人材育成が市場開拓のカギ−欧州企業のフロンティア市場戦略(11)−

(サウジアラビア)

ワルシャワ発

2010年03月01日

経済の動向は油価次第で、産業・企業に対する政府の影響力が強い半面、外国人の登用も進んでいる。プラント市場ではスイスABBのガス絶縁スイッチギアや、仏アルストムの海洋式排煙脱硫装置など、グローバルブランドに受注が集中しがちだ。「脱・石油」「人材育成」などが市場開拓のキーワードになる。シリーズ最終回。

<王族主導の石油大国>
原油の推定埋蔵量(BP統計、2008年末時点)は2,641億バレルと世界最大の産油国で、GDPの約6割、歳入の約8割、輸出の約9割を石油部門が占めている。サウジアラビアは湾岸協力会議(GCC)の盟主とも呼ばれている。

基幹産業を石油部門が占めるサウジアラビア経済は、国際石油市場での油価に大きく左右される。このため金融危機の影響も国内金融システムの問題としてではなく、あくまで市場での油価低迷という外生的要因として認識されることが多い。地場系金融機関のアナリストも「ドバイ経済のような実体経済から乖離したバブルはサウジアラビアにはない。多くの建設プロジェクトは実需に基づいて行われている」と語る。

政府も赤字予算を組んだとしても財政上の懸念は少ないとして、インフラ整備などの公的支出を積極的に行い、経済成長路線を継続した(2009年1月23日記事2010年1月12日記事参照)。09年の実質GDP成長率(政府発表)は0.15%まで落ち込んだが、「10年の油価は1バレル当たり70ドル台で安定する」(地場系金融機関アナリスト)との楽観的な見方もあり、10年の成長率はプラス4.0%の急回復が見込まれている(2010年1月8日記事参照)

他方、この国の経済の特殊性として、独特の意思決定メカニズムがある。サウジアラビアは王族社会で、サウード家の王族が政治・行政の主要ポストを占めているからだ。サウード家直系だけでも2,000人を超えるとされる親族がおり、その指示の下にサウジアラビア人が経営幹部・官僚などの要職を担う。

<実務は外国人が担当>
ビジネス実務は外国人が担うことが多く、近隣のレバノン、ヨルダンなどの出身者や南アジア系、特にインド人の登用が進んでいる。サウジアラビアの人口は約2,400万人だが、そのうち外国人が600万人以上に及ぶ。また、専門知識や技術が必要な業務では、英国人や米国人が個人の専門コンサルタントとして採用される場合も多い。「主要決定はサウジアラビア人が行うが、具体的な実務は外国系人材によって進められることも多い」(在サウジアラビア日系商社)という。このため、プロジェクトに対する意思決定の権限を誰がもち、その実務を誰が行うかを的確に把握することが求められる。

世界最大の国営石油会社のサウジアラムコも、こうした独特の経営スタイルをもつ企業だ。同社は開発、掘削、生産、精製から送油までを行い、国内石油産業を垂直統合している。同社が権益を保有する油田の推定埋蔵量は2,559億バレル(08年末時点)、08年の年産は32億6,000万バレル、その8割近い25億バレルが輸出されており、いずれをとっても世界最大の企業だ。世界最大規模のガワール油田(東部)や同国第2位のサファニア・カフジ油田の権益も、同社が保有している。

<発電分野、水ビジネスと人材育成に欧州企業の商機>
フロンティア市場としては、まず、石油部門での「社会基盤(プラント・設備)関連市場」が注目される。フランスのトタルはサウジアラムコと精製能力・日量40万バレルのジュベイル製油所の建設プロジェクトに関する覚書(調印:06年5月)を締結している。運転開始は13年後半とされているが、両社はこのプロジェクトのための合弁会社サウジアラムコ・トタル石油化学精製所(SATORP)を設立している。また、サウジアラムコはヤンブー製油所(日量40万バレルで主に輸出用)の建設プロジェクトで米国のコノコフィリップスと組んでいる(合意:06年5月)。このほか、石油化学コンプレックス関連では、国内最大のラービグ製油所の拡張プロジェクトで日本の住友化学(合意:05年8月)を(2009年9月2日記事10月1日記事参照)、ラスタヌーラ製油所の建設プロジェクト(RTIP)では米国のダウ・ケミカル(合意:07年5月)を、それぞれパートナに選定した。サウジアラムコはこれらの技術力の高いグローバルリーダーとの提携を重視している。

しかし、プラント・設備市場は石油部門に限らない。国内での電力需要の高まりから、発電所・変電所関連の設備需要も拡大している。スイスの重電最大手ABBは10年1月、サウジアラビアで発電所建設事業を請け負っている中国の山東電力建設第三工程(SEPCO III)からガス絶縁開閉式変電設備(スイッチギア)を約4,800万ドルで受注した(竣工:11年予定)。この設備はサウジアラビア電力公社(SEC)が運営するラービグ発電所〔出力容量:1,220メガワット(MW)〕の送電網の強化を目的としており、ラービグ製油所がある紅海沿岸地域への電力の安定供給に貢献する。

また、09年11月にもABBはSECから約3,800万ドルで、22基の配電変圧設備を受注した(竣工:11年予定)。さらに同年同月、SECからサウジアラビア初の女子大学となるヌーラ・ビント・アブドルラフマーン王女大学向けのガス絶縁スイッチギアを、約1億2,000万ドルで受注した。ガス絶縁スイッチギアは変電所の不燃性、小規模化に役立つ設備で、ABBは世界各地で1万基以上の設置実績をもつ。

フランスのアルストムも、08年7月にSECから蒸気発電所(出力容量:1,200MW)の新設プロジェクトの受注(19億ユーロ、1ユーロ=約121円)に成功した。同プラントは紅海沿岸のシュワイバ発電所に設置されるが、アルストムは蒸気タービンのほかに海水式排煙脱硫装置も納入する。海水式排煙脱硫装置は海水を利用して排出される亜硫酸ガスを中和・吸収するもので、海岸線に立地する石油・ガス火力発電所の排煙処理に活用される。脱硫効率99%を誇り、世界各地で40基以上の納入実績をもつ。ABBのガス絶縁スイッチギアと同様、サウジアラビアでは高額でもグローバルブランドが人気だ。

国土のほとんどが乾燥地帯に属しており、水資源が重要なサウジアラビアでは、新しい利水技術の導入に積極的だ。水メジャーとして世界的に知られるフランスの総合水資源企業ベオリア・ウォーターは、08年4月にサウジアラビア水・電力省から首都リヤドへの「水供給・排水回収システム導入プロジェクト」を4,000万ユーロ相当で受注した。これは、サウジアラビアでは初めての利水分野での民間事業委託で、利用者は約450万人と推定される。

外国の優れた人材に実務を任せる風土をもつ同国では、設備供給だけではなく、同システムの運営・指導を担える人材も必要で、ベオリア・ウォーターはこの契約受注に当たり、「専門家チームを作り、サウジアラビア側の人材の指導も行う」という。水道事業では漏水の原因究明など、高度な技術蓄積が必要なポイントがあり、現地専門家の育成は大きな課題だ。このため、同社はリヤドに人材育成センターを立ち上げている。こうした長期的な視点に立ったきめ細かな対応・提案が、サウジアラビアでは評価される。

<小売り流通はカルフールの出店相次ぐ>
消費市場の小売り流通面では、フランスのカルフールなどの参入が進んでいる。同社は市場参入に当たり、地場事業者のアル・オライヤン財閥、マジド・アル・フタイム(MAF)財閥と提携している。カルフールは1995年11月にMAFとの合弁事業を開始。04年11月のアル・ハイマ・モール(リヤド)、05年8月のグラナダ・センター(リヤド)などへの出店を重ねてネットワークを拡充。07年7月にはジッダ(西部)のリビエラ・モールなど、地方都市への進出も始めた。09年6月には既存11店舗に加えて、リヤド、ジッダ、ターイフ、マディーナの4都市への新たな進出計画を発表した。

サウジアラビアのカルフールへの来店者は、1店舗・1日当たりで2万人ともいわれており、その約4割は外国系住民だ。小売流通業にはそれら来店者の生活習慣に適合した商品供給が求められる。欧州企業のカルフールにとって、サウジアラビア市場はハラール(イスラム戒律に従って処理された食品)への対応など課題も多いが、「同社としては今後も20店まで店舗網の拡大を図る見通し」(中東ショッピングセンター協議会・MECSC)だ。

また、乗用車(新車)販売台数は09年に約61万台(前年比2.4%増)と、今回の特集の調査対象国の中で最大の規模を誇る。サウジアラビアでは、乗用車購入の場合、これまでは現金払いが多かったが、最近はローンが主流になってきている。

(前田篤穂)

(サウジアラビア)

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