地場財閥との連携がカギ−欧州企業のフロンティア市場戦略(8)−
ワルシャワ発・イスタンブール発
2010年02月24日
欧州フロンティア市場の中心という地政学的に恵まれた立地にあり、人口約7,200万人の中東最大の消費市場を抱えている。欧州経済との関係は深く、欧州企業の多くはコチ、サバンジュ、ドアン、オヤクなど有力財閥との連携で市場参入を進めている。当地での欧州企業の事業展開は、金融機関なども巻き込んだ企業連合での取り組みに特徴がある。また、当地を起点に中央アジアや中東への進出を図る新たなビジネスモデルも確立されつつある。
<財閥との合弁・提携で市場参入>
トルコは欧州フロンティア市場の中心に位置し、周辺地域と深い経済関係を持つ。オスマン帝国最盛期には、中東はもとより東欧の一部、中央アジアから北アフリカに及ぶ広大な版図を領有、経済的・社会的に影響を与え続けた。この影響力は現在のビジネスにも少なからず残っており、優れたビジネス基盤の1つにもなっている。
主要輸出先の欧州市場の冷え込みで、2009年の実質GDP成長率はマイナス6.5%(IMF)と大幅に落ち込んだ。しかし、早くも10年には3.7%のプラス成長に回復する見通しだ。人口約7,200万人のトルコは中東最大の経済規模を誇り、人口の7割近くが40歳以下という、欧州周辺では数少ない人口増加社会だ(2010年2月19日記事参照)。国内経済は成熟途上にあり、短期の経済リスクがあれば資本流出を招きやすい半面、長期的には成長市場なので企業が離れられないという事情もある。この点は、既に人口減少社会に突入している東欧圏と比べても恵まれている。
市場としてはポーランドと同様に極端な偏りもなく、バランス良く成長を続けている。a.7,000万人を超える人口の多くが若い勤労者世代=有力購買層のため、消費市場は堅調、b.製造業、特に電機関連の集積度が高く、部品・素材取引が活性化している、c.プラント・設備市場も拡大している、が大きな特性として挙げられる。ただし、EU加盟国とは異なり、財閥が経済・産業をリードしている点が独特だ。外国資本の多くも、これらの財閥との合弁・提携などを通じて事業展開している。
主要財閥は、欧州企業との関係も深い。コチ財閥はロイヤル・ダッチ・シェルと合弁を組んで国営の石油精製企業テュプラシュを買収した(05年9月)。このほかにフィアットとの合弁で、自動車企業トファシュを運営、ブルサ(北西部)に生産拠点を置き、フィアットの「ドブロ」「フィオリーノ」「リネア」などを製造している(年間生産能力40万台)。
同じブルサではオヤク財閥もルノーとの合弁で「クリオ・セダン」「クリオIII・ハッチバック」「メガーヌII」などを生産している。同事業所(注)は、フランスのフラン事業所から「クリオIV」の生産移管を進めるかどうかでフランスの国内政治問題(10年1月)に発展した経緯もある。
流通分野では、フランスのカルフールが国内最大のサバンジュ財閥と合弁でハイパーマーケットを運営している。また、ドウシュ財閥はフォルクスワーゲン系統の代理店ビジネスを押さえているほか、金融、不動産、メディア、建設など多角的なビジネス展開で知られる。トルコ市場の水先案内人として財閥の果たす役割は大きい。
<乗用車市場:市況変化への対応スピードで現代がルノー抜く>
乗用車市場では、09年の新車販売台数〔トルコ自動車ディストリビューター協会(ODD)〕が金融危機にもかかわらず37万台と、08年(31万台)に比べ20.9%増えた。
この中で、躍進したのが、ルノーとの激しい競争を制した現代だ。トルコ軍人恩給基金を基盤とするオヤク財閥と協力関係を維持してきたルノーは08年までの11年間、乗用車販売で首位を維持したが、09年4月に市場投入した新型セダン「アクセント・エラ」でヒットを飛ばした現代の後塵を拝した。ルノーは東欧・中東市場を狙った新型セダン「シンボル」で先行(08年8月公開)したが、現地生産・輸入車の双方で攻勢をかける現代には及ばなかった。
現代はキバル財閥と合弁しており、イスタンブール近郊のイズミットに年産10万台の生産拠点がある。イズミット事業所での生産は「アクセント」(韓国名「ベルナ」)「マトリクス」(同「ラビータ」)だが、輸入車の「ゲッツ」(同「クリック」)も1万台超を売り切っている。ルノーも現地生産車は09年に前年比約1万2,592台増の5万3,113台を販売した。しかし、輸入車で伸び悩み、現地生産車1万9,025台→3万5,554台、輸入車9,583台→2万5,091台と、総合力で販売を倍増させた現代にシェアを奪われた。
両社はともに、09年には「Bセグメント(小型)」で勝負した。本来、トルコの乗用車市場では、Cセグメント(下位ミディアム)に属するセダンタイプに需要が集中する傾向が強い。しかし、金融危機の影響が本格化した09年は特殊な年で、これまで徐々に進んできたBセグメントからCセグメントへのシフト傾向が逆転した。全体に占めるBセグメントとCセグメントの比率は08年の40.6%、41.7%から09年には42.8%、39.4%と、価格の安いBセグメントへの回帰が顕著になった。
西欧市場でも同様の傾向が起こったため、必ずしもトルコ市場への輸出を優先することが正解とはいえないが、グループ全体としての輸出余力の確保、スピード感のある戦略判断が明暗を分けたといえる。
<流通:トルコ発の周辺市場開拓事例も>
流通面でも地場系財閥との連携は不可欠だ。トルコ・ショッピングセンター・流通事業者協会(AMPD)によると、09年の流通市場全体の売上高(1,670億ドル)の42%(700億ドル)は企業系流通事業者で占められる。この中では、サバンジュ財閥と連携するカルフールが最大手。大型店を中心に08年1月には国内で100店を突破した。
しかし、店舗数ではスーパーマーケット・チェーン最大手のミグロスが他を圧倒する。同社は「ミグロス」ブランド店で275店を保有。その他の系列ブランドも加えると、国内だけで1,566店(09年12月末時点)になる。ミグロスの起源はスイスのミグロス協同組合(現在のミグロス)とイスタンブール市との合弁事業(1954年)にさかのぼる。西欧の流通企業モデルでトルコ市場に参入、75年にはコチ財閥が買収している。その後、英国の投資ファンド、ムーンライト・キャピタルが買収(08年5月)した。
トルコ以外では「ラムストア」ブランドでカザフスタン、アゼルバイジャン、キルギス、マケドニアなどにも進出している。トルコ発の欧州周辺新興市場開拓の具体的事例だ。また、家電販売店では、英国のエレクトロニクス流通大手のケサ(KESA)が運営するダーティ(フランスの家電流通企業を英国の流通大手キングフィッシャーが93年に買収)が国内で11店を運営している。
<プラント:欧州企業連合が財閥と渡り合う>
社会基盤(プラント・設備)関連では、製鉄関連、環境・エネルギー関連の動きが活発だ。まず、製鉄関連で、トルコは欧州とその周辺地域でロシア、ドイツ、ウクライナに次いで粗鋼生産が多い(09年:2,530万トン)。このため、製鉄所関連の受注は拡大基調にある。イタリアの製鉄プラント最大手のダニエリは07年10月、トルコの石炭企業アタカシュとロシアのマグニトゴルスク製鉄所(MMK)のトルコ(イスタンブール、イスケンデルン)での合弁事業向けに、世界最大級の電気炉、熱間圧延設備や冷間圧延設備を受注。受注額は3億7,400万ユーロに上り、この設備増強で粗鋼生産能力は年産240万トン拡大する。
同プロジェクト向けでは、ABB(スイス)も08年7月、電力供給システムを約2,800万ドルで受注した。MMK・アタカシュ合弁プロジェクトはトルコの民間銀行第2位のガランティ銀行(ドウシュ財閥傘下)から4億5,000万ドル相当の融資を得ているほか、フランスのBNPパリバや英国のロイヤルバンク・オブ・スコットランドなど欧州金融機関からも強力な支援を得ている。欧州勢は設備、金融など総合的なプロジェクト参入が得意だ。
なお、オヤク財閥傘下のエレーリ製鉄所(エルデミル)子会社のイスケンデル製鉄所(イスデミル)向けのプロジェクトでは、05年6月にシーメンス(ドイツ)が丸紅、三菱日立製鉄機械との連合で、熱間圧延設備の受注(08年8月稼働開始)に成功している。
<環境・エネルギー:風力発電にシフト>
環境・エネルギー関連では、石炭火力から再生可能エネルギーへのシフトが鮮明になっている。特に風力発電施設の設置プロジェクトが相次いでおり、欧州企業の受注も目立つ。09年3月には南部メルシンでの風力発電用タービン11基をデンマークのベスタスが建設・エネルギー関連のアーオウル財閥から受注している〔出力容量33メガワット(MW)〕。
また、ドイツの風力発電システム大手ノルデクスも09年10月、トルコの再生可能エネルギー(風力・水力)大手ビルギン・エネルジからマニサ(西部)の風力発電用タービン36基(90MW相当)を受注。ノルデクスはビルギン・エネルジからベルガマでも同規模(90MW相当・36基)のタービン受注を進めるなど合わせてトルコ国内で累積300MWを受注している。在トルコ日系商社によると、「風力発電関連は今後も商機がある」という。
シーメンスは09年4月、サバンジュ財閥とオーストリアの国営系電力企業フェアブントの合弁エネルギー企業エネルジサから、チャナッカレ(北西部)の風力発電用タービン(出力容量30MW)を約3,700万ユーロで受注している。エネルジサは「15年までに風力発電能力を185MWに引き上げる」ことを目標としている。同プロジェクトはシーメンスが欧州以外で初めて風力発電用タービンを本格的に受注した事例として注目される。
<シーメンスは中東・中央アジアビジネスの拠点としても活用>
シーメンスは中東・中央アジアビジネスの拠点としてもトルコを活用し始めている。同社は08年12月、イラク電力省から5ヵ所の天然ガス火力発電所向けにガスタービン16基などを15億ユーロで受注することに成功した。これは同社の中東事業で過去最大級の受注案件とされるが、この実務は同社トルコ法人のエネルギー部門が担当している。
09年6月にはトルコ法人の産業部門がトルクメニスタンのトルクメンバシュ国際空港の電力制御設備などを2,700万ユーロで受注した。同空港の建設はトルコのポリメクス建設が行っており、ロシアCISでのトルコ系企業の影響力をシーメンスのトルコ法人が活用している事例といえる。
(注)製造活動だけでなく、開発機能、設計機能も持つ。
(前田篤穂、中島敏博)
(トルコ)
ビジネス短信 4b848c6cd59f8