労働集約型から高付加価値分野まで柔軟に対応−欧州フロンティア諸国の投資環境比較(10)−
ワルシャワ発・パリ発
2009年03月25日
モロッコは今回の調査対象国の中で、最も金融危機の影響が少ないと考えられる。これまで低廉かつ豊富な人材で、ワイヤーハーネス、繊維など労働集約型産業の投資を集めてきたが、最近では半導体回路設計など高付加価値業務も取り込みつつある。EUとの「連合協定」など法秩序の面やフランスとの教育・社会的な関係の深さなどのほか、高速道路網や港湾などの整備スピードの迅速性など、ビジネス上の利点も多い。今後も人口増加が見込まれ、新興市場としての成長も期待できる。
添付ファイル:
資料
( B)
<金融危機の影響は軽微>
モロッコは今回の調査対象地域の中では、金融危機の影響が最も軽微な国と考えられる。IMFがタンザニア政府と共同で2009年3月10〜11日にタンザニア・ダルエスサラームで開催した「IMFとアフリカ諸国財務首脳との国際会議」でも、モロッコの有力行であるサントラール・ポピュラール銀行(BCP)のモハメド・ベンシャーブン総裁が「モロッコの金融部門の純利益は09年でも前年比15%の成長を遂げる」と強気の見通しを示している。
外国企業にとっての最大の魅力は、低廉な賃金水準だ。法定最低賃金が時給10.14ディルハム(09年7月から10.64ディルハムに改定予定)で、1日8時間労働と仮定すれば、日給81.12ディルハム(867円相当)。生産オペレーターの場合、「未経験なら法定最低賃金レベルで採用することもできる。業務の習熟状況をみて徐々に引き上げることにしている」(現地日系企業)という。
モロッコ産業貿易・新技術省投資局は「欧州に立地する企業は、金融危機の今だからこそ、低コスト立地のモロッコへの事業展開を検討している。しかし、欧米の金融機関はこの時期の新規投資に積極的ではなく、十分な融資が得られなければ、投資は遅れる」と危惧する。
他方、金融危機の影響が相対的に軽微な背景としては「外国資本の参入に対する規制が、金融部門で特に厳しい」(日系企業関係者)ことが挙げられる。金融部門の規制で投機的な資金還流が少なかった半面、資金の引き揚げも少なかった、ということになる。ただし、BCPのベンシャーブン総裁は「旺盛だった観光部門に対する需要も減速しており、(在外居住者を中心とする)外国送金も減少してきている」と指摘しており、金融危機の影響がないわけではない。
<豊富な人材供給で日系企業も進出>
進出日系製造業としては、住友電装グループが、自動車用ワイヤーハーネスの製造拠点を国内に5ヵ所も保有する。グループ企業のSEWSカビンド(01年3月に買収)はラバト、カサブランカの周辺に集中してムーライ・ラシッド、ベラシッド、アイン・セバの3事業所を運営、3,000人以上を雇用する。ポーランド南部のジビエッツ事業所と同系統の生産拠点だ。ポーランドでは、フィアット(同事業所近郊のティヒに立地)のほか、特殊車両(トラクター、フォークリフトなど)のCNH(オーストリア、英国向け)やリンデ(ドイツ向け)への供給も行うが、モロッコでは乗用車やトラック向けを中心とする。
このほか、英国住友電装(SEWS-E)系列の子会社として、ケニトラ事業所(ラバト近郊)をもつ。北部のタンジェ自由貿易区にはオートモーティブ・ワイヤリング・システム・モロッコ(AWSM)と呼ばれる製造子会社もある。このタンジェ自由貿易区には同じワイヤーハーネス製造の矢崎総業も進出している。住友電装グループは、今回の調査対象地域では、ポーランド、ルーマニア、ウクライナ、トルコ、モロッコの5ヵ国に進出しており、矢崎総業はリトアニア、ルーマ二ア、ウクライナ、トルコ、モロッコの5ヵ国に進出している。
生産設備の自動化が困難なワイヤーハーネス事業では、賃金水準が低く、人材供給の安定している立地への投資が重要で、両社とも欧州周辺のまさにフロンティアとして、これらの地域に進出している。この点では、チュニジアとも似ており、投資誘致では競合関係にある。
国連経済社会局の推計(06年)によると、人口は現在の3,100万人から50年には4,300万人にまで増加する見通しで、50年の人口が3,500万人に減少すると予測されているウクライナ(現在4,700万人)を上回ることになる(添付資料参照)。人材供給面でのモロッコの重要性は高く、新興市場としての期待もできる。
<アフリカ最大の港湾を目指すタンジェ地中海港>
進出企業の仕向け地はほとんどが欧州だ。北部の港湾都市タンジェは、対岸のアルへシラス(スペイン)まで14キロで、トラック貨物に対応したフェリーも頻繁に就航している。モロッコは特に北部とラバト、カサブランカなど中部の主要都市が既に高速道路で有機的に連絡していることから、進出日系企業もロジスティクス面での問題はほとんどないという。
現在は、タンジェ旧港にあるフェリー・ターミナルからトラック貨物として製品を欧州に輸出している企業が多い。しかし、今後は旧港の東方40キロにあるタンジェ地中海港(07年7月稼働開始、写真参照)にフェリー・ターミナルが移される予定で、コンテナ貨物の中継輸送を含めて企業向けロジスティクスはタンジェ地中海港が扱うことになる。
同港は、07年の稼働開始以降、既に150万TEU(20フィートコンテナ換算単位)のコンテナ貨物取り扱い実績がある(タンジェ地中海港港湾局)。15年には800万TEUまでコンテナ貨物処理能力を引き上げ、アフリカ最大の港湾を目指す。水深18メートルの岸壁が整備されており、港湾への投資企業でもあるA.P.モラー・マースク(デンマーク)のほか、MSC(スイス)、CMA CGM(フランス)が利用している。日系ではマキタ(電動工具)が09月1月に物流倉庫を兼ねた販売法人を港湾隣接地に設立している。
金融危機の影響で、計画からはやや遅れるとみられるものの、ルノーは単独で自動車生産拠点(タンジェ地中海港から西に12キロのメルーサ工業団地)を建設する見通しで、タンジェ地中海港港湾局も自動車専用(RORO)船舶に対応するターミナルの建設を急いでいる。また、政府は、この投資を歓迎して「タンジェ地中海・自動車関連職業訓練センター」を設置することを決めており、人材育成面でもサポートする。なお、ルノーのパートナーである日産自動車は09年2月9日に同プロジェクトへの参画は「一時中断」と発表している。
<EU、特にフランスと強固な関係>
モロッコはEUとの「連合協定」(00年3月発効)を締結しており、EU原産の工業品の関税を段階的に低減し、12年までには完全撤廃することで合意している。09年時点では、関税は標準税率の30%まで引き下げられている。これはEU原産車にとって圧倒的に優位である。日系自動車販売代理事業者によると、モロッコは工業品の最高関税率の低減を進めており、自動車関税は08年の32.5%から09年には27.5%に下がっている。しかし、EU原産車の関税率は既にこの3分の1の水準まで低減されており、12年には撤廃される。これに対して、EU域外原産の輸入車には17.5%もの関税が残る見通しだ。
このため、EU域外原産車メーカーは、部品を輸入して現地の自動車生産事業者への委託を行うコンプリートノックダウン(CKD)生産をモロッコ(主にカサブランカ)で行っている。CKD部品の関税率は3〜4%と完成車輸入(27.5%)よりも低いからだ。これに対して、完成車に対する関税が大幅に低減してきた欧州メーカーは既にCKD生産から完成車輸入に切り替え始めている、という。この影響で、中古車から新車への需要シフトも徐々に進んでいるという。
現地日系商社によると、「高速道路網・港湾の整備スピードも速い上、治安の面でも不安はあまりない。ビジネスへの宗教の影響もほとんどなく、日々の礼拝やラマダン(断食)月の影響で生産ラインが止まる、というのは先入観。現実には普通に働いている人が大半だ。課題はコミュニケーションで、フランス語ができないと仕事にならない。また、地方ではアラビア語しか通用しないこともある」という。
フランスの社会的な影響力は極めて大きく、都市部の就業者にはキャリア志向が強いため、事務員などの賃金水準はキャリアとともに上昇する傾向がある。半面、地方の生産オペレーターは未熟練の場合、法定最低賃金レベルでの採用も行われており、所得格差は大きい。
また、高等教育機関ではフランスと教育プログラム構成や資格制度が整合している利点を生かして、技術交流が活発だ。欧州半導体最大手STマイクロエレクトロニクス(フランス・イタリア合弁)は回路設計センターをラバトに保有。約1億ディルハムを投資して250人を雇用、薄型テレビやデジタルカメラ向けの半導体回路の設計などを行っている。
(金井善彦、前田篤穂)
(モロッコ)
ビジネス短信 49c8778dda818




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