経済は、こうした負の連鎖に対応できる経済・産業構造を備えておらず、08年以降は坂道を転がるように落ち込んだ(図参照)。

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<EU最大規模の緊急経済対策、効果は一過性>
スペインで注目すべき点は、リーマン・ショックを契機に緊急経済対策に乗り出した他国に先駆け、08年前半から国内のバブル終息に対応するための景気対策を打ち出していたことだ。少なくとも政府は、当初これほどの景気悪化は想定しておらず、景気対策は個人所得税の400ユーロ一律減税、資産税廃止といった消費刺激策が中心だった。しかし、バブル期の過剰な債務を抱える家計部門は、減税による可処分所得増加を貯蓄や借入金返済に回したため、その消費喚起効果は限定的だった。

08年末から不況が本格化し、失業率が急上昇する中、政府は大規模な市町村公共事業を柱にGDP比2.3%規模の景気対策を実施し、雇用・建設部門を下支えした。欧州委員会は、一連の対策で景気の落ち込みが緩和され、GDP比2.25%の経済効果があったと評価しているものの、企業・家計への債務圧力や住宅建設の一層の冷え込みが回復の足かせとなり、その効果は一過性にとどまった。いったん歯止めのかかっていた失業率は、10年に入り再び悪化し始めた。

GDPギャップ(需給ギャップ)は08年のマイナス1.0%から、10年にはユーロ主要国中最大のマイナス6.0%(OECD推計)まで拡大した。10年4月のコアCPI(エネルギー、食料を除いた消費者物価指数)は、統計開始から初めてマイナスを記録し、デフレ懸念も根強い。バブル経済が崩壊する中では、EU最大規模の公共事業や消費喚起策をもってしても、需給ギャップが解消できないでいる。

<緊縮財政が景気回復の重しに>
10年初めは、一向に回復しない景気に加え、08〜09年の大規模な財政出動による公的債務の急拡大という二重の苦境に陥った。07年まで3年連続で黒字を維持した健全な財政が、09年には赤字がGDP比11.2%まで拡大した。政府債務比率も10年には64.9%まで上昇する見通しとなり、財政構造のもろさが露呈した。政府は09年半ばにはいち早く増税路線に転換したが、景気低迷が続く中、税収減に歯止めがかからない。この状況が国際金融市場での信用低下につながった。

南欧信用不安の波及で国債指標や株価の下振れリスクが高まる中、政府は財政健全化への早急な対応を迫られている。10年1月に年金改革着手と総額500億ユーロの緊縮財政措置を発表したが、市場は鎮静化せず、5月12日にはさらに150億ユーロ規模の追加歳出削減に踏み切った。最大の削減項目の公共インフラ事業の凍結に加え、これまで聖域だった公務員給与の削減、子ども手当や介護基金といった社会支出削減にも切り込まざるをえず、政府としても後がないところまできている。

他方、景気浮揚の即効薬ともいえる公共インフラ事業の凍結を余儀なくされたことで、経済の回復は一層遅れ、その結果、シナリオどおりに財政健全化が進まないという悪循環が長期化しかねない事態になった。

10年第1四半期のGDP成長率は前期比では0.1%と、2年ぶりのプラス成長に転じたが、これは政府の環境対応車購入支援や7月の付加価値税引き上げを見据えた消費の前倒しといった一時的な効果によるものだ。年後半以降には消費冷え込みや公共事業削減による失業増で、再びマイナス成長への逆戻りが避けられない見通しだ。

<肥大化した金融機関の統合再編へ>
八方ふさがりの状況下で、これまで先送りにされてきた中長期的な構造改革の必要性がかつてないほど高まっている。

1つは住宅バブルの清算、つまり好況期に肥大した金融機関と住宅市場の調整だ。09年の住宅市場は販売件数がバブル末期の07年から44.7%減、国内には依然として100万戸以上の在庫があると推定されている。同期間の着工件数が74.1%減と急減した一方で、住宅価格は9.3%減と高止まりしていることからも、市場がまひ状態にあることは明白だ。住宅ローンの貸し出し厳格化だけでなく、GDPの5割近くに当たる不動産・建設企業向け債権の債務不履行(デフォルト)や、不動産資産の値崩れによる財務悪化を嫌う金融機関が市場を硬直化させ、住宅価格や在庫の調整が進まないことも背景にある。

他方、住宅市場の停滞は金融機関の大きな不安要因にもなりつつある。金融機関の不良債権比率(貸出総額に占める3ヵ月以上延滞債権の割合)は、10年3月で5.2%と前年同月に比べ1.0ポイント上昇したが、ここ数ヵ月は落ち着きをみせている。しかし、貸し出し全体の4分の1を占める不動産・建設部門向けに限ると、その比率は9.6%と高い。

また、この不良債権に加え、サブスタンダード債権(短期的にデフォルトに陥る可能性が高い債権)、債権回収の一環として買い取った不動産ストック額、さらに回収不能債権を合わせた「リスク債権」の割合は、同部門向け貸し出し全体の37.2%に達している。スペイン中央銀行によると、金融機関全体としては09年も営業利益が増加しており、巨額のリスク債権処理に十分対応できる体力があるものの、個別レベルでは一部の中小貯蓄銀行の早急な統合・再編が必要だとしている。

政府は中銀主導での公的資金による金融統合・再編のスキームを用意しているが、地域開発金融機関としての貯蓄銀行には、自治州からの政治的干渉も強く、統合・再編交渉が遅れがちとなっていた。こうした中、5月22日に中銀が今回の金融危機以降2行目の公的介入を実施し、貯蓄銀行間の自主的な統合・再編が進まない場合はさらなる介入も辞さないとの姿勢を示したことで、一気に再編が促される可能性も出てきた。

この金融再編スキームの適用期限は、欧州委員会から原則10年6月末までと定められている。スペインの金融セクターの信頼と資金流動性の早急な回復は、同期限までに再編のめどをつけられるか否かにかかっている。

<労使交渉で労働市場改革できねば政府介入も>
もう1つは構造的な高失業率の改善だ。09年に総額80億ユーロもの市町村公共事業で約40万人の雇用の下支えを行ったにもかかわらず、10年第1四半期の失業率は前年同期より2.7ポイント高い20.1%(461万人)となり、失業者は500万人の大台に迫りつつある。

この高失業の背景には、有期・無期雇用の強固な二重構造をなす労働市場があるといわれる。生産性ではなく労働協約によって決定される賃金システムや、EUで最も高額な解雇補償金で無期雇用が保護されている一方、有期雇用は賃金水準や解雇コストがはるかに低い。こうしたゆがみの下で、企業は無期雇用に二の足を踏み、有期雇用の過度な導入が進んだ結果、今回の経済危機で有期雇用者を中心に大量失業が生まれた。

10年に入り、政府、経団連、主要労組の三者間で労働市場改革に向けた交渉が行われているが、解雇金や社会保障コストの引き下げを要求する経団連と、既得権益を守ろうとする労組の間で議論が平行線をたどり、合意のめどが立っていない。政府は合意が無理な場合は、政府が一方的に労働市場改革を実施することも辞さない意向だ。

<脱「建設・観光」を目指す>
他方、高失業のもう1つの要因として、スペインの経済構造が景気サイクルや季節的影響を受けやすい建設や観光といった特定の部門に大きく依存していることも挙げられる。住宅バブル崩壊後、建設・不動産部門の失業者の受け皿となるセクターがなかったため、大量の失業者が出た。産業構造改革を通した建設依存体質からの脱却を行わない限り、安定した成長は望めない。

政府はこの考えの下、官主導で高付加価値・ハイテク・環境産業を柱とした成長モデルへの転換を促進するための「持続的経済発展法」を策定し、現在国会で審議中だ。政府と金融機関がそれぞれ100億ユーロずつ出資し、新たな産業育成への資金支援を行うことを柱としている。

長いバブルの間には顧みられなかった構造改革。この取り組みが機能し始めない限りは、国際社会からの信頼と新たな成長は取り戻せない。スペインは正念場に立たされている。

(伊藤裕規子)

(スペイン)

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