IAFTAへの期待(1)−完成目前、ASEAN+1FTAの影響−
ニューデリー発
2009年09月04日
6年越しの交渉を経て、政府はASEANとの自由貿易協定(IAFTA)に署名した。インドにとって、ASEANとの経済連携は、経済のアジア化を目指す「ルックイースト政策」を推し進める上で重要な意味を持っている。財の貿易から得られるメリットは限定的だが、サービス貿易と投資の自由化を含む包括的経済協力協定(CECA)の早期締結に期待が寄せられている。
8月13日、タイで行われたASEAN経済閣僚会議に出席したシャルマ商工相はIAFTAに署名した。同協定はASEAN加盟10ヵ国でそれぞれの国会承認手続きを経て、2010年1月に発効する見通しだ。1991年の経済開放以来、「ルックイースト」を掲げてきたインドにとって、東アジアの主要経済圏であるASEANとのFTAは大きな意味を持つ。経済交流のベクトルを世界経済の成長センターであるアジアに振り向けることで、息の長い経済成長を確保する狙いがある。
<輸出拡大への弾みを期待>
08年度(08年4月〜09年2月)のインドの貿易統計をみると、対ASEAN輸出は165億7,700万ドルで全輸出の10.8%、輸入は234億900万ドルで全輸入の8.9%を占め、欧州、米国、中国、湾岸諸国と並んで存在感は大きい。輸出相手国としてはシンガポールが最大で、シェア4.8%、輸入相手国はマレーシア、シンガポール、インドネシアがほぼ同列で並んでいる(表1参照)。インドは対ASEANでも大幅な貿易赤字を計上している。しかし、過去10年間、ASEANからの輸入額のシェアが8〜10%と横ばいで推移しているのに対し、輸出は6%から10.8%にまで増加しており、ASEANとの経済連携によって輸出に一層の弾みがつくことが期待されている。
対ASEAN貿易の9割強を占めているインドネシア、マレーシア、シンガポール、タイとの主要貿易品目は表2、表3のとおり。
インドからの輸出をみると、上位にランクされているのは最大の輸出品目である石油製品をはじめ、鉱物資源や食品などの一次産品が目立つ。エンジニアリング分野では船舶や有機化学品を除くと輸出規模は小さく、ASEANやASEANとFTAを結ぶ東アジア諸国に対して、インドの製造業の競争力不足がうかがえる。
タイを除き、輸入品目で最も上位にランクされているのがエネルギー関連品目だ。インドネシアからは主に火力発電用の石炭、マレーシアからは原油、シンガポールからは灯油や軽油などの石油精製品が輸入されている。また、インドネシアとマレーシアからは、IAFTA交渉で最大の争点となった動植物油脂(主にパーム油)を多く輸入しており、同品目の2ヵ国の輸入シェアは80%を超える。一方で、機械とその部品、電気機器は、すべての国で上位にランクされており、インド側の関税譲許が最も注目を集めている品目でもある。
<「ルックイースト政策」の遅れを取り戻す>
IAFTAによる国内産業へのインパクトは、ASEAN側よりインド側の方が大きいと考えられる。まず、域内最大の輸出相手国シンガポールでは、既にほとんどの製品が無税となっているため、同協定がもたらすメリットはわずかだ。また、インドと比べ輸出指向型の産業が多いASEAN側では、中間財等の輸入に際して関税の減免税制度が幅広く利用されており、IAFTAを使うインセンティブは働かない。さらに、ASEANが中国や韓国などとの先行FTAを完成させつつある中、長い時間をかけ段階的に関税を引き下げるIAFTAに優位性が生じにくいことなども挙げられる。
一方、インドにとっては、現在ほとんどの品目で5〜10%の高い関税が設定されており、また繊維など一部産業を除き、関税の減免措置などの恩典を受けていない。そのため、ASEAN製品の関税の引き下げは、輸入者に対して明らかにコスト削減効果をもたらすとともに、高関税に守られてきた国内産業からは脅威と受け取られている。
2期目を迎えたシン政権は、国会でも安定多数を獲得しているため、政治的な意思決定がスピードアップしている。組閣の翌月(7月)には、早速、前政権時から持ち越されてきた対韓国、対ASEANとの経済連携協定締結を閣議決定し、両協定とも8月の調印にこぎ付けた。IAFTAをめぐり国内から吹き出る批判に対しても、シン首相は「489品目のネガティブリストや国内産業向けの追加支援スキームにより、インドの農民や産業界の関心は完全に守られている」と押し切った上で、「インドが農業や労働集約型産業の保護に固執したため、2度にわたり交渉が中断した」とも述べ、遅れを取ってきた「ルックイースト政策」を強力に推し進めていく姿勢を示した。
これについて、政府系シンクタンクRIS(Research and Information System for Developing Countries)のウペンドラ・ダス博士は「インドは財の貿易にかかわる協議を早く妥結し、サービス貿易や投資にかかわる協定締結に照準を合わせている。ポジティブ方式(開放対象とするセクターを限定する)を取り入れるサービス貿易と投資協定は、財の貿易交渉に比べれば早期に決着するだろう」と説明する。
同博士はまた、WTO交渉でもインドは基本的に同じスタンスに立っているとし、「インドにとって、FTAとWTOは相反するものではない。非農産品市場アクセス(NAMA)でもつれたドーハ・ラウンドを決着させれば、得意とするサービス貿易と投資の自由化を議題に載せることができる」とみている。
産業界からも、CECAの早期締結を期待する声が挙がっている。インド産業連盟(CII)のバネルジー事務局長は「財の貿易の自由化から得られるメリットはごく限られたものだ。インドの産業界は、一刻も早いサービス貿易と投資にかかわる協定の締結を望んでいる。両地域が対等な利益を享受するため、ASEAN側からの意欲的な譲許が必要だ」と述べる。
08年度のインドの国際収支をみると、貿易収支が1,194億ドル(07年度は916億ドル)の赤字だったのに対し、ソフトウエア取引などを含む貿易外収支は896億ドル(同746億ドル)の黒字、投資や借入を含む資本収支も97億ドル(同1,092億ドル)の黒字を計上している。
(河野敬)
(インド)
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