内閣退陣で労働法改正の試み中断−欧州各国の雇用政策の現状−

(チェコ)

プラハ発

2009年07月15日

トポラーネク前内閣は、企業経営者などの支持を背景に雇用関係の近代化を目指し、労働法改正を掲げていた。しかし、同法の抜本的な改革に踏み出せないまま、下院が内閣不信任案を可決したため、任期半ばで退陣した。一方で社会保険料引き下げ、年金問題などは一定の成果を上げ、2008年の就業率目標は達成された。

<前中道・右派政権の改革>
雇用制度を定める現行の労働法は社民党(CSSD)を中心とする中道・左派政権下で06年に成立した。共産体制下で施行されていた旧労働法(1965年成立)の原則を受け継ぎ、被雇用主の権利保護を強調している。例えば、雇用主からの解雇条件を法人解散・移転の場合などに限るなど、厳格に定めている。

09年3月に下院が汚職関連疑惑で不信任案を可決したため退陣した(2009年4月3日記事参照)市民民主党(ODS)を中心とする前中道・右派のトポラーネク政権は、08〜10年に労働法改正を雇用政策の目標として掲げていた。労働社会福祉省は、試用期間の延長、有期雇用契約の拡大、解雇条件緩和、解雇・退職の事前告知期間短縮などを提案していたが、閣議提出前に内閣退陣となった。10月に予定されている解散総選挙の結果によっては議論が再燃する可能性がある。

また、前政権は雇用関係の近代化を目的として、社会保険料引き下げ、定年引き上げ、手当・補助金給付制度の改定、労働力の流動性拡大、パートタイム労働者の雇用奨励、などを掲げていた。このうち、最初の3項目は前政権下で法案が成立し、制度が導入されている。

(1)社会保険料引き下げ
08年から保険料のキャップ制度が導入され、月額平均賃金の48倍が年間上限に設定された。このキャップを超える賃金額にかかる保険料(社会・健康保険料)は、雇用主、被用者負担分ともに支払いが免除される。

09年1月1日から、社会保険料のうち、雇用主負担分が1ポイント、被用者負担分は1.5ポイント引き下げられ、それぞれ25%、6.5%となった。

同年5月には、金融危機対策法案の1つとして議会に提出された社会保険料引き下げ法案が下院を通過した。同案は平均賃金の1.15倍以下の従業員賃金について、雇用主が負担する社会保険料を最高630コルナ引き下げることを定めている。

(2)定年引き上げにより年金問題解決
08年8月に改正法が成立した。男性、子どもが1人未満の女性の定年を段階的に65歳まで引き上げる。子どもが2人以上いる女性は、子どもの数に応じて定年を62〜64歳に引き上げる。さらに年金受給に必要な保険料の最低支払期間も25年から35年に延長される。

(3)手当・補助金給付制度の改定
09年1月から、失業手当給付期間の1ヵ月短縮と給付金額引き下げを実施。これにより、給付期間は給付対象者の年齢によって、それぞれ50歳未満は5ヵ月間、50歳以上55歳未満は8ヵ月間、55歳以上は11ヵ月間となる。給付額は失業後最初の2ヵ月間は、失業前の平均手取り賃金の65%、次の2ヵ月間は50%、それ以降は45%となった。また、過去6ヵ月間に労働局に紹介された職を理由なしに2度以上辞めた人には手当支給を認めないなど、失業手当、生活保障手当給付条件も厳密化された。

08年1月に施行された財政再建法で病欠補助金制度が改正され、病欠最初の3日間に対する補助金支給が廃止された。08年の病欠件数は222万3,914件で、07年の286万5,201件より減少し、過去最低を記録した。しかし、08年4月に憲法裁判所が補助金支給廃止を違憲と判断したため、病欠最初の3日間への補助金支給が再開されたが、新病欠保険法によって09年1月から再び廃止されている。

憲法裁判所の判断は財政再建法で改正された病欠補助金制度に対してであって、新病欠保険法は含まれておらず、再度の廃止は違憲と判断されていない。ネチャス前労働・社会福祉相(ODS)は制度改正の効果を強調するが、病欠1件当たりの病欠日数は08年に大幅に増大した(表1参照)。

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<労働市場の柔軟化を目指す>
(4)労働者の流動性増やす
チェコ人は、仕事のための転居をしたがらない傾向がある。EU加盟後、労働者の流出が比較的少ないことにも表れているが、その一因とされているのが、統制家賃制度だ。統制家賃は現在約70万世帯に適用されており、市場価格をはるかに下回る家賃が設定されている。居住者は、統制家賃を維持するため、他地域への転居を避ける傾向にあり、労働力の流動性増加の足かせとなっていた。

06年に成立した統制家賃制度の改正法案では、10年までに年間平均14.2%の統制家賃引き上げを実施し、一部地域を除き、年間家賃が不動産価格の5%に達するよう調整することが定められた。しかし、09年5月には一部の都市を対象に、家賃引き上げ期限を2年間延長し、12年までとすることを定めた法案が可決された。これは経済危機の影響を考慮したもので、対象とされている都市は、ウースチー・ナド・ラベム(北ボヘミア)、オストラバ(北モラビア)、それに中央ボヘミア地方の人口1万人以上の都市すべてとなっている。

(5)パートタイム労働者の雇用奨励策
チェコでは伝統的にパートタイム雇用は少ない。08年現在、全雇用主のうち、パートタイム労働者の割合は4.9%にすぎず、同時期のEU27国平均18.2%を大幅に下回っている(表2参照)。

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前政府は、パートタイム勤務を奨励するため、これらの従業員を対象とした社会保険料の引き下げを検討していたが、具体的な法案審理には至っていない。

<改革は10月総選挙後に持ち越し>
前政権は、08年の目標として、就業率66.4%、女性就業率57.6%、高齢者(55〜64歳)就業率47.5%を掲げていた。これに対して実績はそれぞれ66.6%、57.6%、47.6%で、いずれの目標値も達成され、特に就業率は過去最高を記録している(表3参照)。

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前政権は、就業率増加の要因を、次のように分析している。

(1)経済成長の持続による労働者需要の増加。
(2)1940年代末〜50年代初頭、70年代半ば生まれの層の厚い人口グループがいずれも労働市場に存在する。
(3)定年引き上げの効果。

しかし、08年後半の金融危機に伴う経済の停滞により、09年に入ると、その影響が労働市場にも現れた。09年第1四半期の就業率は65.6%(前年同期比0.5%減)、うち男性就業率74.2%(同0.8%減)、女性就業率56.8%(同0.4%減)となった。また失業率も急増し、08年末の6.0%から09年5月末現在7.9%に上昇している。

この状況を少しでも打開するため、前政権は3月、雇用主に対して被用者再教育・研修費用を最高100%支援する欧州社会基金補助金プロジェクトを開始した。しかし、労働法、税制改正など抜本的な改正は、10月の総選挙後の新内閣成立後あらためて検討されることになる。

(中川圭子)

(チェコ)

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