上海市でバイオ医療の投資相次ぐ(華東地域)−2009年の対中直接投資動向(6)−
上海発
2010年04月05日
上海市では、バイオ医療のほか、燃料電池車など「新エネルギー自動車」分野への投資が好調だ。江蘇省は実行金額で7年連続で全国一を維持した。浙江省では杭州市が自動車分野での投資を急速に伸ばしている。
<華東地域全体では4年ぶりの1ケタ成長>
2009年の華東地域(上海市、江蘇省、浙江省)の対内直接投資額(実行ベース)は、458億100万ドル(前年比1.2%増)と、05年以来4年ぶりの1ケタ成長にとどまった(表1参照)。
08年8月に国務院が策定した「長江デルタ地域の改革開放と経済社会発展に関する指導意見」を踏まえ、華東地域は、高速道路の料金支払い自動化システム運用開始(09年末)をはじめ、ハード・ソフト両面での地域間連携を進めてきた。上海市は「指導意見」が求める「アジア太平洋地域の物流センター」として、「虹橋総合交通ハブ」の整備、洋山深水港の国際ハブ港化など「総部経済」(注)としての機能強化を急ピッチで図っている。
<上海市は申請認可手続きの見直しで4.5%増に>
上海市への投資(実行ベース)は前年比4.5%増の105億3,800万ドルと過去最高を更新した。06年(3.8%増)以来3年ぶりの1ケタ成長にとどまったものの、2.6%減となった全国平均と比べると好調だった。
契約ベースでは、22.3%減の133億100万ドル、うち大型投資案件(契約金額1,000万ドル以上)が20.1%減(107億9,200万ドル)となった結果、総契約額に占める割合は81.1%で、前年を1.74ポイント上回った。
上海市は09年1月から、インターネット上での外資プロジェクト設立・変更申請システムの構築を開始。8月からは、区・県による奨励類と許可類に分類される外資プロジェクトの設立・変更事項にかかわる審査・認可の対象を、投資総額3,000万ドルから1億ドルに引き上げた。外資プロジェクトの増加を目指したこれらの措置は「期待どおりの効果が出た」(上海市商務委員会)ため、12月には対象を拡大。総額1億ドル以下のM&A(企業買収)に加え、商業小売業、ファイナンスリース業、職業紹介業、人材仲介業、会議展覧業の5業種に属する企業の設立・変更手続きについて、区・県へ権限が移譲された。インターネット申請システムが整備された黄浦区など16の区が対象になる。
<新エネルギー自動車分野の誘致に注力>
産業別では、実行金額の伸び率で、第三次産業が第二次産業を23.6ポイント上回った(表2参照)。伸び率の差は、09年上半期で51.7ポイントまで拡大していたが、9月以降は、単月の伸び率で、第二次産業が第三次産業を上回っており、第二次産業が急速に持ち直しつつある。
第二次産業の実行金額は前年比12.2%減少した。9月以降は、単月の実行金額が前年同月を上回るものの、件数の減少傾向には歯止めがかからず、投資の大型化傾向が一層顕著となった。製造業を中心とする工業は、11.7%減少している。
分野別では、バイオ医療への投資発表が相次いだ。9月には、米パーキンエルマー(分析機器)が上海新波生物技術を買収し(6,370万ドル)、医療機器市場に参入した。英アストラゼネカは抗がん新薬の研究開発施設(1億ドル)の建設に着手、米ウェストは滴容器部品工場(3,000万ドル)を完工した。10月には、米3M(化学)が医療用資材工場(3億元)と特殊材料工場(4億元)を同時完工、独ベーリンガーインゲルハイムは工場の拡張(1億ユーロ)と研究開発センター新設を発表した。
上海市は「上海バイオ医薬産業発展の促進に関する若干政策規定」と「上海市バイオ医薬産業発展行動計画(09〜12年)」を09年7月30日と8月4日に相次いで発表し、12年までの目標として、バイオ医薬産業GRPを08年比98%増にするとした。その達成に向けた原動力として外資を位置付け、外資系企業と外資合弁企業の前年比成長率25%の維持と、外資の積極誘致と「総部経済」関連投資にかかわる優遇やインキュベーター基地の設立を盛り込んだ。
今後の外資誘致の対象と目されているのが、燃料電池車など「新エネルギー自動車」分野だ。米デルファイは4月に乗用車用ハイブリッドシステムの供給で上海汽車と合意。7月には嘉定区に「上海新エネルギー自動車産業基地」が設立された。12月7日に発表された「上海新エネルギー自動車産業発展の促進に関する若干政策規定」では、海外の高い技術・経験を有する人材を1,000人誘致する「1,000人計画」や、電池などコア部品の生産企業に対する補助などを盛り込んだ。米マサチューセッツ工科大学発のベンチャー企業A123システムズ(燃料電池)は、12月に上海汽車と新エネルギー車向け燃料電池メーカーの設立に合意。そのほか自動車関連では、イタリアのマニエッティ・マレリが9月に変速機用部品製造の合弁会社を、パイオニアが12月に上海汽車とカーナビや交通情報システムに関する合弁会社を設立した。
第三次産業の実行金額は11.4%増加した。39.8%増加した卸・小売業が牽引役となっている。
投資分野は、従来の物流、商業、ホテル、金融、飲食に加え、宅配事業(ヤマト運輸)、アミューズメント施設(バンダイナムコホールディングス、メキシコのキッザニア)、人事関連サービス(三井住友銀行)、ドラッグストア(セガミ薬局)、プライベート・エクイティー・ファンド(米ブラックストーン)など広がりをみせている。
多岐にわたる奨励策の対象となる地域統括本部などの本部機能(「総部経済」)を持つ外資系企業は79社増加し、累計で755社となった(表3参照)。下期の認定企業数は42で、上期を5上回る。下期に地域統括本部を設立した多国籍企業としては、英テスコ(小売)、米ダウ・ケミカル(化学)、デンマークAPM(国際コンテナターミナル運営)、米コカ・コーラ(飲料)、王子製紙、富士通マイクロエレクトロニクス、ソニー物流貿易がある。研究開発センターとしては、9月に英国・オランダのユニリーバ(日用品・食品)が世界6ヵ所目の研究開発拠点(7,200万ドル)を設立。米ゼネラル・モーターズ(自動車)も同月「チャイナ・サイエンス・ラボ」を設立した。
<日本から上海への投資、3年連続で11億ドル台>
国・地域別(契約ベース)では、シンガポールが前年比で25.4%増加したのを除き、主要国からの投資はいずれも減少した。日本は3.9%減少したものの、3年連続で11億ドル台を維持している(表4参照)。三菱瓦斯化学は、09年7月にポリカーボネート樹脂の製造などを行う子会社を上海市化学工業園区に設立。総投資額は、共同参画する三菱エンジニアリングプラスチックと合わせて約300億円に達する。三井化学は、同年12月に中国石油化工(シノペック)と、樹脂原料フェノールと合成ゴム原料EPTの製造にかかわる合弁工場を上海市化学工業園区で設立することに合意。総投資額は600億円規模に達する見込みだ。
<江蘇省、医療バイオと液晶ディスプレーの投資が増加>
江蘇省への投資(実行金額)は、省市区別で全国首位の253億2,300万ドルとなった(表5参照)。江蘇省は、広東省を上回った03年以降、7年連続で実行金額首位を維持している。全国平均が前年比2.6%減少する中、江蘇省は0.8%増となったことから、中国への外資投資額で江蘇省が占める割合は28.1%と、前年から0.9ポイント上昇した。
09年上半期は、蘇州市など4市を除くすべての市が対前年比減だったが、通年では南通市を除きプラスに転じた。特に蘇北では、すべての市が2ケタの伸びを示している。蘇州市では、江蘇省が重点産業としている医療バイオ、電子情報や研究開発センター向けの投資が相次いだ。蘇州工業園区では、オランダのフィリップスが11月に低価格帯の医療機器工場(5,400万ドル)の建設を発表。蘇州市管轄下の県級市である常熟市では、スイス製薬大手ノバルティスが11月に製薬原料向け生産工場(2億5,000万ドル)の操業を開始した。
同じく県級市の昆山市では、液晶ディスプレーサプライチェーンの整備が進んでいる。昆山市は9月に昆山光電産業園で総投資額33億ドルの高世代液晶パネル(TFT-LCD)プロジェクトを起工。輸入に頼っていた大画面液晶パネルの生産ラインを11年に稼働させる。液晶パネル台湾最大手のAUO(友達光電)は10年2月に、液晶テレビ組み立て子会社景智電子の新工場(2,000万ドル)建設を発表。旭硝子は10年3月に、液晶ディスプレー用ガラス基板加工工場の新設(総投資額100億円)を発表。NSK(日本精工)は10月に事業統括会社を昆山に移転し、研究開発センター(44億円)を新設した。
淮安市では、仏エア・リキードが12月に工業用ガス工場(1億ドル)を建設することを発表。ガラス用原料を生産する台湾系化学メーカーに供給する。
<浙江省では杭州市が前年比21%増>
浙江省への投資は、実行額で前年比1.3%減、件数で6.5%減だった。うち第三次産業は、前年比11.4%増加した結果、第三次産業への投資全体に占める外資の割合は、前年を3.9ポイント上回る34.2%となった。民営企業を主力とする輸出産業が中心だった浙江省でも、小規模ながら外資の導入は進んでいるが、外資導入の主力は外資比率が62.3%を占める第二次産業だ。
前年比21.2%の増加となった杭州市では、11月に横浜ゴムが、乗用車用タイヤ生産工場の能力増強(70億円)を発表した。好調な自動車市場に対応するため、年産能力を300万本から500万本に増強する。寧波市では、三菱化学が11月に合成繊維の主材料のPTMG製造工場(50億円)の建設を完了し、生産を開始したと発表された。
浙江省には、地場の部品メーカーが7,000社余り集積しており、自動車部品の総生産額は全国の4分の1を占める。12月に杭州市で開業した金恒徳国際自動車部品物流センター(65億元)を設立した民営企業の金恒徳国際物流集団は、「開業当初は国内メーカー向けにサービスを提供していくが、将来的には海外のメーカーも対象にしたい」(「第一財経日報」11月5日)と語る。
自動車産業の振興に注力する杭州市は、09年1月に北京市や上海市とともに国務院から新エネルギー車の試験都市として認定された。浙江省の電気・電池メーカーである臥竜電気と寧波杉杉は、11月と12月に相次いで新エネルギー車向けリチウムイオン電池の生産に向けた準備を進めている。伊藤忠商事と戸田工業は、10年2月に寧波杉杉の子会社でリチウムイオン電池正極材メーカーの湖南杉杉新材料に共同出資することを発表した。
集積するすそ野産業とインフラを生かした新エネルギー車を含む自動車分野は、浙江省での外資の投資先としても注目されている。
(注)「総部経済」(Headquarters Economy)とは、北京市社会科学院の趙弘・研究員(現北京市社会科学院経済研究所長)が最初に使用し、著書『総部経済』が執筆された04年以降、定着してきた言葉。企業グループの本部や地域統括本部を設置するための条件を備えた地域のこと。条件として、情報、高級人材、交通・都市インフラなどが指摘されている。02年7月、上海市は中国で初めて多国籍企業の地域本部の定義(投資、管理、研究開発機能など)や優遇策にかかわる規定を公布。規定に基づく認定を行った同年9月以降、半年に1度の認定を行っている。
(志村和俊)
(中国)
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