保護主義条項を残し気候変動対策法案が下院を通過

(米国)

ニューヨーク発

2009年07月10日

「米国クリーン・エネルギーおよび安全保障法案」(気候変動対策法案)は、僅差で下院本会議を通過した。温室効果ガス削減目標やキャップ・アンド・トレード制度などの主要条項に関しては、委員会を通過した内容にほとんど変更は加えられていない。他方で、「国際留保排出枠」と呼ばれる排出量の多い国などからの輸入に対する関税賦課に相当するような保護主義的な条項も引き続き規定されている。

<44人の民主党議員が反対票を投じる>
6月26日、「2009年米国クリーン・エネルギーおよび安全保障法案(ACES)」(H.R.2454)が賛成219対反対212という僅差で下院を通過した。民主党議員のうち44人が反対票を投じた。これら議員の選出州のうち、複数の議員が反対票を投じた州は、ペンシルベニア州、インディアナ州、アラバマ州、テキサス州と石炭や石油などのエネルギー生産州や工業州となっている。また、財政規律維持を志向するいわゆるブルードック議員連盟所属の半数近くが反対に回ったことは特徴的だ。オークション比率の低さによる財政悪化を懸念しての行動と推測される。

他方、賛成票を投じた共和党議員は、ニュージャージー州3人、ニューヨーク州、カリフォルニア州、デラウェア州、イリノイ州、ワシントン州各1人と、ほとんどが比較的環境意識が高いといわれる西海岸と東海岸の州の選出議員となっている。

<主要な枠組みは委員会通過時点から変更なし>
下院本会議を通過した内容と5月21日にエネルギー・商業委員会を通過した内容を比べると、低所得者向けのエネルギー税額控除の還付制度が削除されたことや省エネ・新エネや低所得者保護のプログラムを行う小規模電力供給会社への排出枠の無償割り当てが追加されたことなど若干の修正が加えられた。しかし、温室効果ガス削減目標やキャップ・アンド・トレード制度(C&T)の枠組みなどの主要条項に関しては、ほとんど変更は加えられていない。下院を通過した法案の概要は次のとおり。

(1)再生可能電力基準(RES)として12年の6%から20年20%の目標値を設定。なお、例えば20年20%のうち5%(知事の決定により最大8%まで)をエネルギー効率向上措置によって代替することが可能。

(2)温室効果ガスの削減目標については、国全体の削減目標は12年に05年比で3%減、20年に20%減、30年に42%減、50年に83%減。また、C&Tの規制対象事業の削減目標は、12年に05年比で3%減、20年に17%減、30年に42%減、50年に83%減。

(3)発電所、セメント製造、アルミ製造、アンモニア製造、石灰製造、シリコン・カーバイド製造、石油精製業などは、温室効果ガスの排出量に関係なくC&Tの対象。他方で、石油・石炭液化燃料製造・輸入(ただし、環境保護庁長官が指定するもの)、鉄・スチール製造、ガラス製造、パルプ・製紙、エタノール製造、食品処理業などは二酸化炭素(CO2)換算で2万5,000トン以上の温室効果ガスを排出する排出源が対象。

(4)低所得者保護の目的で排出枠のうち15%が、また、労働者保護の目的で21年までは0.5%、以降50年までは1%がオークションにかけられる。また、本法案によって創設される「エネルギー効率および再生可能エネルギー労働者訓練基金」、「気候変動健康保護および促進基金」と「気候変動適合基金」の財源として一定期間、若干の排出枠がオークションの対象となる。

(5)産業界への無償割り当てとして、電力企業は29年まで割り当ての43.75%〜7%、天然ガス供給業は29年まで割り当ての9%〜1.8%、石油精製業は14年から26年の間に割り当ての2%が割り当てられる。

(6)そのほか、省エネ・再生可能エネルギー促進、CO2回収・貯留(CCS)施設設置・運転、電気自動車などの開発、クリーン・エネルギーの研究開発、熱帯雨林伐採防止、国内適応策、国際適応策とクリーン・エネルギー技術移転、労働者支援・職業支援などの施策の推進に対して、排出枠の無償割り当てが行われる。

(7)プラグイン電気自動車の国内での開発・製造に対し財政的支援を与える。

(8)低所得者に対し、法案の結果生じる電力購入時の損失分を毎月の保障給付のかたちで還付する(エネルギー還付プログラム)。

(9)エネルギー集約型で国際競争力にさらされている産業を対象に、法案によって生じた追加費用が還元される(排出枠還元プログラム)。環境保護庁長官は、11年6月30日までに対象となる産業のリストを公表し、13年2月1日以降、4年ごとにリストの見直しを行う。また、大統領は17年1月1日までに、その後は2年ごとに、この還元プログラムがカーボン・リーケージ(注)対策に効果的であるかなどの報告書を議会に提出しなければならない。

<保護主義的条項は引き続き存在>
法案には、18年1月1日までに温室効果ガス削減に関する拘束力ある国際合意が創設されない場合は、大統領は原則として「国際留保排出枠」制度を創設しなくてはならないとの規定が盛り込まれている。この制度は、温室効果ガス削減に関連する国際合意を締約しない国や、ある製品の属する産業分野の製品出荷当たりのエネルギー消費や排出量が米国より多い国(後発開発途上国などを除く)を生産国とする製品の輸入に対して「国際留保排出枠」の購入を義務付けるもの(排出国に対する関税に相当)。

この制度は、ある製品の輸入について、温室効果ガス削減に関連する国際合意の締約国や、当該製品が属する産業分野の製品出荷当たりのエネルギー消費や排出量が米国より少ない国を生産国とする割合が85%を下回った場合に発動される。「国際留保排出枠」制度は、委員会通過時点にも存在したが、適用要件などに修正が加えられた上で、下院通過法案にも残った。

オバマ大統領は、法案の下院通過を歓迎する声明を発表したが、同時に「このような経済情勢の中、米国は貿易相手国に対して保護主義的なシグナルを送るべきではない」として、これらの保護主義的な条項に強い懸念を表明した。

<上院での審議はさらに難航の見込み>
今後、気候変動対策法案の審議は上院に移る。環境・公共事業委員会のバーバラ・ボクサー委員長(民主党)は、早速、上院としての法案作成作業に取りかかっており、8月の夏期休会までに同委員会での審議を終了させたいと述べている。また、財政委員会のマックス・ボーカス委員長(民主党)は、下院の法案に盛り込まれた、気候変動対策が不十分な国に対する貿易措置に懸念を表明しており、7月8日に「気候変動法制:国際貿易に関する考察」と題する公聴会を開催する予定だ。

上院民主党は、数字の上では議事妨害(フィリバスター)に対抗できる60議席を得ることができた。しかし、選出州の産業保護や米国の国益確保など複雑に利害関係が絡み合う気候変動対策法案の前に、民主党議員が一枚岩でいられるとは到底考えられない。上院での審議はさらに難航が予想される。

(注)国内の温室効果ガスの排出規制が厳しくなることにより、排出量の多い産業が、規制の緩い国などに移転してしまう問題。

(鳴瀬陽)

(米国)

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