太陽熱発電・海水淡水化が商機に−欧州企業のフロンティア市場戦略(10)−

(アルジェリア)

ワルシャワ発・パリ発

2010年02月26日

世界有数の天然ガス輸出国としてソナトラック(石油・天然ガス)、ソネルガス(電力・天然ガス)などの公社が、イタリア、スペイン、フランスなどへの資源供給を通じて欧州との強い経済関係を確立し、豊富な資金をパイプライン整備やエネルギー関連設備改修などに投下している。最近は海水淡水化や太陽熱発電などの大型プロジェクトにも、欧州企業が参入を進めている。ただし、政治の影響力が強く、国外との金融取引に対する規制も厳しい。

<豊富な炭化水素資源>
アルジェリアは世界第4位の液化天然ガス(LNG)輸出国(BP統計、2008年)で、輸出量219億立方メートルは、カタール、マレーシア、インドネシアに続く。パイプライン経由の天然ガス輸出も375億立方メートルで世界第5位。また、原油生産も、日産199万バレルでアフリカではナイジェリアに次ぐ。

国際金融市場と一線を画する金融政策をとっているため、金融危機の影響も比較的軽い。09年の実質GDP成長率は2.1%(IMF)と、欧州に比べて堅調。10年も3.7%のプラス成長の見通しだ。

地中海を挟んでイタリア、フランス、スペインなどのエネルギー消費地に囲まれている点は有利だ。アルジェリアとスペインを結ぶ「メドガス・パイプライン」(ベニ・サフ〜アルメリアの海底区間は全長226キロ)プロジェクトと、イタリアを接続する「ガルシ・パイプライン」(エル・カラ〜カリアリの海底区間は全長310キロ)プロジェクトの2計画が進行している。

ガルシ・プロジェクトは、アフリカ最大の産油国ナイジェリアとイタリア(ぺスカラ)をサルジニア経由で結ぶ(全長4,000キロ、15〜16年に稼働予定)。ガルシ・パイプラインがメドガス・パイプラインから分岐する要衝ハッシ・ルメルを抱えるアルジェリアは、地中海越しに欧州ににらみを利かせることになる。

これらのプロジェクトの運営や安定成長はアルジェリアで炭化水素と総称される石油・天然ガス関連の産業部門の収益に支えられている。GDPの4割以上、輸出の9割以上は炭化水素部門によるもので、その過度な依存が経済の課題として指摘される。このため、「脱・石油・天然ガス」要素をプロジェクト提案に盛り込むことが、逆に大型受注につながる場合もある。

<公社が産業をリード>
フランス統治時代の影響が色濃く残り、同じイスラム圏のサウジアラビアなどよりは、比較的フラットな社会構造になっている。半面、産業界をリードする経営層が少ないため、アブデラジズ・ブーテフリカ大統領などが押さえる政治権力以外では、強力な事業基盤と利権を押さえる公社が産業をリードする役割を果たしている。国内最大の石油・天然ガス企業・アルジェリア国営炭化水素公社(ソナトラック)、アルジェリア電力・ガス公社(ソネルガス)、アルジェリア国営鉄道の3公社は「戦略部門」と呼ばれ、公益事業の収益を再分配する役割を担っている。

ソナトラックはその代表格で、石油・天然ガスの採掘・生産・輸送・精製までを統括する垂直統合型の総合エネルギー企業。メドガス・プロジェクトにも資本参加(出資比率36%)しており、スペインの石油化学大手CEPSAやエネルギー企業イベルドローラ(各20%)、電力最大手エンデサ(12%)、フランス電力・ガス最大手のGDFスエズ(12%)を上回る権益を握る。ガルシ・プロジェクトでも41.6%の資本を握り、エジソン(20.8%)、エネル(15.6%)などイタリアのエネルギー企業の出資比率を上回っている。

最近では、これらの潤沢なエネルギー収益を元に海水淡水化事業なども積極的に手掛けるようになっている。同社は多くの外国資本との合弁事業を展開するが、特定企業との長期的提携関係を構築することは少なく、大統領令(06年7月30日・第06-10号)で合弁事業でも51%以上の利権を持つことが保証されている。

<プラント受注はソナトラックとソネルガス向け>
アルジェリアの市場性を考える場合、炭化水素関連2公社の影響力は無視できない。社会基盤(プラント・設備)関連市場では、石油・天然ガス関連、新エネルギー関連の動きが活発で、08年11月にイタリアの石油・ガス・電力エンジニアリング最大手ボナッティが1億1,500万ユーロでソナトラックからアルラール発電所(南東部)の変電設備や送電網を受注している。フランスのエンジニアリング企業ソフレガスも、09年7月にハッシ・ルメルを中心とするパイプライン関連施設に関する基本設計(FEED)の5契約(約4,400万ユーロ)を一括受注した。

また、09年7月には韓国のサムスン・エンジニアリングがソナトラックから26億ドルの石油精製プラント(北東部・スキクダ)改修事業を受注。北西部のアルズーでも、石川島播磨重工業(IHI)と伊藤忠商事が液化石油ガス(LPG)プラントの増設プロジェクトを07年4月に受注(約1,300億円相当)している。南東部のガシ・トゥイユでは日揮が大型ガス処理プラントの建設プロジェクトを09年6月に約15億ドルで受注するなど、欧州系に限らず、高い技術力で信頼を得ている企業は大規模プロジェクトの受注を進めている。

スイスの重電最大手ABBは09年4月に「エル・メルク石油・ガス田向けのパイプライン、集油ステーション」(受注額4億9,000万ドル)、「アルジェ、オランでの変電所」(5,600万ドル)、「ハッシ・ルメル太陽光発電所向けの電源関連装置」(1,400万ドル)を連続して受注している。これらはいずれもソナトラック、ソネルガスなどを顧客とする受注事案で、背景には新鉱床開発、都市部での停電対策、石油・ガスエネルギー偏重からの脱却など、政府の掲げる主要政策がある。新興市場でのプラント受注を最も得意とする同社は、特に政府の産業構造政策を先読みして市場参入を進めている。

新エネルギー関連のプロジェクトも公社主導で進行中だ。サハラ砂漠での大型太陽熱発電プロジェクト「デザーテック」にはシーメンス、ABB、エーオン(ドイツ)、RWE(同)など欧州企業連合がアルジェリアの地場財閥セビタルと提携してデザーテック・インダストリアル・イニシアチブ(DII)を設立(09年7月調印、2009年7月17日記事参照)。エーオンの気候変動・再生可能エネルギー部門のエルベ・トゥアティ常務は「今後、太陽エネルギーが電力供給の主軸になると期待している。欧州とアフリカへの電力供給安定のため、DIIを支援する」としている。設立メンバー12社にはドイツ銀行、ミュンヘン再保険、HSHノルドバンクといった金融機関が含まれている。

ソネルガスはアルジェ近郊で約1億ドルを投資して太陽電池パネルの生産を始める計画(12年稼働開始予定)だ。09年11月に着工しており、年産50メガワット相当のパネル供給を目指す。政府が掲げる「15年までに電力供給の5%を再生可能エネルギー化」という目標への貢献が期待されている。この背景にも「脱・石油・天然ガス」戦略がある。

<海水淡水化事業の受注競争が激化>
また、エネルギー有効活用の取り組みとしては、サウジアラビア同様に海水淡水化事業も活発だ。国内の発電所には、天然ガス火力が多いが、これらの廃熱を有効利用する事業として、海水淡水化プロジェクトへの関心も高い。広大なサハラ砂漠を抱え、人口は約3,500万人のアルジェリアは世界最大の海水淡水化プラント市場に成長するともみられている。

先陣を切ったのは日系企業で、IHIと伊藤忠商事が共同で06年7月に、国内で初となる海水淡水化発電プラントを北西部アルズーで完成させている。併設されている天然ガス火力発電所の廃熱を利用して、1日当たり8万8,800立方メートルの淡水を供給している。この事業の発注企業も、ソナトラックとソネルガスが折半出資しているアルジェリアン・エナジー(AEC)だ。

しかし、この分野でのプラント企業の競合は激しく、09年1月にはベオリア・ウォーター(フランス)傘下のベルケフェルド(ドイツ)が北西部ルリザンヌの天然ガス火力発電所に海水淡水化プラントを納入している。同発電所にはフランスのアルストムが発電用タービンを納入しており、フランス連合での受注だ。このほか、08年2月には米国のゼネラル・エレクトリック(GE)グループがアルジェリア最大とされる日産20万立方メートルの造水能力をもつ海水淡水化プラントをアルジェ近郊で稼働させている(受注額約1億6,850万ユーロ)。

政府は10年までに国内に14の海水淡水化プラントを設置する方針だ。このため、欧州企業のほか、日系、韓国系、中国系、シンガポール系などグローバル企業が相次いで参入しており、海水淡水化プラントの草刈り場になっている。

しかし、10年1月には、ソナトラック経営幹部による不正取引問題が浮上。政府が激しく糾弾している。同社に対する政府の突然の態度硬化に驚きの声も聞かれるが、主要産業に対する政府の影響力が強い新興国でのビジネスの難しさを浮き彫りにしている。

<参入が難しい消費市場>
消費市場としては、所得水準向上で拡大が期待されるものの、課題も多い。新車販売台数は08年に25万台まで拡大したが、09年は22万台と伸び悩んだ(アルジェリア自動車販売代理店協会)。08年に「アクセント」「アトス」販売で首位に躍り出た韓国の現代が09年には失速。欧州周辺・新興市場向けの戦略小型車「シンボル」(Bセグメント・セダン)の投入に成功したフランスのルノーが首位に立った。

現代は地場財閥のレブラ・グループを代理店として利用しているのに対して、ルノーはアルジェリアに販売子会社を設立して、53ある現地の販売代理店を統括している。08年6月には「ルノー・アルジェリア・アカデミー」を開設して車両整備、マーケティングなどの現地人材育成を始めている。ルノーの販売台数(09年)は3万7,000台(ダチア・ブランドを除く)で、第2位の現代(2万5,000台)に1万台以上の差を付けている。

ルノーは「メガーヌ」「クリオ」「ラグーナ」などのシリーズ・モデルも投入しており、幅広い車種の提供を強みとしている。このほかにも、低価格商品として傘下のダチア・ブランドで「ロガン」「ロガンMCV」「サンデロ」の3モデル(1万7,000台)も販売している(2010年1月28日記事参照)

政府の(国内)自動車産業に対する期待は強い。これは炭化水素産業への依存から脱却する政策の推進役として、自動車産業に期待しているためだ。05年7月には3年以下の中古車の輸入が禁止された。政府は現地に事業拠点を設け、雇用創出、人材育成に貢献する企業の出現に期待しており、現代などの参入企業が現地に生産拠点を設置するなどの報道(実現しない場合が多い)が流れることもある。

他方、アルジェリアはEUとの「連合協定」に02年4月に調印しており(発効は05年9月、2005年9月22日記事参照)、遅くとも協定発効の12年後までにEU原産品に対する関税撤廃を目指している。現在は協定発効から4年目で、既に関税撤廃された商品もあるが、02年1月時点の「基本レート」を基準として、関税率の60%または70%まで低減している。このため、EU域内の生産品はほかの国・地域の原産品に対して優位性を持っている。

ただし、市場参入に失敗する欧州企業の事例もいくつか出ている。フランスのカルフールは、フランチャイズ提携企業アルディス(地場系財閥アルコフィナ傘下)との合弁で進出(06年3月)、12年までに18店舗を設置する計画だったが、09年2月に撤退している。この背景には、a.「大規模な現地調達を通じた同社の基本ビジネス・モデルが構築できない」(現地大使館情報)、b.「フランチャイズ収入の国外送金が実質的に難しい」(現地コンサルティング企業)、といった事情があると指摘されている。

(前田篤穂、金井善彦、ピエリック・グルニエ)

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