低級車クラスでしのぎを削る−欧州企業のフロンティア市場戦略(6)−
欧州課・ウィーン発
2010年02月22日
国内新車市場では、価格の安い低級車クラスの競争が最も激しい。特に国産車ブランドのザスタバを買収したフィアットが、2009年以降、市場シェアの半分を占めている。特集6回目は、セルビアの自動車市場での欧州企業の取り組み。
添付ファイル:
資料( B)
<自動車ローンの収縮も販売不振の一因>
国内の新車販売市場は1999年から08年までの10年間、輸入車販売台数の増加とともに、年平均20%増のペースで急拡大してきた(図1参照)。資本主義経済への移行過程での輸入割当制度の撤廃や、自動車ローンの普及などが背景にある。09年の販売台数の減少も「不景気による購買力の低下というよりも、ローン会社の資金繰りの悪化で消費者が自動車ローンを組めなかったことが大きな要因だった」とアウディとフォルクスワーゲン(VW)の輸入ディーラー、アウトコメルツのデュルデビッチ部長は分析する。
ただ、金融危機の影響が出始める前の08年半ばから、輸入車販売台数は既に下がり始めていた。政府が08年7月に、対EUの輸入車関税率を従来の20%から10%に半減する見通しと発表したことで、実際に関税率が下がるまで買い控えようとしたためだ。
実際、政府はEUとの安定化・連合協定(SAA)のうち、貿易などの特定分野に関する暫定協定(08年4月合意)の発効を待たず、セルビア側だけが関税引き下げを早期に実施すると09年1月に決定し、EU側に通知(PDF)した。その結果、EUからの乗用車(完成車)の輸入関税は09年2月以降、10%に下がり、さらに段階的に引き下げられる予定だ。
<低級車クラスでは買い替え需要を先取り>
政府は09年4月に、10年以上使用したザスタバ車をフィアットのプント・クラシック(国産)に買い替えると、1,000ユーロ(1ユーロ=約124円)の購入補助金だけでなく、4.5〜5%の低利融資(通常10〜14%)を受けられるという「フィアットプログラム」を導入した。いったん同プログラムは終了したものの、後継プログラムが既に開始されており、国会で予算要求案が通過したため10年末まで継続される見通しだ。同プログラムでは、フィアットのプント・クラシックに加えて、ザスタバと部品が共通のオペルのアストラが対象になっている。
フィアットプログラムの導入で、08年に18.2%だったザスタバのシェアは、09年9月時点で33%まで拡大し、後継プログラムの導入によって09年末で50%にまで拡大すると見込まれていた(09年12月ヒアリング時点、図2参照)。フィアット傘下の自動車販売・サービス会社、ザスタバ・プロメットのガイッチ専務は「フィアットプログラムがなければ、新車販売台数は50%も落ち込んでいただろう」と振り返る。つまり、同プログラムは実質的には将来の買い替え需要の先取りで、一時的な販売増加にとどまる可能性がある(添付資料参照)。
セルビアは現在、WTOの加盟作業中で未加盟のため、同プログラムはWTOの補助金協定の規律には縛られないものの、1社優遇の不公平な措置だと、フィアット以外の輸入車ディーラーは不満をもらしている。ただし、セルビアはEUとの暫定協定(PDF)(10年2月1日発効)により、EUの競争政策を導入する義務を負うため、EUの規律の下では、フィアットプログラムのような1社優遇策は問題のある補助政策とされる可能性もある。なお、フィアットは11年中に、ザスタバの工場で2つの新モデルの生産を開始する予定だ。
ガイッチ専務によると、国内市場では1台当たりの車体価格が6,000〜1万1,500ユーロの低級車クラスの競争が最も激しいという。具体的にはプント・クラシックと競合するシボレー(スパーク)、大宇、現代(ゲッツ・I10モデル)、プジョー(206)、起亜(ピカント)、ダチア(ロガン、サンデロ)、アフトワズ(ラーダ)、オペル(アストラ・クラシック)などだ。
低価格車の人気はエンジンのタイプにも表れている。同社は09年12月から、プント・クラシック(国産車)で、ガソリン車を改良した天然ガス車の販売を開始した。車体価格だけでみれば、ガソリン車、天然ガス車、ディーゼル車の順に安い。天然ガス車はガソリン車(7,000ユーロ)よりも1,100ユーロ高いが、燃料コストが安く、4万キロ以上走行すれば元がとれるということで人気があるようだ。天然ガス車は今後、同社が販売するプント・クラシック(国産車)の25%を占めると同氏は期待している。
首都ベオグラードの街中でも、09年12月はガソリン車のトランクに天然ガスボンベを装着するため、改良作業の順番待ちをする車が道路脇で列をなしている光景がみられた。同社のガソリン車の販売台数はディーゼル車の9倍で、車体価格が安いガソリン車が圧倒的な人気だ。
<輸入車の販売は現地ディーラーを活用>
欧州の主な輸入車はメーカーの直営店ではなく、現地の輸入車ディーラーを活用して販売されている。国内の大手財閥のデルタグループは、複数ブランドを扱う輸入ディーラーを展開している。例えば、フィアットとホンダはデルタ・アウトモトが、BMWはデルタ・モーターズがそれぞれ取り扱っているが、いずれも同じデルタグループだ。
旧ユーゴスラビア時代の1992年創業で国内最初の輸入車ディーラーであるアウトコメルツは、アウディとVWを輸入販売する。同社設立者のデュルデビッチ氏は、この2ブランドに満足せず、「今後、各国のトップブランド車の輸入も手掛けたい」と意欲をみせる。過去、複数の日系ブランドとも交渉をしたことがあるという。現在は中国ブランドと交渉中だが、輸入台数などの問題で難航している。
<EUからの輸入関税引き下げで販売回復を期待>
旧ユーゴスラビア時代、住宅は政府から労働者に支給されており、一般的に労働者は住宅の心配をしなくてよかった。現在も当時支給された家を保有している人が多い。住宅の賃貸や購入の心配をしなくて済むこれらの人の購買意欲は、自動車に向けられる。
ウィーン比較経済研究所によると、同国の実質GDP成長率は、10年は0%だが、11年には2.0%に上向く見通し。デュルデビッチ氏も、金融危機の影響でしばらく景気は悪いが、近い将来また回復して、ビジネスしやすい環境に戻ると考えている。また、10年2月1日の暫定協定の発効により、今後EUからの輸入関税率(10%)はさらに段階的に下がる。
経済の早期回復は見込めないが、中長期的な景気回復とEUからの輸入関税率の段階的削減に注目しておく必要があるだろう。
(古川祐、木場亮)
(セルビア)
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