2010年以降、東アジアの競争環境は激変−完成目前、ASEAN+1FTAの影響−
アジア大洋州課
2009年09月08日
5つのASEAN+1自由貿易協定(FTA)が2010年に完成する。これは日韓など関係6カ国がASEAN市場で対等な競争ができることを意味するわけではない。例えばこれまで日本は、日・タイ経済連携協定(JTEPA)、日・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)を発効させ、タイとの関係で韓国製品に対して競争上有利な立場にあった。しかし、ASEAN・韓国自由貿易地域(AKFTA)にタイが10月1日に参加すると、その競争関係は逆転する。特集の最終回。
広範囲に生産ネットワークを張り巡らせた日本企業の場合、5つのASEAN+1FTAの競争条件を見極め、第三国間FTAをも活用するなど企業戦略の再構築を検討する時代に入った。
<新たな段階に入るアジアのFTA>
ASEANとインド、そしてオーストラリア(豪州)・ニュージーランド(NZ)とのFTAが10年に発効する。5つのASEAN+1FTAが出そろったことで、人口約5億8,000万人、中国を除くBRICSの国々と同程度の経済規模を持つASEAN市場へのアクセスが向上する(注)。これによりASEANが東アジア域内で構築してきた一連のASEAN+1FTAは完成、東アジアの地域経済圏形成の動きは新たな段階に入る。
まず、東アジア大の広域経済圏の構築が考えられる。現在までの広域経済圏構想としては、日本が主導する東アジア包括的経済連携(CEPEA;ASEAN+6)構想、中国・韓国が推進する東アジア自由貿易地域(EAFTA;ASEAN+3)構想の2つがある。2つの構想は、民間研究者の間で研究が重ねられ、09年8月に開催されたASEAN経済相会議で最終報告書が提出された。報告書では、これらの広域経済圏構想を政府間で研究するよう提言が盛り込まれ、会議で了承された。09年10月の東アジアサミットで首脳が了承すれば、CEPEA、EAFTAとも政府間研究に格上げされ、東アジア広域経済圏構想は実現に向け歩みを進めることになる。
<AKFTA発効で韓国が競争優位に>
一連のASEAN+1FTAが完成を迎えるものの、これはASEAN市場で日本、中国、韓国、インド、豪州、NZの対等な競争環境が整ったことを意味するわけではない。同じ品目であっても、削減のベースとなる関税率に加え、関税削減幅、発効時期によって関税差が生じるケースも多い。例えば日本製品と韓国製品との間で、関税差によって価格競争力に格差が生じる品目も出てこよう。
日本がFTA/EPA締結で韓国の先を行っていたタイも、例外ではない。タイは、日本にとってASEAN最大の輸出相手国(08年)で、全体でも第6位の重要な市場だ。日本はタイとの間でJTEPAを07年11月1日に発効させた。一方、ASEAN・韓国自由貿易地域(AKFTA)は06年8月に署名され、07年6月に発効した。しかし当時、韓国側の関税削減除外品目に、タイの主要輸出品のコメや鶏肉が入っていることを不服とし、タイだけは署名を見送った。
韓国とタイは2国間で個別に交渉を続けた結果、特定産品128品目についてタイ側の輸入関税引き下げ・撤廃を、当初予定の「10〜12年」から「16〜17年」に延ばすことを韓国側が容認し、交渉は妥結した。タイと韓国とは09年2月27日に「ASEAN・韓国包括的経済協力枠組み協定の下での物品貿易協定のタイ加入議定書」に署名、タイがAKFTAに加わることになった。署名以降、タイは国内手続きを進め、9月1日の定例閣議で、AKFTAの10月1日発効を正式に決めた。
タイ市場で日本はJTEPA発効以降、韓国製品に対し競争上優位に立っていたが、AKFTAにタイが参加することで、競争関係は逆転する。表1にタイの対日本と韓国の関税撤廃品目数と全品目に対するその割合を示した。AKFTAが発効する09年10月1日時点で、タイはAJCEPでは全品目の44.8%(2,469品目)で、JTEPAでは同46.7%(2,810品目)で、それぞれ関税を撤廃している。一方、韓国に対しては日本を上回る53.8%(2,967品目)を即時撤廃する。
さらに10年にはその差は縮まるどころか、一気に拡大する。AJCEPとJTEPAの撤廃率はそれぞれ48.7%、58.0%なのに対して、AKFTAでは新たに1,949品目で関税を撤廃、その比率は89.1%に達し、05年から関税削減を進めてきた中国(90.4%)に急迫する。10年以降、日本も徐々に関税が削減されるが、関税撤廃率90%になるのは、AJCEPで17年、JTEPAで16年まで待たねばならない。
<機械・電気機器の3割の品目で日本製品が不利に>
タイでJTEPAとAKFTAの特恵税率を発効直後の09年、10年、そして12年、15年の4時点で品目ごとに比較した(表2参照)。AKFTA発効直後の09年10月1日で、日本が有利な品目は全体の17.9%にとどまる一方、不利な品目は39%に上る。翌10年では日本が有利な品目は7.7%と減少する。不利な品目も減少するものの31.3%と依然として3割台だ。12年、15年と時期の経過とともに、関税同率の割合が上昇、12年ではその比率は79.7%、15年で84.2%になる。結局、韓国と日本とが同じ土俵でほぼ対等な競争ができるのは、10年代半ばまで待たねばならない。
日韓の間で競争環境が激変する10年、品目別に関税の優劣状況をみると、品目数ベースで日本が最も劣位に立たされるのは木材パルプ・紙製品(HS47〜49)で、全体(164品目)の84.8%(139品目)で日本からの輸出は不利になる。これに履物・帽子・傘など(HS64〜67)が82.1%、調整食料品・飲料・たばこ(HS16〜24)が67.3%で続く。ただしこれらの分野は、タイの対日輸入額全体のそれぞれ1.2%、0.01%、0.23%(09年1〜7月実績)にすぎず、影響は小さいとみられる。
タイの対日輸入(09年1〜7月)で輸入シェアが高い分野の競争状況をみると、シェア45.2%に達する機械類、電気機器(HS84〜85)、19.1%の卑金属・同製品(HS72〜83)について、前者は841品目中487品目(57.9%)、後者は1,078品目中652品目(60.5%)は関税率が同率で対等な競争環境にある。しかし、日本が不利となる品目もそれぞれ281品目(33.4%)、283品目(26.3%)ある。この2つの分野はタイの対韓国輸入のそれぞれ39.1%、26.4%を占めるなど、日本と同様、韓国の主要輸出分野で、今後、日本製品と競合する場面も出てくるだろう。
ASEAN市場は日本企業の牙城といわれて久しい。10年以降、タイにみたようにFTA/EPAの関税差を要因として、韓国製品との競争が一層激化する品目も出てこよう。東アジアにFTAの波が及んでいる現在、もはや同じ条件、同じ土俵での競争は望めない。広範囲に生産ネットワークを張り巡らせた日本企業の場合、第三国間FTAの活用も視野に入れ、競争環境変化を見極め、事業戦略を再構築することが求められる。
(注)IMF(WEO2009年4月)によると、08年のBRICS諸国の経済規模は、インド(1兆2,097億ドル)、ロシア(1兆6,766億ドル)、ブラジル(1兆5,728億ドル)。それに対しASEANは1兆5,068億ドル(ASEAN事務局)。
(助川成也)
(ASEAN・東アジア)
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