自動二輪で日中メーカーが激しいせめぎ合い−中韓企業躍進への対応−

(パキスタン)

カラチ発

2010年03月29日

家電、通信、インフラ、自動車など、さまざまな分野で中韓企業のプレゼンスが高まっている。日本が得意としてきた自動二輪でも、中国企業が低価格を武器にシェアを高めてきており、100cc以下の小型を中心に日本企業と熾烈(しれつ)な競争を繰り広げている。

<中国の私営企業は自動二輪製造に集中>
中韓企業の進出分野は家電、通信、インフラ整備(ODAビジネス)、化学、電力、自動車、自動二輪など多岐にわたる。中国企業のうち、中央企業と呼ばれる大企業は家電、通信、電力、インフラ整備事業に主に進出し、50社を超える私営企業は自動二輪製造業に集中している。

一方、韓国企業はLGエレクトロニクスとサムスン電子が家電、大宇が自動車で進出している。このほか、ロッテグループのKPケミカルが2009年6月、パキスタン唯一の高純度テレフタル酸(PTA:ポリエステルの原料)メーカー、パキスタンPTA株式の75%を買収するなど、化学業界に進出している。

進出分野別にみると、家電では中国の大手企業、ハイアールがエアコン、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、携帯電話、パソコンなどを生産・販売している。韓国はLGエレクトロニクスとサムスン電子がほぼ同種製品の販売を展開。携帯電話、冷蔵庫、パソコンを除き、エアコン、洗濯機、テレビで韓国企業が優位に立っている。携帯電話はノキア、冷蔵庫は国産メーカーの健闘が目立つ。日本製家電製品の優秀さは誰しも認めるところだが、価格差ほどには品質の違いを感じないためか、韓国製品を求める消費者が多い。

携帯電話人口が09年に9,600万人になり、14年には1億3,000万人に達するといわれる通信市場は、94年創業のエジプトの通信会社モビリンクがシェア1位で35%、次いで地元通信会社Uフォーン21%、ノキア系のノルウェーのテレノー20%、アラブ首長国連邦系のワリド18%と続く(通信産業省)。

最後発で参入した中国移動通信集団チャイナ・モバイルは、地元企業パックテルの株式89%を取得して新会社CMパックを設立、シェアは6%。若者をターゲットにした格安の料金設定とサービスパックキャンペーンを大々的に行い、シェア拡大を狙っている。日本企業との競合はみられない。

<インフラ市場は中韓優勢>
インフラ整備(ODAビジネス)、電力事業でも、特殊地層のトンネル掘削、橋梁建設など日本の高い技術力を要する難工事・難事業を除く一般的地方道路、高速道路、堰改修事業などでは、中国企業の一人勝ちが続く。その強さの秘密について、日系大手商社の支店長は「理由は単純。大規模な低賃金丸抱え労働力の展開によって生み出す低コストと、極端な前払い決済と潤沢な交渉費用、悪く勘ぐれば不透明な契約内容にやられてしまう」と語る。

また、韓国企業については「意志決定のスピードが驚異的に速く、日本は太刀打ちできない。中国以上に脅威だと感じている。しかし、韓国企業のコンプライアンス、ビジネスモラルは高く、パートナーとして協力できる相手で、今後さまざまな分野で協力関係に立つことは十分考えられる」。さらに中国企業の躍進については「技術面、稼働率などで先進国とは比較できるレベルにないが、パキスタンではそれなりの優位性がある。これが実情だ」という。

今後の対応策について「日本は、その技術の優位性、高い効率性をこれまで以上に強くアピールしていくことだ。低コストへの対応策としては、日本政府を巻き込んだ官民一体となったファイナンス体制作りが重要だ」と指摘した。

<70ccクラスの自動二輪でホンダのシェア5割切る>
自動二輪車製造業では、日中企業の熾烈な競争が続いている。国内の自動二輪製造・販売台数は年間約90万台。うち約50%がホンダを筆頭にする日本車、残り50%を中国勢が占める。中国企業は54社もあり、このうち数百人以上の従業員を抱え、企業としての体をなしているのは6社だけ。ほかの48社はパキスタン自動車工業会(PAMA)にも属さない、数十人規模の中小企業だ。しかし、部品調達先を含めると全体としては大きな産業に育っており、社会的にも認知されている。

自動二輪業界は、排気量別に大きく2つに分けられる。ホンダ「CD100」、「CG125」を代表とする100cc以上のクラスと、「CD70」の70ccクラスだ。100cc以上クラスのホンダのシェアは現在でも約75%と圧倒的に優勢だが、70ccクラスは競争が激しい。02年には80%のシェアを誇ったホンダも、09年1月には50%を切ってしまった。

<中国企業は低価格や「特典」を売りに>
国内の二輪車走行台数は約580万台、そのうち70ccクラスは450万台と78%を占める。なぜ70ccに人気が集まるのか。アトラス・ホンダの石川修副社長は「人気の秘密は『CD70』のずば抜けた耐久性、燃費の良さ、再販価格の高さ、専門知識豊富なメカニックと純正部品の市場配備、それに複数人乗りが可能なフラットなデザインと、取り回しの良さが受けた」と語る。

ホンダ「CD70」は1960年代に日本で生産・販売され、その後07年以降は世界でもパキスタンだけで製造を続けている。00年ごろから徐々に売れ始め、現在では年間40万台以上を売り抜く人気車種だ。しかし、当時の知的財産権の保護は商標権だけ。これに目を付けた中国企業が続々と参入し、車体から部品に至るまで模倣車の生産・販売を始めた。価格はルピー安にあっても4万ルピー(1ルピー=約1.1円)台を維持している。一方のホンダは6万2,900ルピー。この価格差と中国車の年々向上する品質が、ホンダのシェアを切り崩している。

石川氏は「中国企業の脅威は年々高まっている。強さの秘密は中国本土から供給される破格値の部品と、開発費用が不要なこと。中国・パキスタン自由貿易協定(FTA)の締結も精神的に中国製品の受け入れを促す効果があったようだ。逆に弱点としては新規商品の開発力がなく、品質がまだ不安定なこと。販売網も弱い。安全基準への適応能力に疑問が残る」という。販売網の弱さを克服するため、中国企業はさまざまな特典を付ける。ディーラー向けには、報奨金のほか、乗用車、海外旅行のプレゼント。消費者には、ラマダン時期のディナー券配布などだ。

<消費傾向の変化とらえホンダも巻き返し狙う>
石川氏はボリュームゾーンの攻略について、「月収2万ルピー以下がターゲット。パキスタン型BOPビジネス(経済ピラミッドの底辺層をターゲットとするビジネス)だと思っている。価格を一定ラインまで圧縮すれば、ホンダのブランド力と安全性、リセールバリューで十分対応可能だ」、消費動向については「パキスタン市場は非常にユニーク。1世帯当たり平均6〜7人が居住し、生活の基本単位は個人ではなく、親戚を含めた共同生活にある。父親の意見で車種を決定し、店頭に来る若者には必ず父親と兄が同行して購入するのが一般的」という。

しかし、こうした状況にもわずかながら変化が訪れている。「若者を中心に、徐々に購入希望車種に変化がみえる。他人とは違うものを欲しがる傾向が出てきた。このトレンドを見極め、タイミングを計って新規商品をぶつけたい。もちろん意匠権の登録は必須だ」と市場構造の変化をにらんでいる。

パキスタンの自動二輪車は17人に1台。しかしこの数字には19歳以下の若者と女性は含まれていない。国民全体だと56人に1台の割合になる。保有可能市場規模は3,000万台とも3,200万台ともいわれる巨大さだ。パキスタンの自動二輪業界は、期せずして日中企業が低価格、高品質を競うBOPビジネスの舞台となった。日中企業間のせめぎ合いは当分続きそうだ。

(宇賀実)

(パキスタン)

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