ロシア・CIS向け供給拠点として注目(バルト3国)−欧州フロンティア諸国の投資環境比較(5)−

(ロシア・中央アジア・コーカサス、リトアニア、欧州)

ワルシャワ発

2009年03月17日

ラトビアがIMFに緊急融資を要請(2008年12月)したことで、にわかに関心の高まったバルト3国。いずれもユーロ導入をにらんで、既に欧州為替相場メカニズム(ERM2)に参加、金融基盤の整備を進めてきたが、インフレ・賃金上昇など金融危機直前の急成長が生んだ歪みに直面している。金融危機までは、ロシア、中央アジアなどCIS圏全体へのロジスティクス拠点としての成長が期待されていた。「港湾」「臨海工業団地」「運輸網(鉄道・高速道路)」などで独自の特性を持っているためだが、金融危機後は新しい事業モデルへの転換が課題となりそうだ。

<金融基盤のもろさを露呈>
リトアニアなどバルト3国の産業・企業関係者は「西欧」「北欧」「ロシア」の三極を軸にビジネスを考える傾向がある、という。西欧は「EU法秩序」、北欧は「資本」「教育」、ロシアは「政治」あるいは「市場」という観点でそれぞれ重要性を持つ。特に北欧に対しては、経済・社会的な依存度が高い。今回の金融危機も、まず、北欧資本の撤退という格好で、これらの国々に大きな影響が出てきた。

バルト3国の企業の資金調達を担う証券取引所(タリン、リガ、ビリニュス)も、スウェーデン証券取引所(OM)とヘルシンキ証券取引所(HEX)との経営統合(03年8月)で誕生したOMXグループ(07年5月に米国ナスダックとの経営統合に合意)の傘下に収まっている。このため、「金融危機の波」の3国への到達は速く、国内有力金融機関のパレックス銀行が08年11月に破綻、ラトビア政府管理下に置かれた。

同月にはラトビアがIMFに対して23億5,000万ドルの緊急融資を要請(08年12月にIMF承認)。これにEU(43億ドル)、北欧諸国(25億ドル)、世界銀行(5億5,760万ドル)、チェコ(2億7,880万ドル)、欧州復興開発銀行(EBRD、1億3,940万ドル)、ポーランド(1億3,940万ドル)、エストニア(1億3,940万ドル)などの国際機関や周辺国が追随して、総額105億ドルの金融支援パッケージに応じた。これは、東欧圏で、ハンガリー、ウクライナに続く金融危機の表面化だった。この結果、ゴドマニス内閣は09年2月に総辞職している。

<急成長の中で過度なインフレ・賃金上昇進む>
リトアニアは、IMFの緊急支援こそ要請していないが、同国財務省によると、09年の実質GDP成長率はマイナス4.8%(08年:プラス3.5%)まで落ち込み、11年までマイナス成長が持続するとみている。08年12月にリトアニアを訪問したIMFの調査団も、リトアニア経済について「近年の急速な経済成長はインフレと経常収支赤字につながったが、(金融危機後の)消費市場の低迷、資本流入の急停止が世界経済の打撃をさらに増幅している」と指摘した。同じバルト3国でも、エストニアはラトビア支援に回ったが、リトアニアは同パッケージに参画できなかった。

こうした金融危機の影響で、リトアニアでは雇用情勢も悪化。07年に4.3%まで低下していた失業率が、財務省の見通しでは、08年に5.6%に上昇。さらに09年には7.8%、10年でも8.5%と、不況の長期化を織り込み始めている。同じ東欧圏の不況でも、その深刻度が中・東欧のビシェグラード4ヵ国(2009年3月16日記事参照)とは大きく異なる。

元々、ロジスティクス産業や北欧企業からの生産委託に対応してきたバルト3国の企業では、金融危機以前、失業率の低下に伴って賃金水準は急上昇を続けてきた経緯がある。リトアニアでは直接作業者(ブルーワーカー)の平均賃金(グロス・月額)は、08年第3四半期で1,867リタス(約6万4,000円)まで上昇。今回の調査対象国で最も高い水準を示している。

外国為替管理では、エストニアとリトアニアが04年6月、ラトビアが05年5月に、ユーロと自国通貨との変動幅を一定に収める枠組み(ERM2、2005年11月14日記事参照)に参画している。また、リトアニアは02年3月以降、1ユーロ=3.4528リタスの固定レートでペッグしており、通貨面での安定化は図られていたが、今回の金融危機では、そのインパクトを完全にかわすことはできなかった。

<リガ港はモスクワへのアクセスで優れる>
しかし、運輸基盤では、バルト3国はいずれも有力な国際港湾を保有する点で優位性を持つ。特にリガ港(ラトビア)以南は天然の「不凍港」が点在し、既にロシア、ウクライナ、中央アジア諸国向けの西側からの物流ルートとしての活用が始まっている(2008年10月20日記事参照)。バルト海最大の港湾であるサンクトペテルブルク港は「凍港」であり、ロシアの北西端に位置するため、モスクワ以南へのアクセスは必ずしも良好とはいえない。また、07年ごろまでは輸入貨物の急増で、しばしば「沖待ち・滞船」が発生して「港湾として機能していない」との指摘もあった。このため、フィンランドやバルト3国の「代替港湾」としての機能が期待された。

中央アジアの物流では、米国政府がアフガニスタンに駐屯するNATO軍への物資の供給ハブとしてリガ港の利用を進める方針を09年2月に明らかにしている。リガ港で荷揚げされたコンテナ貨物は鉄道に積み替えられて、モスクワ(リガから約900キロ)、中央アジアなどを経由してアフガニスタンに至る。ラトビアは旧・共産圏時代から、これらロシア・CISと同じ1,520ミリの広軌道(欧州標準の1,435ミリとは異なる)が敷設されているため、円滑な搬送を実現できると期待される。また、リガ港は大市場モスクワへのアクセスの良さから、ロシア向けのコンテナ貨物の取扱量ではバルト3国最大とされる。

リガ港は厳密には不凍港ではないが、凍結の程度が軽微で、砕氷船も完備するため、冬季でも航行に問題はない。また、西方のベンツピルス自由港になると完全な不凍港で、ドイツとロシア両市場への海運でのアクセスを事業の前提とする場合、重要な役割を担う。清掃車両・欧州最大手のブッヒェル・シェリング(本社:スイス)は、ベンツピルス自由貿易区に2つの生産拠点を保有する。

同社は生産立地としてベンツピルスを選んだ理由として「商品特性(重量)を考えると港湾の近郊での製造を考慮する必要があった。さらに最大市場・ドイツへの迅速な供給と急拡大していたロシア・ウクライナ市場へのアクセスを考えると、バルト3国の真ん中に位置するラトビアに利点があった」という。ベンツピルス港にはドイツ・ロストック港へ直航する自動車専用フェリーがある。また、ロシア・CIS市場向けの農業機械の中継港としての評価も高い。

また、さらに南下するとリトアニア国境近郊には、リエパヤ港がある。同港の主要な事業運営企業はJSCリエパヤス・メタルルグス(ラトビア鉄鋼最大手)の傘下にあり、鉄鋼や農産品などのカーゴ貨物を主に扱っている。

リトアニアでは、グローバル企業が利用する主要港湾はクライペダ港だけである。ただし、同港のコンテナ貨物取扱量はバルト3国最大で、特にベラルーシ、ウクライナ、中央アジア方面の貨物輸送では重要な役割を持つ。また、リトアニアの強みは、既に現時点でクライペダ港からカウナス(調査対象都市)を経由して首都ビリニュスまで通じる高速道路A1が完工している点は、ほかにはみられない優位性である。

これらの優れた基盤を利用する企業としては、日系の矢崎総業がクライペダ自由貿易区内にワイヤーハーネス製造拠点を保有する。リトアニアの自由貿易区はクライペダのほか、カウナスにもあり、入居企業には「6年間の法人税(税率:20%)免除」「7年目以降の10年間も法人税半減」の優遇措置を認めている。リトアニアでは金融危機対策で、政府の財務基盤を強化するため、法人税率がそれまでの15%から20%に引き上げられており(09年1月から施行)、その減免は重要だ。

<港湾機能の付加価値づくりが課題>
リトアニアには、総人口の5.1%(1989年当時は9.4%)を占めるロシア系住民がおり、リトアニア語以外にロシア語が日常会話として利用されることも多い。これらロシアとの強い関係と、自由貿易区の投資インセンティブや優れたロジスティクス基盤を組み合わせることで、新たなロシア向け事業(商品開発やサービス提供なども含む)を構築することもできる。これらの状況はバルト3国共通だ。

ただし、「ロジスティクス・ハブ」としてのバルト3国については課題もある。(1)金融危機、原油をはじめとする資源価格の下落で、肝心なロシア市場の勢いが衰えている点、(2)ロシア側も港湾機能の強化に乗り出し始めている点、だ。(1)の結果、物量が減少していることもあるが、コンテナ貨物については「サンクトペテルブルク港周辺で沖待ち・滞船はほとんど見かけない」(日系ロジスティクス企業)という。つまり、「サンクトペテルブルク港が港湾として機能していない」という前提が崩れつつあるのだ。また、ロシア国内の動きとしても、サンクトペテルブルクの西方約140キロで08年6月に完工したウスチ・ルーガ港が機能し始めており、稼働が本格化すれば、完成車輸入を含めて、ロシア物流の重要な役割を担う(本特集第9回報告予定)。

これらの状況次第では、バルト3国の港湾は、ロシア港湾の代替機能としての優位性を失うリスクも抱えていることになる。今後は、a.ロシアに対して優位になり得る付加価値(セキュリティー面での倉庫の安全性など)、b.ロシアと欧州の双方でのロジスティクスの視点(上記ブッヒェル・シェリングの事例)でのビジネスがバルト3国にとって重要となりそうだ。

(前田篤穂)

(リトアニア)

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