ASEAN・中国FTAの本格始動で高まる対中警戒感−中韓企業躍進への対応−
国際経済研究課
2010年03月19日
一部のASEAN諸国では、中国製品の流入が自国産業に悪影響を与えるとして、警戒感が強まっている。ASEAN・中国自由貿易協定(ACFTA)に基づき、10年1月から中国とASEAN原加盟国(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、シンガポール、ブルネイ)で大半の品目の関税が撤廃されたことがきっかけだ。
<表面化するきしみ>
中国とASEANはACFTAに基づき、04年から段階的に関税を引き下げてきた。10年1月からは、いよいよ中国とASEAN原加盟国で9割程度の品目の関税が撤廃され、中国・ASEAN貿易は大きな節目を迎えた。中国とASEANは一体的な市場へと変貌しつつある。
しかし、ASEANの一部の国からは、ACFTAによって、中国製品が流入することへの警戒感が高まっている。インドネシア政府が、産業界の要望を背景に、同FTAが対象とする一部品目の関税撤廃の猶予を求めるなど、ACFTAに対するきしみが表面化している。具体的に、インドネシアは228品目の関税撤廃を一定期間猶予すること、あるいは無税化の対象外品目とすることを求めている。しかし、中国との交渉に進展はみられないようだ。
インドネシアの産業界の中でも、ACFTAによって最も影響を受けるとみられるのが繊維と鉄鋼だ。いずれもインドネシアに伝統的に産業基盤がある一方で、中国企業の競争力が強い品目だ。インドネシアが猶予を求めた品目の大半は、この繊維や鉄鋼製品とみられる。
インドネシアだけでなく、マレーシアの一部産業界からもACFTAに対する反発の声が上がっている。現地新聞報道によると、マレーシア華人商工会議所(ACCIM)会頭は、10年2月に開かれたナジブ首相主催のマレーシア経済会議で、ACFTAによって影響を被っているASEAN諸国への中国の輸出を、前年比10%増までに制限することを政府に要望した。貿易の総量規制という極端な意見までが飛び出した。しかし、ナジブ首相は「民間企業は効率化し、FTAを活用すべきだ」と、この提案を一蹴したと伝えられている(「マレーシア・ビジネス・タイムズ」紙)。
<1月の中国の対ASEAN輸出は52.7%増>
10年1月の中国の対ASEAN輸出は、前年同月比52.7%増の105億ドルと大きく伸びた。前年同月が金融危機以降の世界経済の低迷で輸出が大幅減少したことによる反動増、春節の休暇が09年は1月だったのが10年は2月で休日数の違いによる上昇効果があったことは背景として指摘できる。しかし、対世界輸出が21.0%増にとどまる中、対ASEAN輸出は倍以上の伸びを示した。
国別では、ベトナム(2.07倍)、マレーシア(60.2%増)、タイ(56.7%増)、インドネシア(45.8%増)、フィリピン(45.2%増)などASEAN主要国に対して軒並み伸びている。一方、中国の対ASEAN輸入も大きく伸びている。中国の対世界輸入が前年同月比85.6%増なのに対し、対ASEAN輸入は2.18倍の109億ドルだった。
中国・ASEAN間の貿易が対世界に比べて好調なのは、中国とASEANの経済が世界的にみて堅調な成長を維持しているためといえそうだ。しかし、ASEAN諸国の一部では、中国製品の流入拡大は警戒感を抱かせている。
今のところ、ASEAN各国では冷静な対応がとられており、具体的に保護主義的な措置が採用される事態にはなっていない。しかし、インドネシアの産業界からは、中国製品の流入への対抗策として、一部の輸入品について、インドネシア国家規格(SNI)の取得を求めることを政府に要求する声が上がっている。インドネシアでは、実際に09年からSNI適合を求める品目を拡大する動きがある。SNI適合義務化が新たに導入された場合には、中国製品にとどまらず、日本からの輸入品も同様に求められる可能性がある。急激な中国製品流入が続く場合は、アンチダンピングやセーフガードなどの貿易救済措置が発動されることも懸念される。
<対中貿易赤字の拡大に直面するベトナム>
ベトナムでもACFTAに対する警戒感が今後生じる可能性を否定できない。ACFTAでは、ベトナムはASEAN原加盟国よりも緩やかな関税削減スケジュールがとられ、現状では無税化された品目はほとんどない。大半の品目が無税化されるのは15年からとなるが、11年1月、13年1月に一部の関税削減がなされる予定だ。
中国と国境を接するベトナムでは、FTAによる無税化がまだなのにもかかわらず、中国からの輸入が大きく増加している。ベトナムの輸入総額に占める対中輸入の比率は05年の16.0%(59億ドル)から08年には19.8%(160億ドル)まで上昇している。一方、輸出は伸び悩んでおり、08年の対中貿易赤字は111億ドルに達し、ベトナムの貿易赤字の6割を占めた。今後、関税削減の進展とともに中国製品流入への警戒感が高まる可能性がある。
<食料品や化学品ではASEANの輸出拡大に期待>
一方、ACFTAによってASEANから中国への輸出拡大を期待する声もある。その1つが食料品だ。中国が食料品の輸入依存度を高める中、ASEAN諸国にはベトナムやタイをはじめとして食料品に競争力を持つ国がある。インドネシアやマレーシアもパームオイルなど一部の食料品では競争力がある。
ACFTAでは、アーリーハーベスト品目として、一部食料品(HS01〜08)を先行して無税化していたが、それによって、中国の食料品輸入に占める対ASEAN輸入の比率が大きく上昇した実績がある。
さらに、プラスチック・ゴムや化学工業品など化学品全般もASEANから中国への輸出が拡大しそうだ。中国は化学品については全般的に輸入に依存している一方、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポールなどは化学品に競争力がある。
ACFTAによる無税化を契機に、中国製品に対する警戒感がASEANで高まる中、そのきしみが実際の保護主義的な措置に結び付かないか注視が必要だ。しかし、貿易障壁の撤廃がそれぞれ競争力のある品目の貿易を促進することで、相互の貿易依存関係はますます高まっていきそうだ。
(椎野幸平)
(ASEAN・中国)
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