石油・天然ガス収入を支えに早期回復−金融危機後の成長モデルを探る(3)−

(ノルウェー)

コペンハーゲン発

2010年06月03日

世界的な金融危機と景気後退は、輸出依存度が高い国内経済にも打撃となったが、豊富な石油・天然ガス収入が経済を支え、これらを財源とする積極的な財政政策や機動的な金融政策が講じられた結果、ほかの欧州諸国に比べてその影響は軽微にとどまった。また、地球温暖化対策や北欧モデルの福祉政策も充実している。GDP成長率は、2009年のマイナス1.5%から10年には1.5%のプラスに回復すると見込まれている。

<石油・天然ガス収入による基金積立額はGDPに匹敵>
70年代の北海油田の開発以降、基幹産業となった石油・天然ガス産業は、08年のGDPの約27%、輸出額の約65%を占めるなど、経済を大きく支えている。

1人当たりGDPは、10年には8万8,590ドルと見込まれており(IMFの世界経済見通し)、09年は世界第2位だった(2010年6月1日記事参照)が、これも石油・天然ガス収入が大きく貢献したと考えられる。石油生産量は00年をピークに減少しているが、輸出規模ではサウジアラビア、ロシアなどに次ぐ世界第5位、天然ガスは生産量が増加し、輸出規模はロシア、カナダに次ぐ世界第3位だ。

国の石油・天然ガス事業からの毎年の収益は、将来の高齢化に伴う財政支出を賄うため「政府年金基金−グローバル」(旧石油基金)として積み立てられている。近年の原油価格の高騰で基金への繰入額は巨額になり、運用益もあって基金の残高は累増している(図参照)。09年末の残高は2兆6,400億ノルウェー・クローネ(1クローネ=約14円)で、GDPとほぼ同じ規模になっている。

基金は、外国債・外国株式に投資、運用されている。ノルウェー中央銀行によると、08年には世界的な株式市場の低迷によって、運用結果は基金設立以来最悪のマイナス23.3%になったが、09年は市場の回復に伴い25.6%の運用益を計上した。また、毎年必要に応じて基金の一部を国家予算に繰り入れており、財政収支を健全に保つことにも大きく寄与している。

photo

<金融・経済危機に積極的に対応>
08年秋以降の金融・経済危機に対して、政府は、積極的な財政・金融政策を行った。

財政政策としては、09年予算(暦年)を補正し、公共事業を大幅に追加するなど、GDPの3%に相当する景気刺激策を実施した。10年予算では、景気回復の兆しがみえたことから、景気刺激策は若干削減しつつも、GDPの0.6%に相当する追加を見込んでいる。こうした拡張的な財政支出の財源は、「政府年金基金−グローバル」からの繰り入れの増額で賄い、赤字国債は発行していない。潤沢な石油・天然ガス収入によって、大胆な景気刺激策を実施できるようになった。

金融政策としては、08年10月から09年6月までに政策金利を5.75%から1.25%まで累計で4.5ポイント引き下げた。社会保障制度が整っているために貯蓄率が低いノルウェーでは、金利の低下は住宅ローンなどの利払い負担を軽減して可処分所得を増やし、企業の流動性と投資意欲を向上させて経済に好影響を与えた。

その後、景気動向が上向きに転じたことで、政策金利は09年10月に0.25ポイント引き上げられた。これは先進国ではオーストラリアに次いで2番目、欧州では最初の利上げとなった。さらに、09年12月と10年5月に0.25ポイントずつ引き上げられ、現在は2.0%になっている。

以上のような政策的な対応に加えて、北海油田での石油・天然ガス事業、国内金融部門の安定などによって金融危機の影響は軽微だった。失業率も3%前半と極めて低い水準で推移している。

<国内電力の98%は水力発電>
石油・天然ガスの生産・輸出が大規模に行われている一方、国内電力の98%は水力発電によって賄われており、火力発電は1%にすぎない。豊富で安価な水力発電を生かしてアルミニウム産業が発展している。また、水産業や海運などが主要な産業となっている。

最近の輸出の状況をみると、石油・天然ガスは、08年前半まで原油価格が急騰していたため輸出額が増加してきたが、その後の価格低下によって09年には大幅に減少している(表参照)。アルミニウムなどの非鉄金属も、世界的な経済危機の影響による需要減少で、輸出額が減少している。これに対して、水産物は08年以降、為替が下落していることもあり、増加している。

photo

<CCS技術など環境分野に取り組む>
地球温暖化対策など環境分野への取り組みは熱心に行われている。例えば、温室効果ガス対策として将来の重要な施策と位置付けられている二酸化炭素(CO2)回収・貯留(CCS)技術について、96年から天然ガスから分離回収したCO2を北海ノルウェー沖の海底に貯留する実証実験が行われており、さらに、火力発電所と結び付けた本格的なCCSに取り組むとしている。CCSは、現時点では技術面・コスト面でまだ研究開発が必要だが、将来これらが解決されれば大量のCO2を処理できるため、潜在需要は非常に高い。

風力発電などの再生可能エネルギーも、政府が基金を設けて一般の電気料金に若干の税金を課し、それを財源として助成を行っている。

<高福祉を支える所得再分配政策>
国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書によると、人々が健康で豊かに生活している度合いを表す人間開発指数でノルウェーが1位になっている。これは、充実した福祉政策を目指す北欧モデルとの関連が大きい。

ほかの北欧諸国と同様に社会保障が充実し、失業・疾病・障害などの際の所得保障がしっかりしている。老後も年金によって安心して暮らすことができる。高福祉を支えているのは、豊富な石油・天然ガス収入に加えて、高率の所得税(最高税率47.8%)や付加価値税(25%、軽減税率14%)による国民の負担だ。このような所得再分配政策で所得格差も小さい。

また、労働市場では、利用しやすい保育サービス、出産・育児休暇、看護休暇などによって、家庭と仕事の両立が容易だ。このため、ほかの北欧諸国と同様、女性の就業率は高い。こうしたことも1人当たりGDPを押し上げていると考えられる。

(安岡美佳)

(ノルウェー)

ビジネス短信 4c05ef48518b0