労働市場の二重構造解消が課題−欧州各国の雇用政策の現状−

(スペイン)

マドリード発

2009年07月14日

経済危機に伴う大量失業で非正規雇用者にしわ寄せが集中する中、政府と労使の間で7月末をめどに労働市場改革の交渉が進められている。スペイン経団連(CEOE)は不況からの脱却には正規・非正規雇用の強固な二重構造をなす国内の労働市場改革が必須と主張するが、現在は改革のタイミングではないとする政府・労組の声にかき消されつつあり、この二重構造という聖域に踏み込んだ改革は見込めない。

<ユーロ圏失業者の3分の2がスペイン>
EU統計局によると、2009年5月のスペインの失業率(季節調整済)は18.7%と前年同月から8.2ポイント悪化、ユーロ圏の失業率9.5%のほぼ2倍に達した。失業者数は424万人と過去1年間に197万人増加した。同期間にユーロ圏で職を失った人の3人に2人がスペインでの失業者という計算となる。スペインは98年に始まった住宅ブーム期の10年間にユーロ圏の新規雇用の4割近くに当たる600万人の雇用を創出したが、現在それをはるかに上回る速度で雇用が失われている。

その内訳をみると、09年第1四半期までの1年間で、部門別ではサービス業、建設業で失業者数がそれぞれ前年同期比2.5倍(60万人増)、2.2倍(45万人増)と急増した。建設・不動産業でブーム終息により大量解雇があったほか、国内外の消費の冷え込みで観光関連産業が低迷していることによる。また、労働力人口全体の16%程度を占める外国人の失業者が、前年同期比55万人増加した。スペイン人も含む全体での増加分の29.9%と高い割合を占めていることから、特に移民労働者に雇用悪化の影響が強く表れている。

<先進国の中で非正規雇用の割合が最高水準>
失業率は、過去最低の8.3%を記録した07年からわずか2年で、再び20%を突破すると予測される。こうした急激な調整が生じている最大の要因は、景気そのものよりも労働市場のあり方に問題があるといわれる。過去1年で、給与所得者のうち非正規雇用(有期雇用)者は104万人減少した。正規雇用(無期雇用)者は7万人増加している。正規雇用が無傷となった一方、非正規雇用では正規雇用への転換をはるかに上回る、大規模な解雇や雇い止めがあったとみられる。

スペインは、外国企業などから「雇用制度が硬直的」と批判を受ける一方、非正規雇用の割合が約3割と、先進国の中でも群を抜いて大きい。これは、経済構造が観光、建設といった季節・景気の影響を受けやすく、低付加価値労働力に頼る産業に大きく依存しているため、80年代の労働改革で雇用形態の柔軟化が行われたことが大きい。加えて、正規雇用は極めて硬直的なまま存続していることから、企業がこれを回避する傾向にあることも、非正規雇用増加の大きな要因となっている。

スペインの労働市場は労組の発言力が強いことから、生産性ではなく地方・業種ごとの労働協約によって決定される賃金システムや、EU内で最も高額な解雇補償金で保護された正規雇用の聖域化、それに対して賃金水準や解雇コストがはるかに低く、景気変動に応じて市場調整の対象となる非正規雇用の過度な導入、という二重構造の問題を抱えるようになった。

90年代半ば以降の労働改革では、増えすぎた非正規雇用から正規雇用への転換が進められている。しかし、硬直的な正規雇用を避ける企業が多く、その結果、新卒を中心とする25歳未満人口の失業率は35.7%(過去1年で10万人増)に達するなど、若年層の就業機会が失われるという問題も生んでいる。

<労組が基盤の政権に労働市場改革は聖域>
政府は現在、労使機関や専門家などと1年以上にわたり労働市場改革をめぐる交渉を続けており、7月末をめどに何らかの合意が発表される予定だ。CEOEはOECDなどの国際機関や欧州中央銀行総裁からの改革勧告をバックに、「スペイン労働市場が抱える二重構造の撤廃」を求めている。しかし、正規雇用は強い労組が得た強固な既得権で、2大労組の1つであるUGTを主要支持基盤とするサパテロ首相率いる社会労働党政権には、手がつけられない聖域となっている(表1参照)。

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既に政府は、「解雇コストの引き下げをはじめ、労働者の権利が損なわれるような措置は絶対に行わない」(サパテロ首相)、「現在の景気下ではそのタイミングではない」(サルガド第2副首相兼経済相)として、労組側と協調する立場を明らかにしている。経営者側には、社会保険の雇用者負担率を0.5ポイント程度引き下げ、09〜10年の2年間に雇用を維持した小企業に対する3年間の法人税5ポイント引き下げ、といった雇用インセンティブを提示している。労働者側には、失業給付期間切れの失業者への補助金給付(月額約420ユーロを6ヵ月間)といったセーフティーネット拡大を提案し、双方の妥協点を探っている状況だ。

<パートタイム正規雇用にも労組は否定的>
改革をめぐり労使双方が反発する中、政府は3月に苦肉の策として15億7,700万ユーロの雇用維持・失業者保護措置を承認した。自動車部門などの製造業で08年から増加している雇用調整手続き(ERE)における雇用維持インセンティブや失業者への保障拡大、失業者の雇用に対するインセンティブが目玉となったが(2009年2月23日記事参照)、この中でパートタイム正規雇用の促進策も導入された(表2参照)。

新規のパートタイム正規雇用については、フルタイムと比較した際の勤務時間の割合に応じて雇用者負担分の社会保険料支払いを一部免除する。スペインはパートタイム雇用の割合が12.0%と、EU(18.2%)の中でも低い方に位置する。企業側にとっては、硬直的な労働市場改革のための解決策の1つと考えられている。政府は失業の増加する今こそパートタイム正規雇用促進が可能とみるが、労組はこれを雇用条件の悪化として否定的に受けとめている。実際問題として、パートタイム雇用率の高いオランダなどと比べ賃金ベースが低いため、労働者がパート賃金では生活していけないといった事情がある。

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(伊藤裕規子)

(スペイン)

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